今から40年前に登場し、世界を席巻した日本製テレビゲーム『パックマン』。ゲーム画面からAIがそれを再現する事は、じつは自動運転の未来につながっていた。
TEXT:高橋昌也 PHOTO:NVIDIA
PAC-MANTM &?BANDAI NAMCCO Entertainment Inc.
画面から基本ルールを推測するAI
『パックマン(PAC-MAN)』というゲームをご存知だろうか? 今から40年前の1980年5月22日に登場し、世界で知られた国産コンピューターゲームのひとつだ。写真をご覧いただければ、「ああ、あれか」とすぐに理解していただけるのではないだろうか。
このゲームは青い壁で囲まれた迷路の中で、パックマンと呼ばれるピザの一片を切り取ったような形のキャラクターを4方向レバーで操作し、それぞれ異なった性格付けがされたアカベエ、ピンキー、アオスケ、グズタと名付けられた4匹のモンスター(敵キャラ)の追跡をかわしながら、迷路の中に配置された244個のエサ(ドット)を食べ尽くす事を目的とする。
このほどアメリカの大手半導体メーカーとして知られるNVIDIA(エヌビディア)は、自社の開発部門であるNVIDIAリサーチで開発した『NVIDIA Game GAN』と名付けられたAI(人工知能)モデルによって、完全に機能する『パックマン』を生成することに成功した。
これがなぜ画期的なのかを簡単かつ大雑把に説明すると、そもそも『パックマン』に限らずテレビゲームは一般に「ゲームエンジン」と呼ばれる、ゲームを効率よく開発するために汎用性が高く、かつ開発スタッフが作業を共有しやすいよう最適化された開発用ソフトウェア・セットを用いて作られる。ところが今回は『NVIDIA Game GAN』というAIがゲームの動きを観察してゲームの基本ルールを推測し、幾度もの試行錯誤で基本ルールを理解して作り上げ、それをもとにゲームを再現したのである。これまた乱暴かつ大雑把で申し訳ないのだが、従来のゲーム開発を演繹法的手法だとすれば、完成したゲームの観察によって、リバースエンジニアリングと言うか、いわば帰納法的手法でAIがゲームを開発したわけだ(実際にはAIは演繹法的手法も帰納法的手法も併用している)。
この『NVIDIA Game GAN』は「敵対的生成ネットワーク(GAN)」を活用してコンピューターゲームエンジンを模倣する、初のニューラルネットワークモデルだ。この能力を利用すればゲーム開発者は新しいゲーム難易度の「面」(レイアウト)を自動的に生成できるようになるが、話はそこで終わらない。AI研究者にとっては自律マシンのトレーニングのためのシミュレーター・システムを、現在よりももっと簡単に開発できるようになることが示唆される。つまり「自動運転」の開発環境構築のスピードアップである。
自動運転は『パックマン』と同じ!?
たとえば実際に人間が運転する自動車に、進行している道路の環境がどのようなものであるのか、ハンドル操作やアクセルの踏み込みなどドライバーがどのような行動をしているのか、あるいは急ブレーキを踏むのはどんな局面なのかといったことを記録するカメラを1台搭載するだけで、この動画データを使って、AIが現実世界で何が起こるのかを予測できるディープラーニング・モデルのトレーニングを行なえるようになるのだ。
カナダのトロントにあるNVIDIAリサーチ・ラボのディレクター、サーニャ・フィドラー氏によれば、「最終的には動画を見て、エージェントが環境でとる行動を知るだけで、運転のルール、 物理法則を模倣することを学ぶ AI を生み出すことができるでしょう。GameGAN は、それに向けての第1歩なのです」と語っている。
ここで再び『パックマン』における様々な要素を思い出して欲しい。迷路の中で様々なパターンで移動している敵との衝突を回避しつつ、自らが最も効率よく進行するルートを見出すというのは、実は市街地で他の車両との衝突を回避しつつ、効率の良いルートを探して運転するという、実際の道路で自律マシン、つまり完全自動運転車を走らせるために必要な要素と基本的には同じものなのだ。自動運転車は『パックマン』から多くを学ぶようになるかもしれない。