平地や暖地の紅葉も次第に炎が消え落ちるように衰え、陽射しも日に日に弱弱しくなってゆく初冬。そんな時期、モノトーンの町中に彩りをもたらしてくれる貴重な冬の花に、サザンカがあります。つややかな濃い色の葉の間に咲く、控えめで、それでいて華やかな冴えた淡紅色の花の姿は、壷井栄や幸田文、城山三郎などの文学、童謡「たきび」や演歌、最近ではJポップなど、時代を超えて日本人に愛されてきました。実はサザンカは11月ごろには既に咲いていますが、やはり他の花や葉が落ちた今ごろから、急に目に付くように感じますよね。そして、サザンカを追うように、そっくりの花を咲かせるカンツバキの花が加わり、季節はまさにサザンカ一族の盛りとなります。
気をつけてみればそこにもここにも。日本の冬はサザンカに彩られます
ツバキ科(Theaceae)は主に日本をふくむ東アジアからインド付近の熱帯、亜熱帯、温帯に分布し、東洋の嗜好飲料として世界中に伝播しているチャ(茶)、そして実から絞ったカメリア油が精油へと利用されてきた、東アジア文明と極めて関わりの深い植物です。
また、日本のツバキはオリエンタル趣味溢れる花木として、18~19世紀には欧米に渡り、「東洋の薔薇」と称えられ、もてはやされました。
日本原産種は暖地の照葉樹林の構成樹種で、暖かい海沿いにも自生するヤブツバキ(藪椿 Camellia japonica)と、近縁種のユキツバキ(雪椿 Camellia rusticana)、そしてもともとは山口県などの中国地方西部と四国、佐賀県以南の九州と沖縄県に自生するサザンカ(山茶花 茶梅 Camellia sasanqua) が知られています。
と、このように書きますと、あれ?と思いませんか?ヤブツバキは真冬の12月~1月ごろから咲き始めるし(花期は長く盛りは4月ごろなのですが)、ユキツバキは寒冷地で雪をかぶりながら咲く姿が知られていますし、サザンカもまた冬の花のイメージが強いために、ツバキの仲間は寒い地方の樹木だと勘違いされがちです。
けれどもツバキの仲間は実は主に熱帯、亜熱帯に分布する暖かい地方の樹木なのです。
ヤブツバキから作出された園芸品種は、花弁や中央のおしべが根元で融合していて、枯れ落ちるときにぽとりと花全体が落ちる様子が野暮ったく重たく感じられるせいか、あるいは長い花期のせいでありがたがられないためか、庭木としても被写体としても、現代の日本ではあまり人気は芳しくないようです。そんな中、花弁が薄く、融合していないために花びらのはらはらと散るサザンカは例外的に知名度が高く、そこそこ若者人気もあるようです。
ひそやかに下枝ばかりにひらきたる 山茶花白くこぼれたる見ゆ (長塚節)
サザンカというと、淡紅色の花をもっともよく見かけますが、原種の花の花弁は雪のような純白の一重花です。また白やピンク、斑入りのもの、豪華な八重咲きなど、いろいろな園芸品種も作出されていて、この時期注意して見ているとさまざまな花色のサザンカが咲いているのを見ることが出来ます。
50年ほど前までは、サザンカの花期の中心は11月ごろでしたが、次第に真冬まで咲きつぐ品種が開発され、今や12月がサザンカの花期の中心と言ってもいいかもしれません。そして、サザンカを引き継ぐように競演を始めるのがカンツバキ(Camellia sasanqua KantsubakiまたはCamellia hiemalis Nakai)です。このカンツバキ、多くの人がサザンカと混同していますし、サザンカの一種ともいえるのですが、厳密に言えば別物で、花期も12月ごろから2月ごろと、サザンカよりも後にずれるのです。
サザンカとカンツバキ…よくよく見比べてもわからないその違い
ヤブツバキとサザンカは、原種・園芸品種とも比較的容易に見分けがつきます。
