今年2022年の猫の日(2月22日)は、2が6つ並ぶことから「スーパー猫の日」とネーミングされ、企業が当日限定で社名変更するなど、例年以上の盛り上がりを見せたようです。加えて今年は寅年。ビッグキャット・虎の年でもあります。翳りを見せないネコ人気と裏腹に、世界の野生のネコ科動物の現状は非常に厳しいものです。今回は絶滅がもっとも危惧されるトラ、そして卑劣なゲームハンティングのターゲットにされているライオンについて、流布する誤解や誤情報の訂正と合わせて解説します。
2010年の寅年にはじまったトラ再生プロジェクト。12年後の成果は?
ヒョウやライオンやトラ、チーターやヤマネコからイエネコまで、現生するネコ科41種の共通の祖先は、中新世(約2300万年前~530万年前)の前期にユーラシア大陸西部付近で発生し、後期ごろまでユーラシアとアメリカ大陸で繫栄したプセウダエルスス(Pseudaelurus)と考えられています。細身のしなやかな体はヒョウとトラとジャガーを合わせたような独特の斑模様に覆われていました。プセウダエルススから派生したシザイルルス(Schizailurus)を経て、およそ1200万年前には「ネコ科(Felidae)」が登場しました。
そして大型猛獣(ヒョウ亜科)と小型のネコ族との分離の後、600万~500万年前ほどからヒョウ亜科の種の分化がはじまります。現在では絶滅しているホラアナライオン、アメリカライオンなどの現生の最大種をしのぐ大きな種も生まれています。
現生種ではまず、ウンピョウとヒョウ属の分化がはじまり、続いてヒョウ属の中でヒョウ、ライオン、ジャガーの属する系統とトラ、ユキヒョウが属する系統に分かれたとされています。ヒョウ属の捕食肉食動物としての優れたデザイン特性は、その発生当初からすでに完成形に近かったともされ、環境の違いなどに特化して分岐しながらも、そのどの種もが美しく洗練されたハンターとしての特徴を共有しています。
ライオンはアフリカからユーラシア西部、トラはユーラシア東部、ジャガーは中南米、ヒョウはユーラシア大陸とアフリカの各所で、生態系の頂点に位置する強力なアンブレラ種ですが、生息環境の減少や劣化、人間による狩猟圧によってほとんどの種が著しく数を減らし、中でもトラとライオンは絶滅危惧ⅠB(絶滅危機)とされています。さらにトラの数は今世紀に入り全世界の野生種の成獣が2,000~3,000頭程度にまで落ち込み、前回の寅年にあたる2010年に、トラの個体数を12年間で二倍に増やす国際プロジェクトが発足しています。
Wild Tiger Numbers Increase to 3890 | WWF
国際的取り組みが効を奏し、20世紀初頭(その当時のトラの推測頭数は10万頭)以来一貫して減り続けてきたトラの数は、1,400頭だったベンガルトラが2,200頭、アムールトラが400頭から550頭などと微増に転じていますが、ボトムネック(一旦激減した種の多様性が失われて、再拡大が困難になる現象)問題もあって未だ予断を許す状況ではありません。
絶滅が懸念されているトラが、アメリカの富裕層によって推計1万頭ほど飼育されているという報告があります。また、動物と触れ合えることを売りにした商業施設では、トラの幼獣を飼育展示し、餌やりや撮影などのイベントが人気ですが、生後3~4か月過ぎるとアトラクションも危険となるため、その個体は排除され、忽然といなくなってしまうんだとか。動物保護団体は育ったトラを殺したり、闇ルートで売買しているのではないかと懸念しています。
実態とかけ離れたアムールトラ最大最強幻想はなぜ生まれた?
