ルノーの革新的なハイブリッドパワートレイン「E-TECH」は、クリオにおいては「フルハイブリッド」バージョンで、またキャプチャーとメガーヌでは「フル充電式ハイブリッド」バージョンとして提供される。今回は、そのパワートレインの開発秘話 後編をお届けしよう。
TEXT:川島礼二郎(KAWASHIMA Reijiro)
前編で記した通り、ルノーはEVとF1とで得られた知識と経験とを活かして、革新的なハイブリッド「E-TECH」パワートレインを開発した。後編となる今回の前半では、F1で行われた「E-TECH」パワートレインの開発に活用されて行った様子を紹介しよう。
F1におけるハイブリッド革命は、2009年にKERS(Kinetic Energy Recovery System)の登場で始まった。このシステムは、当初はフライホイールを利用してブレーキエネルギーを回収。必要に応じて動力の形で戻す、というものであった。それが2011年には、EVやハイブリッド自動車で使用されているようなバッテリーに切り替わった。
ルノースポーツレーシングのパフォーマンス最適化責任者のニコラス・エスペソン氏の話を聞いてみよう。
「ルノーは、エンジンの電動化に取り組むより前に、「E-TECH」ハイブリッドパワートレインの開発を開始していました。2011年から、エレクトロニクスを専門とするルノーのエンジニアがF1に来て、V6ハイブリッドエンジンの開発を支援していたのです」
この変化によりF1のエンジン設計に、二つのカテゴリーの専門家が関わることになった。一つは言うまでもなく燃焼、もう一方はエレクトロニクスのエンジニアである。そして当然のことながら、3番目のカテゴリーに属する専門家=エネルギー管理の専門家が、この両者の橋渡しを行った。エネルギー管理の専門家の役割は、二つのエネルギー源を、いつ、どのような割合で使用するかを決定することである。KERS時代には60 kW(80hp)の電力は一時的なブーストとしてドライバーが手動で操作していたが、新しいV6ハイブリッド+デュアルエネルギー回収システムにより、この管理は自動化されて効率が向上した。ニコラス・エスペソン氏は続ける。
「このシステムは真に新しいものでした。開発にあたっては、ビッグデータ、データ学習、さらには人工知能さえも用いました。このソフトウェアは、保守とデバッグを容易にするため単純である必要があり、もちろん高い信頼性が求められました。今日、エネルギー管理のための知能がコンピューターによって提供される「E-TECH」ハイブリッドの生産モデルにおいても、これはまったく変わりありません。
ルノースポーツレーシングのF1で働いたエンジニア達は、ルノーで知っていたものよりも遥かに柔軟な新しい管理形態を発見したことでしょう。ご存知の通り、F1では開発のリードタイムが極めて短く、問題が発生した場合には、迅速な意思決定が求められます。彼らは生産用の「E-TECH」ハイブリッドパワートレインの開発現場に戻り、F1の作法を適用したのです」
F1を経験したエンジニア達の手により開発が進められたZEオンデマンドハイブリッド充電式パワートレインは、続いてルノーの生産担当マネージャーと幹部に提示された。そして将来の「E-TECH」パワートレインはメガーヌに搭載されることも決定された。このモデルと、それに相応しい性能を持たせる必要があった。そこで行われたのが、低速用の2番目の電気モーターの追加と、高速用の内燃エンジンへの4番目のギアの追加である。
E-TECH開発マネージャーのジャン=マリーウェスパシアヌス氏は語る。
「当初から私達は、低速での1速と2速との間にフラットスポットがあることに気付いていました。そこで採用した解決策は、従来のギアボックスのシンクロナイザーを、動力伝達を容易にして加速をスムーズにする小さな電気モーターに置き換えることでした。これは瞬時のトルクブーストをもたらします。
もう1つの重要なポイントは、ドッグクラッチの動作をいかに制御するか、ということ。私達が使用していたのはピッチドッグクラッチではなく、F1で使用されているフラットドッグクラッチでした。この問題の解決は容易ではありませんでしたね。フラットドッグクラッチは時間が経過するにつれて機能するため、信頼性は高くなる。ところが、メッシュが機能しない可能性があるのです」
ドッグクラッチシステムの動作を改善するために小さな電気モーターを追加する、というアイデアは別のメリットを生み出したようだ。