・合弁花でおしべも根元が一体化しているのがツバキ、離弁しているのがサザンカ
・開花しても完全に平開せず、おわん形の半開になるのがツバキ、完全平開するのがサザンカ
・葉の周縁の鋸歯(きょし)がほとんど目立たないのがツバキ、鋸歯が立って目立つのがサザンカ
・花に芳香があるのがサザンカ、ないのがツバキ
・「石榴」と喩えられる硬い実が収められた丸い実が、まるで磨かれたようにツルツルなのがツバキ(中には「リンゴツバキ」という、赤くて大きなリンゴのような実をつける種もあります)、表面に毛が生えるのがサザンカ
樹のサイズも、ツバキのほうがサザンカよりも、がっしりとしていて大きく高く育ちます。
ところが、このツバキとサザンカの交配種といわれるカンツバキは、外見上サザンカとほとんど見分けがつかないほど酷似しているのです。アヤメ科の「いずれアヤメかカキツバタ」どころではないのです(もっともこの成語は両者の見分けがつかない、という意味ではありませんが)。カンツバキにはサザンカに見られる子房や葉柄のわずかな毛がない、サザンカより全体に小型で、サザンカより葉の先端がとがる、などの見分けポイントがあるのですが、個体差もあり、決定的なちがいにはなりません。
その上カンツバキには、種名ではなく「寒い時期に咲く椿」という意味での呼び名と、ヤブツバキとサザンカを人為的に掛け合わせて作出された園芸品種としてのカンツバキ、原種が中国にあるとも、ヤブツバキとサザンカが自然交配して分岐したとも受け取れる種名(あるいは亜種名)としてのカンツバキ、という三つの意味があるために名前だけでもややこしいのです。低木で丈夫なカンツバキは、垣根や公園の植栽にもよく植えられていて、身近な場所のあちこちで見ることが出来ます。「あれ、サザンカが咲いている」と思っていても、よく見るとカンツバキ、なんてことも多くあるのです。
日本各地にはひっそりとツバキやサザンカの巨木が
『荘子』逍遥遊に記載される大椿(だいちん)伝説。八千年を春とし花を咲かせ、八千年を秋とし実が熟し…三万二千年をかけてひとたびの巡りを繰り返す悠久のツバキの巨木。この伝説は、成長が遅く、長寿のツバキの姿から想像されたものでしょう。
ツバキは樹木の中でも特別の霊力・生命力を秘めた神木とされてきたのです。もともと神棚に捧げる玉串に使用するサカキ(榊)、ヒサカキ(姫榊)、沖縄の首里城正殿の建材に使われ、一般人が伐採することを禁じられたモッコク(木斛)もツバキの仲間で、どの木も神聖なものとして扱われます。ツバキやサザンカを「榊」と呼ぶ地域もあるようです。京都府与謝郡には樹齢1200年という椿の老大木(滝の千年ツバキ)が。石川県の「上藤又の大椿」は推定樹齢800年で、日本一のヤブツバキ、ともいわれます。花の散る時期は、樹下がツバキの落花で真っ赤に染まるそうです。
高知には単幹日本一のヤブツバキといわれ、「シャクジョウカタシ」と呼ばれる巨木があります。
サザンカにはツバキほどの巨木は見当たりませんが、それでも全国に「大サザンカ」と称される巨木が分布します。中でも三重県松坂市の「高瀬家のサザンカ」は樹高10メートル、四方に大きく広がったその小山のような枝一面に、桃色の花がつき、11月下旬の見ごろは圧巻だそうです。
ツバキやサザンカの巨木は、桜や藤などのように話題に上ることは少ないですが、筆者は個人的には、常緑樹の巨木の花の幽玄さに、より惹かれるものがあります。
12月上旬から年末年始へと、サザンカはツバキへと咲きついで、花の乏しい冬の季節を華やかに彩ります。
最後に、12月9日、漱石忌にちなみ、夏目漱石の句で締めたいと思います。
山茶花の垣一重なり法華寺 漱石
(参照)
植物の世界 (朝日新聞社)
樹木 (富成忠夫 山と渓谷社)
歴博くらしの植物苑だより サザンカの魅力 箱田直紀