――――渡部 卓
ストレスは仕事のパフォーマンスを著しく下げます。物事が思いどおりに運ばずイライラしたり、上司の心ないひとことに落ち込んだり……常に平常心でいたいと思いつつも、なかなか厳しいのが現実です。では、どうしたらいいのか。『明日に疲れを持ち越さない プロフェッショナルの仕事術』『はたらく人のコンディショニング事典』(クロスメディア・パブリッシング)の著者である渡部卓氏に、メンタル強化に役立つ習慣についてお聞きしました。
ストレスに強い人・弱い人
――ストレスに強い人と弱い人の違いはどこにあるのでしょうか?
ひとことで言えば、意識と行動の差です。ストレスについて正しく理解し、自分の心の変化に気がつき、早めに対処して深刻化するのを予防する。こうした意識を持ち、最適な行動がとれるかどうかが、ストレス耐性の差を作り出しています。
一般的にストレスは「悪」として扱われがちですが、一方で「やる気を高める」「パフォーマンスが向上する」といった効果を持つことが実証されています。たしかにストレスのない状態は理想的に映ります。ノーストレスの人生だったらどんなにか楽だろうと思う人もいるでしょう。しかし、ストレスがまったくない状態が続けば、人間は成長できなくなっていまいます。
大切なのは、ストレスそのものをなくそうとするのではなく、どうストレスとつき合っていくか。つまり柔道でいえば「受け身技を磨くこと」が大切なのです。
――なるほど、受けとめ方でストレス耐性が違ってくるということですね。具体的には、どう変えていったらいいのでしょうか?
心理学の分野でストレス対処法として紹介されている「ABC理論」を活用します。「D」と「E」を加え「ABCDE」理論としてお伝えする場合もありますが、より簡単に実践できるよう、ここでは「ABC理論」を紹介します。
ABC理論
A(Activating Event)=ストレスの原因となる出来事
B(Belief)=信念や価値観、思い込み、先入観などで形づくられる自分なりの受け止め方・捉え方(認知)
C(Consequence)=結果・影響、つまり外面に表れる感情的・行動的な反応
私たちは普段、ある出来事(A)を受けた結果として、感情や行動(C)が生まれていると考えています。しかし、両者の間には自分なりの受け止め方・捉え方(B)というフィルターがあり、そこを通過することで感情や行動は様々に変化しています。ストレスを感じるとき、多くの人はAだけに注目しがちですが、すでに起こってしまった事実は変えることも消すこともできません。一方で、自分なりの受け止め方・捉え方はいかようにも変えることができ、それにより結果も変わってくるのです。
たとえば会社からリストラを通告されたとします。その瞬間は大きなショックを受けると思いますが、「定年まで勤めたかったが仕方がない。これを機に昔からの夢だった○○にチャレンジしよう」などと前向きに考えることを「Rational Belief(合理的な認知)」と言います。「理想どおりになってほしいが、いつもそうなるわけではない」と、物事を柔軟に捉える姿勢が、長い目で見れば、うつや不安の穴にはまり込むことを防いでくれるのです。
一方、「家のローンも子どもの学費もあり、絶対に定年まで辞めるわけにはいかない」と考えてしまうような場合を「Irrational Belief(非合理的な認知)」と言います。「こうあるべき」「絶対に○○でなければ」という願望・思い込みが強すぎると、理想と現実の狭間で悩むようになってしまいます。うつや不安は、この非合理的な認知から生まれるのです。
このように、物事に対する受け止め方…捉え方を見つめ直すことが強いメンタルの秘訣と言えます。もちろん、国民性や文化、宗教、育った環境によっても個人差はありますが、日頃から前向きな思考を意識し習慣づけていけば、必ず変えることができます。
――――渡部 卓
メンタルが強い人の習慣 その1:日記をつける
――「習慣化」ですね。でも、思考のクセを変えるのはなかなか難しい気がするのですが……
