免許返納済み高齢者の移動手段として開発された三輪バッテリーEVは、スイスの郵政事業で欠かせないプレイヤーとして育った。その実績を提げてここ日本に上陸したKYBURZ。ユニークな三輪構造は果たしてどのように市場に受け止められるか。
*『モーターファン・イラストレーテッド vol.175』より転載
バッテリーEVの使い方がだんだん定まってきた印象がある。可搬性に優れる液体燃料を用いるエンジン車は超小型からトレーラー/トラクターまで自在なのに対し、大きく重く高価なバッテリーに依存するBEVは車両諸元に大きく制限がかかる。5分でガソリンが満タンになり数百kmを走れるエンジン車のようなBEVはコストがかかりすぎる。しかし、走行中の排出ガス類ゼロの環境性能は実現したい。落としどころとして浮上しているのが、超小型BEVというカテゴリーである。
■ DXS specification
寸法 長さ 200 ×幅 80 ×高さ 124cm
重量 192〜217kg(バッテリー量による)
最高速度 10 · 20 · 30 · 45km/h に設定可能
最大航続距離 115km(100Ah 仕様)
モーター 15V-0.96kW あるいは 24V-3.5kW
バッテリー方式 リン酸鉄型リチウムイオン
バッテリー容量 100Ah(180 / 200Ah 仕様もあり)
最大登坂能力 30%
ここに紹介するKYBURZ(キーバース)は、スイスのBEVブランド。創業者のMartinKyburz氏が1991年に立ち上げた会社で、ここに紹介する三輪電動車をはじめ、さまざまな種類のBEVをそろえる。同社の実績としてなにより大きいのが、スイスポストへの三輪BEVの大量導入。2010年に初採用され、以来十年以上大過なく、活躍を続けている。
トラブルフリーに大きく寄与しているのが、シンプルな構造。もともとBEVが簡素な造りなのはご存じのとおりで、さらにKYBURZ主力の三輪BEVであれば「前半分」はバイクと同等にできる。加えてBEVのキーデバイスであるバッテリーは正極にリン酸鉄リチウムを用いるリチウムイオン電池で、サイクル寿命に優れる特性を持つ。なにより驚くのは主制動装置としての摩擦ブレーキを備えていないこと。減速から停車までブレーキはすべてモーター回生としていて、これを実現できたのはリヤヘビーの前後重量配分に依るところが大きいだろう。
試乗の機会をいただけたので会場へ向かうと、試乗車は「同じ三輪BEVが牽引するトレーラーの上」に載っている。乗車するためにはトレーラーから降ろす必要があるので荷台をスロープ状にするが、転がらない。ベルト類で固定してあるかと思ったらすでに外してある。訊けば、傾斜を検知して車両自身が動かないように制御しているという。ならばと、スロットルをわずかに開けるとストンとあっけなくスロープから落ちる。ユニークな制御だ。
ブレーキがモーター回生だけと聞くと、さぞや減速コントロールが難しいドライブなのかと思われるが、さにあらず。日産のワンペダルコントロールのように、つまりこの三輪BEVは加減速すべてを右手のスロットルで制御できるというように考え直せばいい。歩く速度に合わせるような極微速の発進停止を登坂路で繰り返してみた。停止制御をモーターが担っているなら、発進に移行する際の「切り替わり」があるかもしれないと思ったのだが、ヌルッと難なく走り出す。降坂での停車制御についても自然。「ガガガ」とか「コキン」みたいな挙動を示すかと思ったのだが、肩透かしを食らう。走り出しと、摩擦ブレーキを使わない停車制御がこれだけスムーズできるなら、普段使いでもストレスを感じる場面は相当に少ないだろう。BEVだけに、当然加速は得意。強いて言うなら三輪構造なので、最大ステア時の急加速は片輪が浮くような挙動を示すことがあるので注意したいが、そもそもそのような急発進を狙う車両特性ではない。
KYBURZブランドはスイスにおいて、免許を返納した高齢者のための交通手段として製品開発した経緯を持つ。ユニバーサルな性格は、その出自に起因するところが大きいのだろう。さて、ここ日本においてはどのように認知されるだろうか。路上を走り回る姿を見てみたい。