数々の取材から多くの新技術に触れてきた筆者を久しぶりに驚嘆せしめたダイハツのD-CVT。非常にユニークな機械構成がなぜ生まれたのかを想像してみた。
TEXT:安藤 眞(ANDO Makoto)
長いこと新技術の取材を続けてきたせいで、感覚がスレてしまったのか、最近は新しい技術を見ても、ちょっとやそっとのことでは驚かなくなった。しかし、そんな僕を久々に驚かせてくれたのが、ダイハツのD-CVTだ。
新しい技術を見れば、たいてい、そこに至るまでの思考プロセスは想像できるものだが、これに関しては、初見では「いったいどういう思考過程でこんな構造を思いついたのか!?」と不思議になった。
ところが、従来型のダイハツ製CVTをよくよく観察しているうちに、その思考プロセスがだんだん想像できるようになってきた。以下はあくまで僕の推測であることをお断りしておくが、そう外してはいないと思う。
従来型のダイハツ製CVTは、「インプットリダクション式」を特徴としていた。横置きエンジン用CVTは、たいていリバース用の遊星歯車機構をインプット側かアウトプット側に持っている。遊星歯車機構は、サンギヤ・プラネタリーキャリヤ(とピニオン)・リングギヤの3要素から成り、そのうちのひとつを固定して、残ったふたつのうち一方を入力、一方を出力として使用すると、組み合わせかたによって「増速・減速・逆回転」の3種類の動作を行うことができる。
一般的なリバース用の遊星歯車は、このうちの逆回転機能を利用したもの。サンギヤから入力してキャリヤを固定し、リングギヤから出力すると、逆回転すると同時に(サンギヤ歯数/リングギヤ歯数)で減速される。前進時はキャリヤとサンギヤを契合することで機能を殺し、減速なしの一体回転を使用する。
ダイハツのインプットリダクション式は少々特殊で、前進する際に「逆回転+減速機能」を利用しており、後退側で一体回転を使用している。これは、前進時にインプット側で減速を行い、ベルトの速度を落として慣性力によるベルト浮きを抑え、ベルト滑りを抑制して伝達効率を向上させるためだ。
しかしこの使いかただと、前進時には常に小さなピニオンが高速回転しているため、ここで機械損失が生じてしまう。燃費の要求がシビアになれば、これをどうにかしたくなるのは当然だ。
ならば、インプット側の減速はシンプルな2軸の斜歯(ハスバ)歯車として、リバース用遊星歯車はアウトプット側に付ければ、と考えるのは平凡で、賢いダイハツのエンジニアは、「遊星歯車の増速機能を利用して、レシオカバレッジを拡大できないか?」と考えた。
遊星歯車で増速させるには、入力はキャリヤからの一択となる。出力はサンギヤからでもリングギヤからでも取れるが、ファイナルドライブギヤにつなぎやすいのはリングギヤ。あとはキャリヤへの入力をどこから取るかだが、ベルト伝達系から持ってきて、サンギヤの拘束/解放を切り替える2段変速では、JATCOの「副変速機付きCVT」と変わらない。
困ったところで隣を見れば、インプットシャフトが「私もいるわよ♡」と誘惑する。それじゃ試しにと誘いに乗り、キャリヤとインプットシャフトをハス歯歯車で繋いでみれば、サンギヤは拘束できないから増速機能は働かない……と思ったら、サンギヤの回転数がキャリヤ回転数より低いうちは、増速機能は維持される。むしろサンギヤの回転数を、ベルト伝達系の連続無段変速機能で下げていけば、遊星歯車の増速機能が連続無段変速機として使えるではないか!
そこで「これだ!」と歓喜して実用化したのが、ダイハツのD-CVT……ではないかと勝手に想像してみたのだが、こういうプロセスこそがエンジニアの醍醐味。いつか真相を取材してみたい。