具体的な方法を5つ紹介してきます。まずは日記をつけること。日記には受けとめ方・捉え方のクセを矯正する効果があるのです。日記を通じてうつや不安が改善することは、国内外の研究で実証されています。
まず、その日に起こった良いことと悪いこと、すべてを書き出し、その出来事をどう解釈し、どのような感情をもったのかを書き出します。数日後、他人になったつもりで日記を読み返してみてください。時間をおくと冷静に出来事を捉えられるようになり、感情の振れ幅も少なくなっているはずです。こうして書いた日記を定期的に読み返していると、次第に自分なりの受け止め方・捉え方の傾向がわかるようになります。ストレスを受けたときに陥りがちな自己流の偏った認知や思い込みのパターンがあります。こうした思考パターンに注意しながら、日記を読み返してみるとそれが見えてきます。
メンタルが強い人の習慣 その2:「傾聴」を心がける
「傾聴(けいちょう)」のスキルを身につけてください。傾聴とは、人の話をよく「きく」姿勢のことです。使われている漢字に注目すると分かりやすいでしょう。「聞」という漢字を見ると、門のなかに小さな耳が閉じ込められています。これでは、相手の話はよく聞こえません。一方、「聴」はどうでしょうか。「耳」を外に出し、それにプラスして「目」と「心」を相手に向けています。全身を使って話を聴いていると、自然と体は相手のほうへと傾いていきます。「聴」という漢字こそ、正しい耳の傾け方なのです。
ストレスの要因で一番多いのは人間関係だと言われているように、悩みの大半にはコミュニケーション不全が絡んでいます。希薄な人間関係がぎくしゃく感につながり、ストレスとなる。職場のコミュニケーション不足が生み出すこの構図は、うつ病の主要な原因とされているなど、思っている以上に深刻な事態を招きます。逆に言えば、ここが改善されることでストレスは多分に軽減されるということです。傾聴のスキルを身につけ習慣化すれば、人間関係が改善され、周囲のサポートも受けやすくなります。
【傾聴9つの心得】
1 とにかく最後まで聴く。途中で口を挟まない。
2 しっかりと相手の目を見て相づちを打ち、うなずく。重要なフレーズには、オウム返しをする
3 何かをしながら聴かない
4 理解できない内容であっても、受容、共感、承認を心がける
5 批評・批判はしない
6 自己開示(心を開く)する。フィード・フォワード(フィード・バック)する
7 聴き役の熱意のかけ過ぎは、「話主聴従」になりやすい点に注意する
8 自分が落ち着いていなければ、相手の話は聴けない
9 腹式呼吸で話を聴く
メンタルが強い人の習慣 その3:腹式呼吸と瞑想
ここで強調したいのは、「腹式呼吸で話を聴く」です。仕事に熱心すぎる管理職のなかには、空回りしてしまい、パワハラのようになってしまう人がいます。こうした人はすぐに神経が高ぶってしまい、呼吸が浅くなりやすい。傾聴するときだけでなく、普段の仕事のなかでもイライラや怒りが現れそうになったら、ぜひ腹式呼吸を心がけてみてください。
息を吸うという行為は交感神経を優位にし、緊張状態をつくり出します。反対に吐くという行為では副交感神経が優位になり、リラックス状態になります。呼吸を整えることは、自律神経の活性化やバランス維持とともに、免疫機能の改善などにもつながります。
【呼吸のポイント】
息を吐く際は、ゆったりと長く吐くことがポイントです。たとえば、4拍子の緩やかな音楽に合わせ、鼻で息を深く吸い込み、口から少しずつ吐き出す。慣れてくれば、1分間の呼吸回数が少なくなり、楽に呼吸できるようになります。また、呼吸と同時に瞑想することでリラックス効果も高まります。こうしたことでイライラが軽減、不眠や疲労感も改善されるなど、うつや不安につながる要因が取り除かれていきます。
メンタルが強い人の習慣 その4:毎日に「4つのR」を取り入れる
4つのRとは「Relaxation(リラクゼーション)」「Rest(レスト)」「Recreation(レクレーション)」「Retreatment(リトリートメント)」の4つの単語の頭文字のRを示しています。ポイントとしては、その時々で自分に合った息抜きの方法を選んで上手に休むということでしょうか。
