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猫と住み紅薔薇垣を隠れ蓑――俳句歳時記を楽しむ


俳句の世界では夏の季語が活躍中です。巷ではバラの開花前線が北上中で、各地の公園ではバラの祭典が真っ盛り。現在ではバラの花は年中咲き続ける四季咲きの品種が主流ですが、最も美しい季節は、やはりこの5月から6月にかけてでしょう。西洋では、美の象徴として長い歴史を持っているバラ。その陰影を日本的なアプローチで表現した、俳句における薔薇の世界を探ります。


薔薇を剪る鋏刀の音や五月晴

まずは、正岡子規の句からご紹介します。

・夕風や白薔薇の花皆動く             ※1

・薔薇深くぴあの聞ゆる薄月夜           ※4

・一盆の薔薇の匂や室に満つ            ※4

・薔薇の香の紛々として眠られず          ※4

・薔薇を剪(き)る鋏刀(はさみ)の音や五月晴   ※4

1896(明治29)年の「夕風や…」から、没年の1902(明治35)年までに作られた作品群です。子規は1895年(明治28年)4月、日清戦争に記者として従軍し、その帰路に喀血し一時重態となります。その後の療養および病床の中での作句ですが、五感を研ぎ澄ませて薔薇の気配を身近に引き寄せた表現は、さすが写生俳句を唱えた子規ならではの世界です。

子規は1902年9月に34歳で亡くなりましたから、「薔薇を剪る…」はその4カ月前の句となります。臥せった中での作句と思われますが、薔薇、鋏の音、五月晴れと小気味良い要素が続き、清々しさまで醸し出す名句といえますね。子規はこの5月から、自身を客観視し写生した随筆集『病牀六尺』を書きはじめています。

ノイバラの花

ノイバラの花


阿蘭陀の昔更紗や薔薇の形

ところで子規が眺めたのは、どんな薔薇だったのでしょうか。ここで少々復習しますと、薔薇はバラ科バラ属の低木で、幹は叢生(そうせい)・蔓性とその中間に別れます。野生種は世界に約二百種、日本に十数種。園芸品種としての薔薇はヨーロッパと東西アジアの原産種が複雑に交配され、世界各地で改良されています。

日本に自生するバラは、ノイバラ (野薔薇または野茨) 、テリハノイバラ (照葉野薔薇) 、モリイバラ、ハマナス (浜茄子) など。最初に記されたのは『万葉集』で、「うまら」「うばら」とあり、自生種でしょう。『源氏物語』『古今和歌集』『新古今和歌集』では、「さうび(薔薇)」と記されています。

江戸末期や明治以後から、欧米からいわゆる「西洋バラ」が輸入され、多彩なバラの品種が観賞、栽培されるようになりました。庭や垣根の薔薇から結婚式の薔薇まで、数多くの薔薇の句を作った子規。まだ園芸バラは珍しかった時代ながら、自生以外の西洋薔薇も目にする機会があったのかもしれません。

・阿蘭陀の昔更紗や薔薇の形             ※4

この子規の句は、更紗の柄のヨーロッパの薔薇が強調されています。あるいは目の前で西洋薔薇を手に取っている可能性もありますね。


黒鳥はいづこの王子薔薇匂ふ

明治・大正以降はますます盛んになるバラ栽培とともに、薔薇を描く俳句も多様な広がりを見せます。薔薇の花を讃えるオーソドックスな世界観から、薔薇の棘を思わせる余韻を持つ句まで、自由にお楽しみください。

・薔薇呉れて聖書かしたる女かな    高浜虚子  ※1

・かりそめに人入らしめず薔薇の門   高浜虚子  ※5

・針ありて蝶に知らせん花薔薇      中川乙由  ※2

・バラ提げてそのバラよりも人映ゆる  久米三汀  ※2

・薔薇熟れて学課けだるくなりまさる   山口誓子  ※2

・月の露光りつ消えつ薔薇の上     鈴木花蓑  ※3

・薔薇の辺に明治の時計いまも鳴る  三谷いちろ ※3

・猫と住み紅薔薇垣を隠れ蓑      殿村菟絲子 ※3

・薔薇園(そうびえん)一夫多妻の場を思ふ    飯田蛇笏  ※1

・薔薇崩る激しきことの起こる前   橋本多佳子 ※2

・黒鳥はいづこの王子薔薇匂ふ    堀口星眠  ※1

はまなすの花

はまなすの花


薔薇に読む船に始まる物語

ところで、薔薇の句を探すと、海と関係する句が登場しました。海と薔薇は一見遠い存在ですが、もしかしたら連想のヒントとなったのが、「はまなす(玫瑰、浜茄子)」かもしれません。北海道など北地の海岸に自生するバラ科の落葉低木ですが、「はまなす」も夏の季語。『知床旅情』でお馴染みのように、北の旅情や海への想いを込めた「はまなす」の句も多くあります。

海と薔薇。遠く海をわたり海近くで咲く遺伝子まで遡り拾い上げたのか、或は「はまなす」と関係無く浪漫の二つの究極を恣意的に繋げ、壮大な物語を五七五に込めたのか。薔薇の香りと共に謎を解いてみましょうか。そしてお天気の日には、色とりどりの薔薇が咲き誇る公園へお出かけしたいものですね。

・ばら開き海光玻璃戸つつみたる    中村汀女   ※3

・薔薇うかべ海をおそれる晩年の河   高柳重信   ※1

・帆柱を集めし空も薔薇の季(とき)大岳水一路  ※1

・薔薇に読む船に始まる物語     橋本風車   ※1



<句の引用と参考文献>

※1 『カラー版 新日本大歳時記 夏』(講談社)

※2 『カラー図説 日本大歳時記 (夏)』(講談社)

※3 『第三版 俳句歳時記〈夏の部〉』(角川書店)

※4 『子規俳句集  Kindle版』(久栄堂書店)

※5 『高浜虚子句集 Kindle版』(久栄堂書店)

『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)

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