「夏は花の少ない季節」とよく言われますが、そうでしょうか。真冬のごく一時期をのぞけば、いつも身のまわりにさまざまな花が咲きあふれていて、そのめくるめく変遷に追いつくのが大変です。晩夏の花だけでもあれこれと浮かぶのですが、今回は秋彼岸頃に咲くおなじみヒガンバナの仲間のニ種の美しい花、その妖しさと艶やかさでは優るとも劣らないキツネノカミソリとナツズイセンを取り上げたいと思います。

「お盆のマンジュシャゲ」キツネノカミソリの群生

「お盆のマンジュシャゲ」キツネノカミソリの群生


林床に点るキツネの松明?キツネノカミソリとは…

キツネノカミソリ(狐の剃刀 Lycoris sanguinea)はヒガンバナ科ヒガンバナ属(Lycoris)に属する多年草。
本州以南に分布する日本固有種で、8月初旬頃から下旬頃までの盛夏、雑木林の縁や林床に、ノカンゾウに似た濃いオレンジの六弁花を開き、群生します。落葉樹を主体として照葉樹が混淆(こんこう)した、やや薄暗い林の湿った土壌を好みます。
葉は晩冬から早春の寒い時期に芽を吹き、春の間に成長して夏が来る頃には枯れ落ちます。そして、葉から受け取った養分で球根から30~50cmほどの花茎を伸ばし、花茎の先端に花芽を3~5個つけ、やや上向きに橙赤色の花を開きます。
ヒガンバナの場合、花が終わって枯れ落ちた10月頃から葉を伸ばしはじめ、晩冬に青々と叢(くさむら)をつくるのとはサイクルが異なり、花の時期と葉の時期がずれて重ならないのは共通する特徴です。
関東以西から九州・四国には、変種で花が大きくキツネノカミソリよりも反り返り、雄しべが長く飛び出す特徴を持つオオキツネノカミソリ(Lycoris sanguinea var. kiushiana)、長崎の西海地方を中心とした九州の一部地域には朝鮮半島との共通種・ムジナノカミソリ(貉の剃刀 Lycoris sanguinea var. koreana)がわずかに分布します。
佐賀県の太良町には、凡そ数万本と言われるオオキツネノカミソリの日本一の大群落が知られています。ヒガンバナ属の多くは不稔性(種子をつけない)なのですが、日本では九州に自生する大陸種・ショウキズイセン(鍾馗水仙 Lycoris aurea)とキツネノカミソリの仲間のみが、種子をつけることができます(ちなみにショウキズイセンとヒガンバナの自然交配種が白い花のヒガンバナ、シロバナマンジュシャゲ(Lycoris ×albiflora)と言われています。
キツネノカミソリという独特の和名は、スイセンにも似た剣状の葉をカミソリに、花色のオレンジがキツネの被毛を、ラッパ型の花姿が逆三角のキツネの顔を連想させるからでしょう。方言にはキツネユリ、キツネバナ、キツネノタイマツなどのキツネ関連の名称が見られます。実はこれはヒガンバナの方言名と共通するものなのですが、おそらく、自生種であるキツネノカミソリの名の一部が、室町期ごろに伝来して江戸期に全国に広がったヒガンバナに転移されたものだと思われます。伝説伝承の中で人を化かすキツネの妖しいイメージはどちらの花も備えていますが、キツネ感でいうと、やはりキツネノカミソリが優るといえるでしょう。

