初夏ともいえる陽射しが美しい季節ですが、これから梅雨を経て本格的な夏がやってくると、気温の上昇と湿気によって、どうしても食べ物が傷みやすくなります。
食材の管理はもちろん、キッチン周りを清潔にするよう心がけて、食中毒などにならないように気をつけたいものですね。
そんな季節、傷んだ豆腐をうまく「活用」(?)するという、滑稽ながらもマネはしたくない落語をご紹介しましょう。
お酒の肴(さかな)を買うお金がない
本来の噺(はなし)の舞台はもう少し暑くなってからかもしれません。
町内の若い衆が集まって一杯やろうという相談をしています。昔、たいていの職人の仕事は昼前には終わってしまったといいますから、こんなことができたのかもしれません。
ところがみんなお金がありません。
お酒は都合できましたが、肴(さかな おつまみのこと)を買うことができません。ちょうど通りかかった半公を「町内で美人と評判のみいちゃんがお前にほれてるぞ」と、うまくおだててちょっとしたお金を作ることができました。
すると誰かが昨日の豆腐の残りがあったことを思い出しました。
そこで、ちょっと足りない与太郎に「おい、昨日の豆腐どうした?」と聞くと、「ちゃ~んと釜の中にしまっておいたよ」と言います。
しかし、季節柄もあり、しかも冷蔵庫などない時代です。豆腐は腐ってカビが生えてしまっていました。近くに顔を寄せると酸っぱい臭いがして、とても食べられたものではありません。
若だんな「酢豆腐」を食べる
そこをたまたま通りかかったのが、横町の若だんなです。この若だんな、普段から通(つう)ぶってキザなので、みんなに嫌われています。
新ちゃんが「よし、あいつにこの腐った豆腐を食べさせてみよう」とイタズラが始まります。
「お身なりがよくて金があって男前ときているから、女の子はほっときませんねっ」とお世辞をいうと、若旦那も調子に乗ってノロケを始めます。
「ところで若だんな、あなたは通な方だ。実はこんな食べ物をもらったんですが、食べ方がわからない。教えてくれませんか」と、例の傷んだ豆腐に唐辛子をかけたものを出します。
自尊心をくすぐられた若だんな、知らないとはいいません。
「ああ、珍しいねえ。これなら一回食べたことがあります」
「そんなら食ってみてください」
引っ込みがつかなくなってしまった若だんな……。
目にピリっとくる臭気に違和感を感じながらも「いやぁ、これはオツだね」と自分に言い聞かせるように「では、失礼して」と、臭気を我慢してエイヤッとばかり一口食べたのです。
「いやあ、若だんな、食べましたねえ。恐れ入りました。ところで、これはなんて食べ物ですか」
「これは酢豆腐でしょう」
「なるほど酢豆腐ねえ。どうぞたくさんおあがんなさい」
「いや、いや、酢豆腐はたくさん食べるものではない。ひと口に限ります」
この噺は関西では「ちりとてちん」という題になっています。何年か前に朝の連続テレビのタイトルにもなりました。お酒の席に日本酒やワインの銘柄にくわしくて通ぶる人は必ずいますね。
でもみなさんは、通ぶっているはなもちならない人が身近にいたとしても、こんなイタズラはやめておいたほうがいいですよ(笑)。