腐肉を食べるハゲワシやハイエナに良いイメージを持てず、嫌う人は少なくありません。
死骸をついばむ姿や不気味な鳴き声、汚れた外見が、どこか不吉で不衛生な印象を与えてしまうのでしょう。
しかし、そうした動物たちこそが、実は私たちの健康と命を守っているのです。
アメリカのスタンフォード大学(Stanford University)を中心とした国際研究チームは、腐肉食動物(スカベンジャー)の世界的な減少が人類の健康リスクを高めているという研究結果を発表しました。
研究の詳細は、2025年6月16日付の『Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)』誌に掲載されています。
目次
- 腐肉食動物の36%は減少または絶滅の危機にある
- 腐肉食動物の減少は人間の病気リスクを高める
腐肉食動物の36%は減少または絶滅の危機にある
腐肉食動物とは、死んだ動物の肉(腐肉)を主に食べる生物群のことを指します。
ハゲワシやハイエナのような専門性の高い「腐肉食動物」から、ネズミやアライグマのような雑食性の中型・小型動物まで、幅広い種類が含まれます。
死骸を食べるという習性から、人間には嫌われる傾向がありますが、彼らの存在は人間にどんな影響を及ぼしているのでしょうか。
研究チームは、1376種の腐肉食動物(脊椎動物)を調査対象とし、その生態、絶滅リスク、生息域の変化などを、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストや既存の生態学データベースを用いて詳細に分析しました。

その結果、世界の腐肉食動物のうち、実に36%が絶滅の危機に瀕しているか、個体数が減少していることが明らかになりました。
特に、ハゲワシやハイエナのような大型もしくは専門性の高い腐肉食動物は、他の種に比べて圧倒的に高い割合で減少していることが判明したのです。
彼らの減少は、都市化や農地拡大による生息地の喪失、毛皮や漢方薬を目的とした違法取引や密猟が原因だと考えられています。
また、「家畜を襲う」「汚い動物」という偏見・誤解から、駆除対象となることも原因の1つです。
一方で、ネズミや野良犬、アライグマなどの中型・小型動物は、個体数は増加しています。
ハゲワシやハイエナがいなくなることで、小さな腐肉食動物たちは食事にありつける確率が高くなっているのでしょう。
では、こうした腐肉食動物の個体数の変化は、どんな影響を及ぼしているのでしょうか。
腐肉食動物の減少は人間の病気リスクを高める

大型の腐肉食動物の減少は、私たち人間に大きな問題をもたらしています。
ハゲワシやハイエナのような腐肉食専門動物は、ゾウや牛など大型動物の死骸も短時間で処理する能力を持ちます。
このような処理が遅れたり行われなかったりすれば、死骸は腐敗し、疫病の原因となる細菌やウイルスが拡散するリスクが高まります。
一方で中型・小型の腐肉食動物たちは、この役割を十分に担えません。
死骸をそれほど多く食べることができず、雑食であるため他の食料でも空腹を満たしてしまうからです。
しかもネズミや野良犬は、狂犬病やレプトスピラ症、ブルセラ症など、人間に感染する人獣共通感染症(ズーノーシス)の保有者でもあるため、その個体数が増えることで、感染症リスクを高めてしまう恐れがあります。
このような悪循環を裏付ける実例も存在します。
たとえば、1990年代のインドでは、家畜に使われた薬剤ジクロフェナクがハゲワシに腎不全を引き起こし、致死率が非常に高くなったため、個体数が激減しました。

その結果、死骸を処理する役割を担う存在がいなくなり、野良犬が急激に増加しました。
この影響で、1992年から2006年の間に約3900万件の犬咬傷と、4万8000人の狂犬病死者が発生したと推定されています。
薬剤の使用が制限された後、ハゲワシの回復が確認されたことで、腐肉食動物の重要性が再認識されました。
加えて、ハゲワシやハイエナが私たちの健康に良い影響をもたらしていることも研究で分かっています。
たとえば、エチオピアのメケレでは、ブチハイエナが年間200トン以上の家畜死骸を処理し、炭疽菌や牛結核のヒトおよび家畜への感染拡大を防いでいると考えられています。
このように専門性の高い腐肉食動物は、「自然界の掃除屋」として働いており、私たちの健康を守っているのです。
では、ハゲワシやハイエナなどの腐肉食動物の減少が人間の健康リスクを高めている現状において、私たちには何が求められているでしょうか。
研究チームは、生息地保護や密猟の防止、薬剤使用の見直し、そして社会的イメージの改善が急務だと強調します。
特に重要なのは、「腐肉を食べる動物=不潔で危険」という認識を改めることです。
例えば、教育活動や動物ドキュメンタリーでのポジティブな紹介などが有効かもしれません。
ハゲワシが空を舞っている光景は、不気味どころか、健全な生態系が保たれている証拠なのかもしれません。
自然界の掃除屋を大切にすることは、私たちの命を守ることにもつながっているのです。
参考文献
Nature’s “clean-up crew”is vanishing – and it’s bad news for human health
https://newatlas.com/biology/scavenger-loss-disease/
Decline in apex scavengers raises human disease risk
https://news.stanford.edu/stories/2025/06/decline-apex-scavengers-human-disease-risk
元論文
Global decline of apex scavengers threatens human health
https://doi.org/10.1073/pnas.2417328122
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部