鬱蒼とした真夏の緑蔭に、灯るともしびのように…

鬱蒼とした真夏の緑蔭に、灯るともしびのように…


なぜカミソリ?その名には、日本古来の妖異の影が

「キツネ」とつく草本は、キツネノボタン、キツネノマゴ、キツネアザミなどいくつもありますが、「カミソリ」と名のつく植物はこのキツネノカミソリ(その亜種で半ば洒落でつけられたムジナノカミソリ、タヌキノカミソリ)をのぞけばカラスノカミソリ(後述します)のみ。剣状の葉の草本は単子葉植物に数限りなくあり、キツネノカミソリの葉のみをカミソリに喩えるのは無理があります。キツネと髪とに伝承上関係があると考えるべきですし、実際浅からぬ因縁話が存在しています。
古来日本では、髪切り・黒髪切りという妖怪による怪現象がたびたび世をさわがせました。平安時代の貴族の信仰習俗を記した日記記録『長秋記』(1087~1136年 権中納言源師時)や室町時代の『建聖院内府記』(1414~1455年 万里小路時房)などで、皇室の女性や幕府将軍の側室が妖異に髪を切られるという事件が発生、妖怪「髪切り」による怪異は、明治時代頃まで各地で散発的に記録され、特に江戸時代には頻繁に現れたとされています。
「髪切り」の正体については、人間によるもの、不明とするもの、今でいうカミキリムシ(または架空の虫)のしわざとするものがある中、『長秋記』や『建聖院内府記』とあわせて、雑話集『耳嚢』(1784~1814年 根岸鎮衛)などでキツネのしわざだとする記述も見られます。
神奈川県鎌倉市の尼寺の古刹・東光山英勝寺には、「髪切り狐」の伝承が伝わります。
英勝寺は水戸徳川家とのゆかりが深く、代々水戸徳川家の姫が出家して住持(じゅうじ)を務め、このため奉公女中や護衛の武士などが出入りしていたと言われます。英勝寺では、出入りする水戸家の女中が、日暮れ頃に寺の周囲で突然何者かに髪を引っ張られ、鋭い刃物で結った髪をばっさりと切り落とされる事件が繰り返し起きました。切られた髪の切り口にねばねばとした粘液が付着していて、切られるときには必ずキツネの鳴き声がした、という証言が共通していました。
そこで、裏山に住み着いた古狐の仕業だろうと噂され、いつしか「髪切り狐」と言われるようになったとか。キツネは尼寺に剃髪していない女たちが出入りすることが気に入らなかったのかもしれない、と語り部たちは推測しています。
福島県にはキツネをからかおうとした剛毅自慢のお調子者が、キツネに化かされて翻弄された挙句に髪の毛を切りちぎられる「三本枝のかみそり狐」という伝承が残ります。
初午(はつうま)に狐の剃りし頭かな (芭蕉)
この芭蕉の句は、初午の稲荷神社の縁日を「狐」に喩えているのですが、これもキツネと髪剃りとの連想や符丁の下敷き・前提があってこそ成立する発句です。平安時代の陰陽師・安倍晴明の母は、伝承では妖狐葛葉だとされますが、伝承の中のキツネは何かと女性と関連付けて語られることが多く、このことから(女性の象徴とか女の命などと言われる)髪とキツネは強く因縁づけられてきたようです。
それはやがて、村はずれの寂しい林道の縁にかがり火のように浮き立つ妖しいオレンジの花を、妖怪髪切り狐と結びつけ、「キツネノカミソリ」と呼ぶようになったのでしょう。

髪切り狐の伝承もぴったりのこのキツネっぽさ

髪切り狐の伝承もぴったりのこのキツネっぽさ


田園に佇む青白い影は…晩夏の隠れた名花、ナツズイセン

さて、日本に自生するヒガンバナ属の花のもうひとつの代表種がナツズイセン(夏水仙 Lycoris squamigera)です。中国原産で、漢名は鹿葱(ろくそう)。シカのネギ、と名づけられています。西洋の豪華な球根植物の代表ともいえるアマリリスにも似た優美な花で、英名はHardy amaryllisです。
本州以南の日当たり・湿気の多い畦や道端、草原に自生(概ねヒガンバナと生育地が似ています)しますが、在来種ではなく中国からの帰化植物です。一説では、17世紀半ばの江戸時代前期に渡来・定着したとも言われますが、詳しいことはわかっておらず「古い時代にわたってきた」と曖昧にぼやかされています。
キツネノカミソリと同様、早春に葉を伸ばし、夏には葉を枯らして50~70cmほどの花茎をすっくりと伸ばし、先端に4~7個ほどの花柄をつけ、八月に花の盛りを迎えます。
薄桃色の筒状花は百合に似て、花被片の先端は丸みを帯びて緩やかに反り返ります。6枚の花弁は長さ10cm前後と大きくよく目立ち、ふくよかな花姿のため庭園などにも植栽されますし、群生するさまはヒガンバナやキツネノカミソリよりも大型の分、豪華なくらいなのですが、なぜかさほど人気を得ていません。
ピンクとはいえ青白く冷たい色調が混じるシャーベットピンク調の花色が、どことなく透けるように色の白い女性の肌を思わせるせいでしょうか。実際筆者も日暮れ時の寂しい村道で、辻のお地蔵様の裏に広がる田の縁に群生するナツズイセンを見かけたときには、一瞬幽霊が佇んでいるように見えてゾクリとした体験があります。ヒガンバナ属には、共通する独特の妖しい雰囲気があるものなのかもしれません。
ナツズイセンの別名はハダカユリと言い、これも何となく不気味な和名ですが、カラスノカミソリという異名も持ちます。おそらくキツネノカミソリの同属であることからあやかってつけられたものでしょう。また人間の黒髪にも喩えられるカラスが、カミソリと結びつけられる感覚はわからなくはありません。
ナツズイセンの花言葉は極めて印象的で、「深い思いやり/あなたのために何でもします/悲しい思い出」というもので、この花と向き合うとき、深い業や複雑な情緒を人は感じるようです。
江戸時代頃までは「縁起が悪い」「気味が悪い」と嫌われたり無視されてきたヒガンバナやアジサイ、ケイトウは、個性を重視する近代に入ると、多くの文学や絵画の題材となり、一気にスターとなりました。キツネノカミソリにしてもナツズイセンにしても、今のところ目立って取り上げられることはないのですが、個性やドラマ性は充分の花なので、将来その妖しい美しさが再認識され、ブレイクするかもしれません。

夏の田の畦に佇むナツズイセン。なぜかひやりとします

夏の田の畦に佇むナツズイセン。なぜかひやりとします

参考・参照
植物の世界 朝日新聞社
ヒガンバナ方言総覧
諸国里人談

近づいてみれば優美なナツズイセンは、次世代の主役かも?

近づいてみれば優美なナツズイセンは、次世代の主役かも?