「そう言えば二輪はどうなの?」。
編集会議におけるスタッフの何気ない一言からこの取材は始まった。V2あり、V4あり、V5あり。バンク角も百花繚乱の二輪のV型エンジン。なかでもその圧倒的な存在感で独自の世界を築いたヤマハ・VMAXのV4は門外漢にとってはパンドラの箱だ。ヤマハ発動機MC事業部マーケティング統括部主査の牧野浩さんと、エンジン設計部の中島彰利さんの口からは、予想もできないハナシが次から次へと出てきたのだ。
(*本記事は2014年2月に執筆したものです。肩書きは当時のもの)
「パッケージ面でも性能面でも、機械的な効率だけ考えたらパラレルが一番。V型で成立させるには難しい部分もあるんです」
のっけから中島さんの口から自己否定の言葉が飛び出した。
二輪の場合、スポーツ性・操縦性を追求すると、前輪荷重を増す方向、つまりはショートホイールベース化してスイングアームを伸ばしたい。そうなると、エンジンが前後に長く、吸排気レイアウトに難のあるV型は断然不利なのだ。VMAXは先代からVバンク角を70度から65度に縮めた。エンジンの排気量がアップして大型になった分、何としてもエンジン長さを詰めたかったからだ。しかしあまり角度を詰めると、独立スロットルを持つバイクでは、吸気系のレイアウトがキツくなる。後バンクの排気管の処理も難しい。走行性能、操縦性を徹底的に追求するスーパースポーツを効率的に作るなら直列が圧倒的に有利。それは同じヤマハのMotoGPエンジンを見ればわかる。
ならば、何故V型なのか?? 「それはVMAXだからですよ」と、中島さん。当たり前とはいえ、禅問答である。「低中速ではいわゆるドロドロ感が欲しい。二輪特有のトルク感とトラクションが出ますからね。でもこれだけだとVMAXにならないんです。そこから高回転側に向けての回転上昇と圧倒的な加速がないとキャラクターが成立しない。二律背反の性能を担保するためにはVしかないんです」
そう、キーワードはキャラクターだ。
「バイクは四輪より、エンジンが車両全体に与える影響が大きいのです。エンジンが車体のディメンションと性格を決定してしまう。逆に言えば、商品コンセプトから車体とエンジンは決まるのです。だから、四輪の世界からすれば、一見エンジニアリング的には不合理なエンジン選択をすることだってあるんです。ただ、バイクは耐久消費財というより、趣味の商品としての性格が強いですから、それが正解となることが多い。作るほうも、買うほうも、技術的な整合性より、そうした価値観を優先するところが面白いんですよ」
とはいえ、65度でシングルプレーンの180度クランクだ。振動はどうやっても出るだろう。
「一次慣性力は180度クランクなのでキャンセルできますが、バンク角が65度なので一次慣性偶力は発生します。(V4はV2×2と同同様の慣性モーメントが働くため、90度バンクでないとエンジン揺する力=偶力が出る)それをキャンセルするため偶力バランサーを入れて対処しています」
振動が問題になる理由のひとつは、それが機械的な破壊につながる場合があるからだが、ヤマハに限らずエンジンメーカーでは、そうした機械的に問題のある振動はなくすようにしているが、振動や鼓動に、ライダーが魅力を感じる領域もあるため、あえてすべての振動を消し去ることをしない場合もある。つまり非合理的な選択というわけだ。社内で振動に関する様々なデータは数値化しているそうだが、それをどこまで許容するかは、開発スタッフとテストライダーの感性に委ねられ、最終的には官能評価を重視するという。
「二輪のエンジンは単なるパワートレーンとしての役割だけではなく、商品のキャラクターを決定する要素も大きいんですよ。簡単に言えば、効率重視ではないんです。だから四輪のメーカーのエンジニアの方とハナシをしてもすぐには理解していただけない場合もあります」
そこで牧野さんが、独特の関西弁で突っ込みを入れる。
「べっぴんで料理も上手いし家事もキチンとこなす、そんな嫁さんだと息が詰まって一緒にやってられへんでしょ!」
そんな嫁さんは貰ってみたいし、同意もできないが、かといって否定もできない言い回しに、当方たじろぐ。
「バイクは良くも悪くも大人のためのおもちゃです。乗って楽しいか、買ってうれしいかがすべて。そのなかでエンジンも必然的にキャラクター追求になってくるんです」
空力を追求したレーシングマシンが同じ格好になっていくように、エンジンもまた、機械的な効率を追求していくと同じになってしまうのだという。ちなみにMotoGPのマシンも空力的には最適解があって、それを適用すると皆同じ格好になるのだが、各メーカーは独自のデザイン要素を加えて独自性を与えているらしい。
「結局ね、いいと思うこと全部が全部盛り込もうとすると、性格があいまいになるんですよ。VMAXの場合だと、デカいVエンジンを載せることで、スーパースポーツのようなクイックなハンドリングや、クルーザーみたいなコンフォートを追い求めても意味がないだろう、と。実際荷物積むとこあれへんしね。その代わり、息が詰まるような怒濤の加速はこのエンジンだから実現できる、ということです」