ルノーが選択したHSG(高電圧スタータージェネレーター)モーターにより、システムは低速でシリーズハイブリッドとして機能し、スムーズさと柔軟性が向上した。多くの電力を蓄えておく必要がないので、バッテリーの容量を減らして、充電ソケットを取り出した。充電式ハイブリッドの資質を備えた将来のE-TECHパワートレインは、シンプルなハイブリッドバージョンに分岐した。
日産がFRAYに参入
HSG電気モーターの追加は、多くの問題への解決策を提供した。まず、バッテリーの充電調整に役立ち、そのため電力が不足してしまう恐れが少なくなる。そしてエネルギー管理とシステム全体の作動を改善して、トランスミッションを一般的なオートマチックトランスミッションに近づけることができた。
これは日産にとっても朗報である。日産は2番目の電気モーターの追加を高く評価して、さらに一歩進めたいと考えた。その象徴が、高速でのフィーリングを向上させるために行われた、ドッグクラッチギアボックスへの4速ギアの追加である。
E-TECHギアボックスマネージャーのアントワーヌ・ヴィニョンは語る。
「LocoDiscoBoxトランスミッションは、都市、道路、高速道路という3つの運転状況に対応するために、3つのギアを備えていました。そこにHSGモーターを追加することで都市ギア(低速域)でのドライブフィールを改善し、合わせて燃料消費量を削減しました。それと同じことをトップエンドでも行い、4速ギアを追加したのです。これにより、メインの電力が使用されていないとき(特に高速道路でエンジン走行時に)、電気を完全に切り離すことが可能となります。その結果、約1 kW、つまり消費量の3〜4%が節約を実現したのです。これは、トラクションを得るのに必要なコンポーネントのみをホイールに接続させ、小さなモーターでできることを大きな電力を使用して行わない、という発想に基づきます。そして大きな電気エンジンではなく小さなHSGに、コンポーネントの電力を生成する仕事を任せたのです」
E-TECHトランスミッションの最終バージョン
最後のゲインは、モーターを回転させる小さなギアボックスで行われ、ギアをシフトするときにドッグギアがかみ合う。シングルスプリングアシストシステムを使用することで、通常のダブルまたはトリプルと比較して遥かに小さい、100ワット未満の小さなモーターを使用することができた。これはトランスミッション全体の小型化にも貢献した。
こうして将来の「E-TECH」パワートレインの構造が明確にレイアウトされた。そして最後に残されたのが、燃焼エンジンと電気エンジンという2つのコンポーネントの選択である。
プロトタイプのLocoDiscoBoxパワートレインでは、ディスク型の電気エンジンを使用していた。この名称(Disco)は、それに由来して付けられたものである。しかし、このディスク型電気エンジンは複合材料から作られた特別なコンポーネントであるため、大量生産には不向きであった。
また、ZOEで使用されているものなどに代表される巻線型ローターモーターと、永久磁石モーターのどちらかを選択する時でもあった。前者はあらゆる状況に適応できる利点がある一方で、「E-TECH」パワートレイン仕様にとって重要なコンパクト性は有していない。そこでルノーは同期永久磁石モーターの開発に迫られたが…それは日産によって造られることとなった。
燃焼エンジンにも日産製品が採用された。その候補は1.5リッターのHR15Gen3エンジン(日産が中国・韓国市場で使用する4気筒ガソリンエンジン)だ。コンパクトであり、適切なパフォーマンスを提供できるとして、2015年に採用された。ところが翌年となる2016年、エンジンにGPFを追加するオプションを追加するため、別の自然吸気4気筒エンジンに変更することが決定された。それがHR16である。エンジン変更には多くの改修作業(エンジンマッピング、ピストン、コネクティングロッド、テストカーのクランクシャフトなど)が必要となったが、すぐに満足できる結果が得られた。
E-TECHハイブリッドエンジン
HR16エンジンの採用は、革新的なドッグクラッチトランスミッションを最大限に活用するための適切なアイデアであった。低速においてターボチャージャーの不足を補うことができる電気モーターの貢献を備えた燃焼エンジンである。その主な用途は最適効率の速さである。特にバッテリーを再充電するための発電機として機能する場合に役立てられる。また、コストにおいても、コアレンジまたはエントリーレベルの車両に搭載できるレベルにまで、「E-TECH」パワートレインのコストは最適化された。これが複雑なパズルの最後のピースであった。こうして私たちが知るE-TECHパワートレインが誕生したのである。