クルマがカーブを曲がるとき、旋回外側の車輪と内側の車輪とでは軌跡が違う。旋回外側車輪のほうが内側車輪よりも長い軌跡を描く。左右のタイヤは同じ直径だ。軌跡の長さの違いは、いったいどこでどう吸収されているのか……その答えがデファレンシャルギヤにある。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo) ILLUSTRATION:熊谷敏直(KUMAGAI Toshinao)
イラスト(ア)は、ステアリング(ハンドル)を操作していない「直進」の状態。タイヤのもっとも外側の直径が63cmだとすると、タイヤが1回転すれば直径×円周率で約198cmの距離を進む。
イラスト(イ)はカーブを曲がっているとき。パッと見でわかるように、左右輪が描く軌跡の長さは違う。イラストは左右のタイヤの直径を違えて描いてある。タイヤ直径が左右で違い、旋回外側車輪のタイヤのほうが旋回内側車輪のタイヤより直径が大きければ何も問題はない。
イラスト(ウ)は(イ)よりもステアリングを大きく回した状態。カーブの半径が(イ)よりも小さいときだ。旋回外側車輪のタイヤは、イラスト(イ)よりもさらに長い軌跡を描く。イラストは左右のタイヤサイズを大きく違えて描いてある。これくらい左右タイヤの直径が違えば、小さな半径のカーブでも問題なく曲がれる。
しかし、走っている最中にタイヤのサイズを変えることはできない。では、どうすればいい?
左右のタイヤそれぞれの中心を結んだ距離をトレッドと呼ぶ。旋回半径30mのカーブ(30Rのカーブ)をトレッド1,700mmのクルマで90°曲がるとき、道路の中心線上に車両中心を合わせて曲がると仮定して、旋回外側輪が描く軌跡は約47.79m、旋回内側輪の軌跡は約46.45mだ。その差は1.34m。これをどうやって吸収しているのだろうか。
役に立つのはデファレンシャルギヤ(略してデフ)だ。日本語では「差動歯車」と呼ばれる。カーブを曲がるときは、そのカーブの半径(曲率と呼ぶ)によって左右の車輪が描く軌跡の長さが変わる。左右の車輪が独立しているときは何の問題もないが、エンジンからの動力を伝える「駆動輪」の場合は、左右の車輪は連結されている。エンジンはひとつだから、左右の車輪に同時に「力」を伝えなければならない。となると、駆動輪はどうやって動いているのだろう……。
イラスト(エ)はエンジン縦置き後輪駆動のクルマに使われている一般的なデファレンシャルギヤの中身だ。エンジンで生まれた動力は、プロペラシャフトのいちばん後ろにある歯車からリングギヤに伝えられる。エンジンからの動力をここで90°ひねって左右の車輪に振り分ける。
いま世の中でもっとも多いエンジン横置き前輪駆動のクルマ、いわゆるFF車の場合は、エンジンからの出力軸と車輪は平行だから、リングギヤの形が変わる。動力の方向を90°ひねらなくてもいい。しかし、それ以外の構造は同じだ。FF車もデファレンシャルギヤを備えている。
デフケースの中には、ごらんのように歯車がたくさん入っている。すべてベベルギヤ(傘歯車)と呼ばれるギヤだ。サイドギヤは2個が向かい合って内蔵される。左車輪用のサイドギヤと右車輪用のサイドギヤだ。それぞれのサイドギヤはドライブシャフトの取り付けられていて、ドライブシャフトの先端に車輪(タイヤ)があるという位置関係だ。
つまり、デフケースの中では左右の車輪は分割されている。一本の軸ではない。しかし、これではエンジンの力は左右の車輪に伝わらない。そこで、左右車輪用のサイドギヤを連結するための歯車が必要になる。それがピニオンギヤだ。
このイラストには4個のピニオンギヤが描かれているが、この数はクルマの重さやエンジンの馬力によって1個、2個、4個と変わる。どのようにはたらくかと言うと、ステアリングを左右どちらにも切っていない直進のときは、左右のサイドギヤはピニオンギヤによって左右一体に連結され、左右の車輪が一体になって回転する。デフケース全体は車輪と同じ方向にまわる。中に入っているピニオンギヤは止まったままだ。回転していない。
ところが、運転者がステアリングを切り始めるとすぐに、左右のサイドギヤの回転数が同じではなくなる。少しズレる。するとピニオンギヤがゆっくり回り始める。右方向のカーブを曲がるときは左側の車輪の回転が右側の車輪よりも早くなる。この回転差をピニオンギヤがうまく吸収してくれるのだ。
これがデファレンシャルギヤの構造と役割。発売中のMotorfan Illustrated 163号はデファレンシャルギヤの役割、その弱点、弱点を克服するための対策などを特集した。また、前輪と後輪を駆動するAWD(オール・ホイール・ドライブ)では、どのようにして前後輪の回転差を吸収するのかも解説している。