はじめに

銀座には、さまざまな建物の顔があります。それらを眺め、歩いてみませんか。中でも味があるのが第二次世界大戦前の顔。歴史が刻まれているから、だけではありません。「モボ」(モダンボーイ)、「モガ」(モダンガール)が「銀ブラ」を楽しんだ昭和初めの頃、建築の世界にもいろんな流行がありました。それらを一緒に眺められるのが、この街らしさです。

Text&Photo:倉方俊輔(建築史家)
【1】昭和初めの高級アパートメント「奥野ビル」

【1】昭和初めの高級アパートメント「奥野ビル」

まずは銀座一丁目、中央通りからほど近い場所にある奥野ビルへ。昭和初めに流行したスクラッチタイルで覆われています。櫛で引っかいたような細い溝のあるタイルが、独特の雰囲気を醸し出しています。今は多くのアンティークショップやギャラリーなどが営業している人気のビルです。

デザインは比較的シンプル。40の窓が整然と並んでいて、少し団地を思わせませんか。実はこのビル、「銀座アパートメント」という名前の高級アパートメントとして建てられました。
さらに観察すると、左右でデザインが少し違います。ビルの左半分は窓が柱の側に寄っていて、右半分は真ん中に位置します。これは左側が1932年、右側が1934年と二期にわたってつくられたためです。

それぞれに階段があるので、内部では2つの階段が隣り合う一風変わった光景を見ることができます。隣には当時とても珍しかったエレベーターが、今も現役で活躍しています。簡素にして上等。建築は静かに、銀座らしさを放っています。

◆奥野ビル
住所:東京都中央区銀座1丁目9-8


【2】親密さと風格を併せ持つ「ヨネイビル」

【2】親密さと風格を併せ持つ「ヨネイビル」

近くに建つヨネイビルも、昭和初めに建てられた建築です。米井商店(現・株式会社ヨネイ)の本社ビルとして、1930年にできました。キリンビールを育てた磯野計と米井源治郎が1897年に創業した商社です。 1階は石の壁で、由緒にふさわしい落ち着きを見せています。でも、しかめっ面はしていません。アーチの下はねじり柱です。アーチの装飾と合わさって軽やか。どこか素朴な味わいがあります。上についたバルコニーも、親密さを高めています。ただ壁がそびえ立っているのとは違って、通りを歩く人に話しかけてくるような感触です。風格もあって、現在のように1階に洋菓子店が入っても似合います。

設計したのは、森山松之助という建築家。特に台湾で多くの作品を手がけました。台北に設計した水道施設は、今は記念館に変わっています。北投温泉(ベイトウ・ウェンチュエン)の公衆浴場は温泉博物館に、台南の庁舎は文学館になっています。腕を振るった設計作の多くが、大切にされているのです。ここに建っているのも、それらと少し似た顔をしたきょうだいです。

◆ヨネイビル
住所:東京都中央区銀座2丁目8-20
【3】街の一部としての存在感「和光」

【3】街の一部としての存在感「和光」

和光は銀座四丁目の交差点に面しています。銀座と聞いて多くの人が思い浮かべる光景でしょう。1932年、服部時計店の本社ビルとして姿を見せました。 下の部分は重厚なデザインです。そこから柱がすっと立ち上がります。一番上の部分は華麗に彩られています。三層構成とよばれる古典的なつくりです。その上に装飾性の高い時計塔がのって、街の視線を集めます。

銀座の街全体が、いわば建築の引き立て役になっているのです。左右の通りからやってきた壁面が、この交差点の角でつながります。和光のゆるく弧を描いた壁は、街の中に埋め込まれているかのよう。細かな部分にまで、交差点という立地を生かすように注意が払われています。
建つことで銀座の街に統一感を与え、そのことによって唯一無二の存在感を放つ、そんな建築です。銀座の顔になっているのにも納得です。

◆和光
住所:東京都中央区銀座4丁目5-11 【4】流行のアール・デコを取り入れた「中央区立泰明小学校」

【4】流行のアール・デコを取り入れた「中央区立泰明小学校」

クラシカルな和光の後は、当時最先端のモダンな装いに触れましょう。有楽町駅の近くにある中央区立泰明小学校です。開校は明治初め、1878年ですから、150年以上の歴史を誇ります。1923年の関東大震災で校舎が全焼し、1929年に現在の鉄筋コンクリート造の校舎が完成しました。 隣の数寄屋橋公園から見ると、岡本太郎作の「若き時計台」のうしろに、ゆったりとカーブを描く校舎の一部がのぞいています。この中は1階が体育室、2階が講堂になっています。
体育室と講堂を備えた小学校はこの頃、珍しいものです。この頃、銀座には多くの人が暮らしていました。長い歴史を持つ泰明小学校の校舎再建にあたっては、地元から多額の寄付金が寄せられ、日本でトップクラスの施設として完成したのです。

しかも、1920〜30年代に世界的に流行したアール・デコを反映しています。アール・デコの最大の特徴が、スピード感や浮遊感です。ギザギザした繰り返しや、流れるような形によって、重厚さを強調した従来のデザインとは違った方向性を打ち出しました。とりわけ発展中の大都市、パリやニューヨーク、上海などで受け入れられ、今も残る建築は旅する人たちを楽しませています。

校舎の入り口は、みゆき通りに面しています。玄関らしい格式は、戦前の学校にふさわしいものです。しかし、柱は見慣れないギザギザした形をしています。普通ならそのまわりを門型に収めるものですが、あえて左右対称を崩して、ギザギザした縁取りが校庭の方に伸びています。
地震にも火災にも強い鉄筋コンクリート造で、避難所としても考えられた構造。それがシンプルなアーチが連続した外観をはじめ、軽快な顔を持っています。生活の再建に踏み出す、真面目な朗らかさに、私たちの表情も明るくなりそうです。

◆中央区立泰明小学校
住所:東京都中央区銀座5丁目1-13

おわりに

銀座は生活の場でもありました。その名残りは今も随所にあって、この街の深みになっています。そして、明治から舶来の最先端の場所であり続けました。建築のデザインが、世界の各地とつながっているのもそれゆえ。令和の「銀ブラ」で、日常の中の旅を楽しんでみてください。 ◆倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ)
1971年東京都生まれ。大阪市立大学准教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『東京建築 みる・ある・かたる』(京阪神エルマガジン社)、『伊東忠太建築資料集』(ゆまに書房)など、メディア出演に「新 美の巨人たち」「マツコの知らない世界」ほか多数。「東京建築アクセスポイント」と「朝日カルチャセンター」で、建築の見かたをやさしく学ベるオンライン講座を開講している。

情報提供元:旅色プラス
記事名:「建築史家・倉方さんとひも解く東京。令和の銀座で建築の流行をたどる旅へ