
2011年12月3日、埼玉スタジアム。記者として初めてJ1優勝原稿に携わらせていただいた忘れられない1日だ。浦和サポーターの大歓声を消し去った、柏サポーターの歓喜。レアンドロ・ドミンゲスはCKのキッカーなど3得点すべてに絡んだ。あの瞬間を分かち合ったヒーローがまた1人、天に旅立った。22年、32歳だった工藤壮人に続いて…。早すぎる。
愛称は「ニーヤン」。ピッチ上では激しさを全面に出すが、普段は笑顔が絶えず面倒見が良いお兄さん的存在。親しみを込め、北嶋秀朗が名付けたと言われている。印象深い一場面がある。日立台での練習後、黄色いユニホームを着た3歳くらい男の子が、30メートルくらい離れた場所で転び、泣いた。誰よりも早く駆け寄り抱きかかえると、涙が止まった。目元の涙を親指で拭ってあげたその表情は、本当に優しさにあふれていた。黒いマジックを手にするとサインの脇に、笑った顔のイラストも添えた。
私も話を聞く時など「ニーヤン」と声をかけさせていただいていた。「ニーヤンの愛称はどう感じていますか?」と聞いたこともある。「お兄さんという意味でしょ? 家族として認めてもらった証拠だからうれしいよ。チームメート、サポーター、記者のみなさんも家族。家族のためなら一番頑張れる」。帰り際にいつも手を振ってくれる笑顔は忘れられない。
チャントはザ・ピーナッツの「恋のフーガ」だった。「レアンド~ロ、レアンド~ロ、レアンドロドミンゲス」。口ずさむと何度も見た勇姿が思い浮かぶとともに、涙があふれそうだ。【10年~15年サッカー担当 鎌田直秀】