はじめに
10代後半から世界各国を巡り写真を撮りつづける写真家・石川直樹さん。アラスカのデナリをはじめ、23歳までに7大陸の最高峰に登頂、その後も都市から辺境まで縦横に地球を旅しながら作品を発表してきた石川さんに、旅気分になれる本を選んでもらいました。‟世界がこうした状況になって外出さえもままならない今、ぜひ読んでほしい”(石川)。自宅で過ごす時間が長くなると、思考も内にこもりがちになりますが、本を通して遥か遠い場所に思いを巡らせ、ひと時の旅気分を味わってみては。
【1】『北のはてのイービク』
石川さんが1冊目に選んだのはグリーンランドで暮らす少年の冒険を描く児童書『北のはてのイービク』。
「北極圏グリーンランドに生きるとはいかなることか。一応児童書ということになっていますが、冒頭からなかなかハードな展開です。生きて帰りし物語でもあり、ビジョンクエストでもあり、成人儀礼の旅が描かれます。その旅は、真のサバイバルとも言えるもので、神話の生成過程に立ち会っているような非常に臨場感のあるストーリーになっています。グリーンランドの人の内気で慎ましい性格や人物の描写もすばらしいし、訳もとても良いと思います。岩波少年文庫は、どれもクオリティが高いですね」
『北のはてのイービク』
ピーパルク・フロイゲン/著
野村泫/訳
640円/岩波少年文庫
【2】『宝島』
2冊目に選んだのは、第160回直木賞に、第9回山田風太郎賞、第5回沖縄書店大賞など数々の賞を受賞した小説『宝島』。
「ボリュームのある本ですが、おもしろすぎて一気に読んでしまいました。沖縄の戦後復帰時代の話で、米軍統治下に生きた人々の群像劇になっています。実際に起こった事件なども取り混ぜられているため、妙なリアリティと臨場感があります。沖縄近現代史の只中に放り込まれ、登場人物と一緒に疾走し、読後は長く大きな旅を終えたような気分になりました。沖縄が受け止めつづけてきた大きな痛みについても、改めて考えさせられます」
『宝島』
真藤順丈/著
1,850円/講談社
【3】『ユーコン漂流』
3冊目は、カヌーイストの野田知佑さんが3,000kmにわたる川下りの旅の魅力を語った一冊『ユーコン漂流』。
「ぼくが若い頃に、大きな影響を受けた本です。カヌーによるユーコン川下りは、技術的に難しい部分はありません。誰にでもできるとは言いませんが、やる気と世界への好奇心さえあれば、できる。ぼくは野田さんに焚きつけられてユーコン川へ出かけた若者の一人でしたが、実際に行ってみてようやく野田さんの凄さがわかった。濃密な体験をするためには、教養や語学力、偶然を引き寄せる力や人付き合いの能力なども必要です。そこに文章力まで伴っていたわけで、本書が傑作にならないわけがありません」
『ユーコン漂流』
野田知佑/著
1200円/モンベルブックス
【4】『アラスカで一番高い山 デナリに登る』
最後は石川直樹さんによる写真絵本。『月刊たくさんのふしぎ』4月号「アラスカで一番高い山 デナリに登る」。標高6,000mを超える北米大陸の最高峰、デナリ登頂の様子が石川さんの写真と文章でつづられています。
「決して子どものためだけではなく、アラスカを目指す全ての旅人に向けて書きました。デナリという山にひとりで登りに行くと、自分のあらゆる能力が試されて、それを一カ月の遠征期間のあいだに、どうしたって使い果たすことになります。こうした時間は、日々のありがたさを感じるために、ぼくにとってとても大切なものです。世界がこうした状況になって外出さえもままならない今、ぜひ読んでほしいと思っています」
『月刊たくさんのふしぎ』4月号
アラスカで一番高い山 デナリに登る
石川直樹/文・写真
700円/福音館書店
教えてくれたのはこの人! 石川直樹さん
1977年東京生まれ。写真家。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表しつづけている。2020年日本写真協会賞作家賞受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。最新刊に、ヒマラヤの8,000m峰に焦点をあてた写真集シリーズの7冊目となる『Gasherbrum II』(SLANT)、日本各地の来訪神行事を追った『まれびと』(小学館)、二度の登頂を経てエベレストをあらゆる角度からとらえた写真集『EVEREST』(CCCメディアハウス)など。2020年6月、絵本『シェルパのポルパ』シリーズを岩波書店から刊行予定。
◆写真展「山は人間が生き延びるための根源的な叡智を引きずり出してくれる。」
期間:2020年5月8日(金)〜 7月5日(日)
会場:入江泰吉記念 奈良市写真美術館
※新型コロナウィルス(COVID-19)の感染拡大を受け、5月7日(木)まで休館。詳しい情報は、「入江泰吉記念 奈良市写真美術館」公式サイトをご確認ください。
おわりに
自分ではきっと一生目にすることができないだろう景色、体験できないだろう旅を本を通して疑似体験できるのも読書の醍醐味です。人になかなか会えない日々に寂しさを感じている人も、壮大な自然と向き合う様子に広い視点をもらえるかも。外出がままならない日々がつづいていますが、海外への渡航ができない今、石川さんもたくさんの本を読んでいるといいます。私たちもこの時間を上手に使って、前向きな気持ちで過ごしたいですね。