【4つのRの具体例】
・リラクゼーション=しっかり神経を休めること(腹式呼吸や瞑想、ヨガ、アロマセラピーなど、副交感神経を活性化させリラックス効果を高めること)
・レスト=意図的にしっかりと肉体を休めること(質の高い睡眠、リゾートや温泉でゆっくりと休みをとる「骨休み」など)
・レクレーション=気晴らしの行動(笑う、泣く、運動する、話す、音楽を楽しむなど)
・リトリートメント=保養や養生(森林浴など)
とくに強調したいのは「リトリートメント」。普段いる場所から離れた非日常の中に身を置き、時間をかけて他の3つのRとの相乗効果を高めていく概念です。
たとえば森を歩くと、葉ずれや鳥のさえずり、木や土の香り、青々と茂る緑や紅葉など様々な自然に出会い、五感が刺激され、こうしたものが心身のリラックスにつながります。かの夏目漱石は英国で森歩きの習慣を身につけストレスを軽減していたと言われています。私の秘密のお気に入りは、軽井沢のレイクガーデンというところです。まだ軽井沢では地元しかしらない穴場的ないやしのスポットですが、イギリスの庭園にも負けないすてきな場所です。
さらに、これら4つのRを基準に、ストレスの軽減・解消に役立つ「マイリスト」を持つようにするといいでしょう。リストの候補となるのは、自分の好きな歌や音楽、映画、本、食べ物、写真、色、花、友人など、前向きな気持ちになれるものです。なお、アルコールやギャンブル、ショッピングやタバコなど、依存しやすいものは除外してください。
メンタルが強い人の習慣 その5:「ウィーク・タイズ」をつくる
「ウィーク・タイズ」とは、社会学者グラノヴェッター(Mark Granovetter)が唱えた概念で、「それほど頻繁に会うわけでないが、長く信頼関係が続いている人やグループ」のことを指します。自分の領域とは違う世界に身を置いていて、いつも会っているわけではないのに不思議と信頼できる人。こうした人物を持っているといないとでは、ストレス耐性に大きな差が出ます。何か問題が起こったとき、ストレスが溜まっているとき、解決策を模索するなかで、彼らに相談しアドバイスを得ることはとても重要なのです。
昨今はSNSなどの普及により、ウィーク・タイズのメリットを得られやすい状況が生まれています。限られた環境だけを見るのではなく、積極的に視野を広げていこうとする習慣をつけましょう。
メンタルが強い人の習慣 その6:自分の疲れ度合いやタイプを知る
ストレスとは、自分でも気がつかないうちに日々の生活のなかでじわじわと蓄積していくもの。気がついたときには重い症状に発展してしまっているケースもあるので注意が必要です。まずは普段から自分のストレスの状態をチェックする習慣を持つようにしましょう。ここでは簡単なセルフチェックリストをご紹介します。
【ストレス度合いを見極めるチェックリスト】
1 憂うつで重苦しい気分が続いている
2 周りの物事や活動に興味や喜びを感じられない
3 著しい食欲の減退・増進、体重の増減がある。
4 眠れない、寝過ぎ、夜中や早朝に何度も目が覚める。
5 イライラして落ち着かない、焦燥感がある。動作や思考が遅くなり、物事がはかどらない。
6 すぐに疲れる。意欲が湧かない、気力が減退している。
7 自分を「価値のない人間、悪い人間」と考えてしまう。
8 思考力の低下、集中力の減退、決断困難が続いている。
9 「死」について繰り返し考えてしまう。
診断基準は9項目、大前提として最初の2項目のうちどちらかが当てはまること。2つとも「いいえ」の場合は、あまり心配する必要はありません。
1は「抑うつ気分」。「毎日のように不安やイライラが続き、生活に支障が出ている」「物事を悲観的に考えてしまい、苦しいくらいに気分が落ち込んでいる」といった状態です。2は「興味・関心の喪失」。「心身が健康であれば、どのようにプロジェクトを進めようか」「週末はどこに出かけようか」など、仕事や生活に対する興味・関心が出てきますが、すべてどうでもいいと感じるようになり、物事に対する喜怒哀楽の感情も乏しくなっていきます。この最初の2項目と後半の7項目で合計5つ以上当てはまり、それらが2週間以上続いている場合は要注意です。