トラ(Panthera tigris)は、インドからインドシナ半島・マレー半島、インドネシア、中国、ロシア、北朝鮮など中央アジアから東北アジアにかけて生息する、アジアを代表する大型ネコ科猛獣です。
英語のtigerの語源は、古代ギリシャの地理学者ストラボーンによれば、かのメソポタミア文明発祥の黄金の三角地帯、ティグリス・ユーフラテスのティグリス川と同じアヴェスター語のtiγriš=矢に由来し、トラの敏捷な動きを矢に喩えたようです。あるいは、流れるようなその縞模様を川の流れや矢の軌道と重ねたのかもしれません。
最新の分類ではトラは6亜種(基亜種ベンガルトラ P.t.tigris スマトラトラ P.t.sumatorae インドシナトラ P.t.corbetti アモイトラ P.t.amoyensis アムールトラ P.t.altaica マレートラ P.t.jacksoni)。
このうち体格がトラの中のみならず現生ネコ科でも最大であるという記述が多く見られるのはアムールトラ(シベリアタイガー、満州トラなどとも)で、分布域はロシア東端のシベリア、中国北東部・北朝鮮などの寒帯・亜寒帯で、寒冷な地域に住むために全身が長い毛皮に覆われています。けれども近年の調査計測によれば、アムールトラの体格はそれほど大きいものではなく、ベンガルトラと同等、体高はベンガルトラ以下であるともされます。ネパールのチトワン郡付近のベンガルトラのオスは平均で体重が230kgを超えるともされ、トラの中では最大の個体群と考えられています。最新のDNA解析では、アムールトラは絶滅したカスピトラの地域個体群であり、それに基づけばアムールトラのサイズはカスピトラの体格(オスの体長約2m、体重200kg内外)と同じ程度であると考えるのが妥当です。実際最新のサイズ計測の記録でも、体重が180kgほど、体長が2m以下となっており、これを「餌が乏しくアムールトラが小さくなった」という声もあるのですが、もともと平均的にそのサイズだと考えるほうが蓋然性は高いのです。
とはいえ、長毛で美しいアムールトラの姿態や、温厚で賢い優雅な森林の王としての威厳が損なわれるものでもありません。圧倒的に大きなネコ科猛獣の一種であることに変わりありません。しかしなぜ、このように「アムールトラは最大のネコ科」という俗説が発生したのでしょうか。
昭和31(1956)年刊行の子供向けの動物図鑑「学習図鑑シリーズ 動物の図鑑」(小学館)が動物の体長や体重などのデータを載せています。「体長」とは鼻先からお尻の頭胴長であることを明記していて、ネコ科猛獣の体長もそれに合わせて記載しているのですが、トラに関してだけは体長の記載が明らかにおかしく、一番小さな亜種として紹介しているバリトラですら「体長2.1m」と、ライオンの「体長1.95m」(これはアフリカライオンのオスの比較的正確な平均値と思われます)より大きいと記述されていました。ベンガルトラは「体長2.5~3.2m」アムールトラは「体長最大3.5m」としています。これは明らかに1m前後ある尾の長さを含めた「全長」を「体長」と取り違えており、1m差し引きますとほぼ実際のトラの体長になります。それでもアムールトラのみ、真偽が怪しい最大狩猟記録を全体の種の体長(1m差し引いても2.5mと極めて大型になります)としている不可解さが残ります。
事実は不明ですが、この時代以来トラの大きさについては「体長3m、体重350kg」というあり得ない平均サイズが、書籍や報道などで多く見られるようになります。このような間違いはそろそろ正確なデータに統一したいところです。
黒くて立派な勇者のシンボル・オスライオンの鬣は最強モテアイテム!
ライオン(Panthera leo)はサハラ砂漠以南のアフリカ大陸東部と南部に亜種アフリカライオンと、インドのギル国立公園保護区に、北アフリカライオンの系統と思われるインドライオンが分布し、その総数はおよその推計で2万5,000頭ほどと見積もられています。トラほどではないものの、トラと同様に(あるいは減少率的にはトラ以上に)絶滅危機が迫る絶滅危惧ⅠB類とされています。
オスの体長は2m前後、ベンガルトラやアムールトラなどのトラの最大種と同等、またはやや短めですが、肩高は110cm前後とトラの最大種よりも高く、体高は野生の現生ネコ科最大。体重も最大トラ亜種と並んで現生ネコ科最大です。腹部は引き締まり、広いサバンナを駆けるのに適した体型を獲得しています。
大型種のトラとライオンの分岐はおよそ300万年前ほどにははじまったとされており、実際トラの原種と思われる250万年前の化石が中国で見つかっています。分岐がかなり遡るにも関わらず、そして生息環境や習性や見た目が大きく異なるにも関わらず、現生ネコ科猛獣の頂点ともされる二種が、専門家ですら骨格のみでは判別が難しいほどに体格が似通っているというのは、あまり指摘されませんが不思議なことであり、ある種の「収斂進化」ともいえるかもしれません。もしトラとライオン(加えてジャガー)がいなくなれば、大型の草食獣や爬虫類を狩れる肉食獣はいなくなり、結果として生態系にも歪みが生じてくるでしょう。
