2012年2月のこと
彼が訪ねてきた。その日は私の友人が日本から10人前後の仲間を香港に連れてきて、団体で口座開設のサポートを請け負っていた。
と彼は告げると他のメンバーがHSBC香港での手続きをするのを静かに待っていた。
HSBC香港
HSBC香港は資金移動や両替、海外での投資活動をするハブとしての利便性が高く我々が海外でのメインバンクとして勧めている口座である。
長年HSBC香港、BOOM証券、中国銀行の口座開設サポートをおこなっているが何らかの資産運用をする目的を持って香港を訪れてHSBC香港の口座を開設しない人は極めて少ない。
我々の口座開設サポートを利用しない人はだいたいすでに保有しているか英会話力に自信があるので自分でトライしたいという理由からであり、香港を訪れてHSBC口座を開設すらしないというのは記憶を辿ってみても彼以外思い当たらない。
上限額ギリギリの人民元を手に入れて中国銀行に定期預金
香港から中国深センの中国銀行へ移動すると、彼は中国銀行口座を開設してUSD5万相当の日本円を人民元に両替して5年満期の定期預金を組んだ。
当時の円ドルレートは1ドル80円程度だったので、元手は日本円にして400万円ぐらいだったろうか。中国本土での外貨から人民元への両替の限度額は1年にUSD5万である。
つまり彼はその上限額ギリギリの人民元を手に入れて中国銀行に定期預金をしたことになる。
当時中国銀行の人民元の5年定期預金の利率は5.5%/年。5年間の合計で27.5%の金利収入が得られるということである。
ちなみにこの人民元の金利は2008年のリーマンショック以降では最高である。
2013年
彼はもう一度中国を訪れて年間両替額上限一杯の人民元5年定期預金を組んで帰った。
中国銀行の5年定期預金の金利は前年より下降し4.75%/年になっていた。
2014年
彼は来なかった。中国銀行の5年定期の金利は4.00%になっていた。
この金利は2015年以降も継続的に下がり、現在では5年定期預金は3年定期に統合されて金利は2.75%/年である。
2017年
彼は4年ぶりに中国を訪れて2012年に組んだ定期預金を解約した。5年間の利息27.5%を含めてRMB35万7,000を手にした。現在のレートで換算すると日本円にして約590万円になる。
400万円を5年間運用して190万円のリターンを獲得、単利の平均年利回りは9.5%である。
スゴ腕投資家
私は通貨分散による為替リスクの無効化を推す立場なので本来こうした計算は好まないが日本円換算でこれだけのパフォーマンスが出たという事実は認める必要がある。
もし資金をすべて日本で使えば確かにその効果を享受できるからだ。定期預金というもっともリスクの低い部類の商品で叩き出した10%近い利回り。
2012年のこの頃、同じように中国で5年定期預金を実行した人は多い。
もちろん同じパフォーマンスを記録しているその判断をしたすべての人が賞賛に値する。
私の感じた「もう一段の鋭いキレ味」
ただその中でも私が彼に投資家としてもう一段鋭いキレ味を感じるのはそのときに何の迷いもなく上限ギリギリのUSD5万という金額を投じ、さらに翌年も同じことをして、そしてその翌年にはピタリとやめたことである。
彼の本業は株式の取引をメインとするプロの個人トレーダーだ。優れたトレーダーは投資の「有り」か「無し」かについての判断の基準をしっかり持っているものだ。
2013年の金利4.75%のときドル円は90円台だった、彼にとってそれはまだはっきりと「有り」の基準だったのだろう。そして2014年以降の金利4.00%以下、1ドル100円以下の円安傾向の環境下でこの投資は「無し」だった。
さらにHSBC香港口座も彼の中では「無し」だったのだろう。ここについて個人的には意見を異にする部分はある。だが日本には目立たずとも優れた投資家がいるものだな、と頼もしい気持ちになった。(執筆者:玉利 将彦)