また、自分自身の「タイプ」にも目を向けましょう。真面目すぎる人、元気すぎる人、頑張りすぎる人ほど、メンタル疾患への注意が必要です。こうした気質を持った人が予想外の壁にぶつると、頭で整理できず体も疲労して心が折れてしまうことがよくあります。自分が当てはまるなと感じたら、以下のチェックリストを常に確認する習慣をつけてください。
【うつになる10大思考パターンへのチェックリスト】
1 全部か無か。白黒をつけたがる。完全主義・白黒主義
2 すべてを悪い方向から一般化して捉える。悪いことは針小棒大に捉える
3 良い事実ではなく、悪い事実を選択的に注目する
4 未来に希望がなく、良いことも無視、マイナス思考
5 すぐに結論づける。悪い事実への恣意的推論。結論主義
6 「○○であるべき」「○○でなければ」。頑固一徹な思考。MUSTが口ぐせ。
7 ラベル(レッテル)、プライドにこだわる。
8 視野が狭くなる。ルール・規範にこだわる。
9 必要以上に他人(同僚・上司・会社・家族など)を責める。
10 「悪いのはすべて自分のせいだ」と考える。自責主義
「新型うつ」になるのは、ゆとり世代だけじゃない!
――最後に、メンタル分野のホットトピックスがあれば教えてください。
メンタルが折れやすい性格には「メランコリー気質」「執着気質」があるとされてきましたが(私は「従来型うつ」と呼んでいます)、今はこれに「現代型(新型)うつ」が加わり、職場などで急増しているようです。主な特徴としては、たとえば職場のストレスが原因でうつ病になったとき、周囲の環境や上司、同僚に対して不満を持つなど他責傾向があり、職場復帰への意欲が低く、休業が長期化するケースが多いといった点が挙げられます。また、従来型に比べて休業や抗うつ薬の効果が薄く、カウンセリングの効果も見えにくいなどといった特徴も一部ではあるようです。
年代としては、とくに1975年以降に生まれた若い人に多いと言われている一方で、中高年の中にも似たような傾向を持つ人が増えているというのが私の印象です。
「現代型うつ」が生まれた背景には、次の4つの要因があると考えています。
1 家庭や学校、職場での過保護・過干渉、マニュアル主義の影響
依存心が強くなり、周囲からサポートを受けられない状況になると、不安や孤独を感じやすい。
また、小さな変化にもストレスを感じやすく、想定外の出来事に対してもうまく対応できない。
2 失敗する、怒られる、諦める、恥をかく、裏切られるといった経験の少なさ
最近の若者は、事前にテクニックやノウハウを吸収し、何事もそつなくこなす人が増えています。また、他者との距離の置き方も上手です。しかし、真の意味でのコミュニケーション能力が伴わないまま社会に出てしまい、上司やクライアントの言葉を曲解する、必要以上に重く受け止めてしまうといったことが起こります。
3 自己効力感が高いこと
現在はバーチャルな体験のみで「やったつもり・わかったつもり」になる人が増えています。また、同年代の若者が活躍する姿を見て、「私もできる」という感覚になり、自らの能力を過大評価してしまう。こうして築かれた自尊心が否定されると、途端に強い不安や怒りを感じる。さらに、自己愛の強すぎる人は、周囲への関心や感謝、共感といった感覚が乏しいため、問題が起こると環境や他人に不満を覚えるという、自己中心的な考え方をしてしまいがちです。
4 専門性や適性を重視するキャリア教育を受けるなかで、「これが自分の天職だ!」といった思い込みが強くなっていること
実際に働き始めると、目標に直接関連しない仕事を依頼され、ストレスを感じるようになります。キャリアとは本来、運命や偶然、アクシデント、いろいろな回り道をしながら築いていくものであり、自分の選択や決断のとおり、理想どおりに築けるものではありません。それがなかなか理解できず、理想と現実のギャップに苛まれるようになるのです。
関連書籍のご案内
記事の内容をさらに知りたい方はこちらをお読みください。
>明日に疲れを越ささないプロの仕事術