渡辺陽一郎さんが選んだ「美しすぎるクルマ」、その第1位はなんとシボレー・PTクルーザー。フォルクスワーゲン・ニュービートルやニューMINIなどが起こしたリバイバル・ブームに乗った1台かと思いきや、そのデザインには崇高なコンセプトが隠されていた。
TEXT●渡辺陽一郎(WATANABE Yoichiro)
第3位:日産マーチ(二代目)
「これこそ工業デザインの真髄!」と感心したのが、1992年に発売された日産2代目マーチだ。前後左右ともに視界が抜群に優れ、ボンネットも視野に入るから、ボディの先端や車幅も分かりやすい。売れ筋グレードの全長は3695mm、全幅は1585mm、最小回転半径は4.6mだから、車庫入れも抜群に容易だった。
これだけ良好な視界を確保しながら、外観の視覚的なバランスも優れている。高い機能を備えた上で、見栄えの良さを表現するのが本当の工業デザインだ。
その点で今のクルマは、日本車、輸入車を問わず視界が悪い。後方の様子を映すモニターは、車内の後部ではなくインパネに装着されるから、ドライバーは前側を向きながら後退する。これでは側方から急接近する自転車などを見落としやすい。
つまり後方視界の悪い車種は、危険なクルマだ。今のクルマは衝突安全ボディ、衝突被害軽減ブレーキなどを充実させている。もちろん好ましい傾向だが、肝心の視界を置き去りにしたのでは本末転倒だ。安全も所詮は商売道具か、と疑いたくなる。自動車メーカーの皆さんには、2代目マーチの中古車に試乗して、目を覚ましていただきたい。
第2位:フォルクスワーゲン・ゴルフ(初代)
初代ゴルフの罪は重い。ボディ後端のピラー(柱)が太く、斜め後方の視界を妨げていたからだ。初代ゴルフが人気を得た影響もあり、太いリヤピラーが欧州車でも一種のトレンドになり、今のように後方視界の悪いクルマが蔓延した経緯がある。
それでも2位とした理由は、斜め後方の視界を除くと、デザインが素晴らしいからだ。視界についても、前方、左右、真後ろは見やすい。さらに空間効率が優秀だ。
1975年に輸入を開始した時のサイズは、全長が3730mm、全幅は1610mmと小さく、今の日本車ならパッソと同等の大きさだった。それなのに車内は十分に広い。全高は1410mmだからあまり高くないが、床と座面の間隔は前後席とも適度に確保され、最適な着座姿勢を取れる。
前後のシートは座り心地も絶妙に快適で、座面の前側を適度に持ち上げたから、大腿部のサポート性も良い。特に後席は、乗員の足が前席の下側にスッポリと収まり、膝先空間は最小限度でも最適な姿勢で座れた。4名で乗車しても窮屈ではなかった。
初代ゴルフに比べると、今のゴルフやポロを含めた輸入車、日本車は、空間効率が低く視界も悪い。ボディはむやみに大柄で、狭い場所では運転しにくい。最近は各種安全基準への対応などからデザインの自由度が狭まったが、そこを考えても、パッケージングの水準は悪化している。
第1位:クライスラー・PTクルーザー
「セダンの復権なんて、あり得ませんよ。ミニバンが復権したのですから」。こんな風に語り掛けてくるのがPTクルーザーだ。外観は1930年代の乗用車をモチーフにするが、同時に車内の広い今日のミニバン風でもある。
乗用車のボディは、昔はエンジンルームの後部に箱型の居住空間を組み合わせた2ボックス形状だった。やがてその後ろに荷台を加えて、大型の鞄などを積むようになり、「流線形」のデザイン進化に沿って車体の一部に組み込まれた。
改めて考えると、居住空間よりも背の低い独立したトランクスペースをボディの後部に加える形状は、空間効率ではマイナスだ。カッコ良さを狙うデザインであった。
そしてセダンのボディスタイルは、カッコ良さのために、クルマの普及期において乗用車に積極的に使われた。そこで「クルマの基本形」とされるが、本当は違う。初期の空間効率が優れたミニバンスタイルこそ、クルマの基本形だ。
今はミニバンスタイルが長い沈黙を経て復活したから、もはやセダンの復権はあり得ない。世界的に人気を高めたSUVも、ボディの上側は、車内が広く荷物も積みやすいミニバンに準じた形状だ。
以上のような「ミニバン→セダン→ミニバン」というデザイントレンドの変遷を、1台のクルマで見事に表現したのがPTクルーザーだ。ノスタルジーでは片付けられない、崇高なデザインだと思う。
『美しすぎるクルマ・ベスト3』は毎日更新です!
どんなに走りが楽しくても、どんなに乗り心地が良くても、ブサイクなクルマには乗りたくない。そう、デザインはクルマの命。ということで、これまで出会ったクルマの中からもっとも美しいと思ったベスト3を毎日、自動車評論家・業界関係者に選んでいただきます。明日の更新もお楽しみに。