インターネット配信などのデジタル音源で音楽を聴く時代にあって、魅力が見直されているアナログレコード。そこに欠かせないレコード針の専門店が4月、京都市下京区にオープンした。出店したのは兵庫県に本社があり、1本単位で注文を受け付けている老舗メーカー。京都とレコード針には意外な関係があった。
浄土真宗本願寺派の本山・西本願寺に近い七条通。片側2車線の車道に面して、長屋のように並ぶ古い商店街の一画に「Feel Records 京都はなれ店」が店舗を構える。のれんと木製の引き戸が京の雰囲気を演出している。
「古いものと新しいものがうまく溶け合う街で、魅力があった」
京都に出店した理由を語る同店支配人の仲川和志さん(60)は、日本精機宝石工業(JICO、ジコー)の代表取締役を務める。日本海に面した兵庫県新温泉町に本社と工場を構える、従業員52人のレコード針メーカーだ。
ジコーは1873年、縫い針メーカーとして創業した。当時は京都の呉服店と取引が多く、その地を直営店の場所に選んだ。「何代も前から縁があった。本社の近くを通るJR山陰線の起点も京都。線でつながるのは良いかなと感じた」
レコード針への参入は1966年になってから。レコード針は回転するレコード盤に刻まれた溝の凹凸に合わせて振動し、音を拾う。振動を電気信号に変換する部分がカートリッジであり、そこに消耗品である針を取り付ける。カートリッジの種類によって対応できる針は異なる。
ジコーでは現在、他社製カートリッジに取り付けられる針や、ジコーブランドのカートリッジや針など約2300種類を受注生産している。数年に1度しか注文されない針にも対応している。
レコード盤やプレーヤーの製造は、音楽を聴く手段がレコードからCDに移った80年代以降、急速に減少した。それでもレコード愛好者は世界中に存在しており、レコード針の需要を支えてきた。
その製造には職人の技が凝縮している。標準的なカートリッジの場合、レコード盤から振動を読み取る先端のダイヤモンドチップ(長さ0・6ミリ、幅0・25ミリ)や振動を伝えるカンチレバーなど七つの部品で構成。職人がピンセットを使って手作業で組み立てる。
ジコーは取りそろえている種類が多く、欧米を中心に注文も多い。年間で6万本を生産しており、売り上げの約8割は海外だという。
レコード針の購入方法はネット通販やオーディオ専門店が一般的であり、メーカーの直営店は珍しい。ジコーが京都に開いた店舗は、単にレコード針を売る場にとどまらない。
1階ではジコーで売れ筋の100種類の針を販売。漆で塗り上げた店舗限定モデル(約7万円)も用意した。針だけではなく、各地のレコード店の目利きが選んだ中古レコード盤も販売しているほか、くつろぎながら飲食できるカフェも併設する。
2階には、スウェーデン製のスピーカーでレコードの音を楽しめる個室や、アートギャラリーも設置した。「食事をしたりギャラリーで絵を鑑賞したりしながら、全ての空間でレコードの音に触れてほしい」。仲川さんは店に込めた思いを語る。近くには町家を改装した宿泊施設も多く、外国人観光客がくつろぐ姿をよく見かけるという。
2023年10月には本社工場で有料の見学ツアーも始めている。2時間半をかけて、職人が製造する工程を見たり、工場で作った針で音楽を鑑賞したりする。参加料は1人当たり2万5000円(税別)で、音響機器にこだわった音楽鑑賞用の部屋も設けた。
こうした取り組みの追い風になっているのは、レコードの世界的な人気再燃だ。定額制のストリーミング音楽配信サービスが席巻している中にあっても、独特なぬくもりのある音質やレコード盤を収めるジャケットのデザイン性が再評価されている。
日本レコード協会によると、23年の日本国内のアナログレコードの販売額は前年と比べて45%も増えた。金額は62億6700万円となり、60億円を超えるのは89年以来34年ぶりだ。全米レコード協会の統計によると、22年には米国で87年以来初めてアナログレコードの販売数がCDを上回った。
人気再燃に加えて、高価格帯商品の販売が伸長するなどして、ジコーの売り上げも10年前と比べて約4割増えている。「ブームはうれしいが、いつまでも続くとは思っていない。ここに来て『レコードは手軽で良いものだな』と感じてほしい」と仲川さん。柔らかい音色が響く店内は古くて新しい魅力を伝えている。【妹尾直道】