ライオンの象徴であるオスの鬣(たてがみ)は、地域差や個体差が大きく、暑い地域では薄くなる傾向があり、モヒカン刈りのように短いものから、お腹付近までもさもさになる毛深い個体までバリエーション豊かです。鬣は若いオスが狩りの成功を重ねて自信を高めるほど豊かにふさふさになり、また黒くなっていきます。テストステロンの分泌量と大きく関わっている「男らしさ」のシンボルなのです。そしてそれは当然メスの関心を強くひき、鬣がふさふさで真っ黒なオスにメスはメロメロになるようです。
ライオンプライドの真相と今なお変わらないライオンの虐殺
もう一つのライオンの特徴と言えばネコ科の猛獣では珍しい群れを作る群居性の習性を持つこと。ライオンの群れは「プライド」と呼ばれ、支配者であるオスが十数頭ほどのメスを従えたハーレムを作ると考えられがちです。そして、オスはメスに狩りを任せて自分はゴロゴロして大食らいしている怠け者のように語られがちです。ですがこれは大きな誤りです。
そもそもなぜ、ライオンは群れを作るのでしょうか。群れで狩りをする方が効率がよいという説がかつては唱えられていましたが、これは否定されています。メスライオンたちはオオカミのような連携や集団戦略は立てられません。なので、集団で狩りをしてもさほど成功率はあがらないからです。さらには群れで獲物を分け合うより単独で中型~小型(イボイノシシやインパラ、ヌーやシマウマの幼体など)の獲物を狩り食べる方が個体の食べられる量は多くなります。しかしその場合、大きな群れを作るハイエナやジャッカル、リカオンなどの肉食動物がうようよといるアフリカでは、しとめた獲物を横取りされてしまう危険性が高いのです。また見晴らしのいいサバンナで子育てするライオンは、体格が大きく目立つ分、子供を狙われがちでもあります。メスライオンにはこれらは大問題でした。そこで群居することを選んだと考えられています。
プライドのメスライオンたちは全て血縁関係で、母娘、叔母姪、姉妹従姉妹の関係にあります。よそ者のメスは厳しく排除されます。そう、群れを主催(統率)しているのは彼女らメスライオンであり、ミツバチのコロニーによく似る母系集団なのです。
オスライオンは若い時にこの母系集団から独立し、血縁の仲間(兄弟・従兄弟)とともに小グループで放浪して生きることになります。そして彼らはアフリカの強大な動物たちを協力してハントして腕を磨きます。一方血縁構成のメスの群れは繁殖とボディーガードを求めて、別血統のオスたちを品定めし、これと選んだオスのグループを迎え入れるのです。
つまり、オスライオンは群れの統率者でも主催者でもなく、「雇われの契約者」なのです。群れの経営(生き抜く算段)はメスたちの領分。「俺にはあずかり知らぬこと」と流浪の剣客さながらに関与しません。メスたちが集団で必死に襲い掛かっても蹴散らされているバッファローやキリンなどの大型動物を、オスが後から現れて一撃で仕留めている様子がよく動画で収められていますが、これを人間の視点で「だったら最初からオスがやれよ」というのは不当な言い分です。オスからすれば狩りの参加はあくまでサービス行動。彼らの仕事は繁殖と外敵(別のオスライオンやハイエナなど)から群れを守ることで、据え膳待遇が当たり前というわけです。
しかし彼らの生涯は過酷なもの。「雇われ」のオスたちがメスのプライドに逗留するのは平均で2~3年ほど。別のオスグループとの闘争で負けて追い出されると、別の群れを探して放浪するのです。
このようなシステムを持つ群れは、イヌ科や、ゴリラやチンパンジーやニホンザル、人間も含む霊長類に見られる序列制・階級制が厳格に統率された集団とは異なる、単独性を維持したネコ科独特のコミュニティの在り方として興味深いものです。
さておき、強く大きく、世界中で繁栄してきたライオンは、人類にとって有史以来トロフィーハンティングのターゲットにされてきました。
これは決して過ぎた昔の話ではなく、欧米の植民地であった歴史のあるアフリカでは、今なお欧米の富裕層によるライオンをゲームハンティングするツアーが各地で盛んにおこなわれているのです。需要にこたえるためにライオンが人工的に繁殖させられ、狩場に放出されて虐殺されています。トラについては差し迫る絶滅危機と、エキゾチック趣味から保護対象とされても、ライオンは未だに虐殺の対象なのです。
もし、この世からトラとライオンがいなくなったら、と考えてみて、砂を噛むような苦いむなしい思いをするのは筆者だけでしょうか。
(参考・参照)
学習図鑑シリーズ 動物の図鑑(小学館)
残りおよそ3,000頭。絶滅に瀕しているトラを救うために。|WWFジャパン
ライオンなどの野生動物を趣味で射殺する「トロフィーハンティング」団体がオークション開催
米国で飼育されるトラ、その痛ましい現状とは | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
ライオンVS.カバ、異例の対決 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト