ついに興行収入50億円を突破した『シン・ゴジラ』。筆者も5回観ましたが、まだまだ飽きませんね。とくに前半のみなぎる緊張感が癖になります。さて今回は、この作品の最大の見所である、赤坂が矢口に「デレる」シーンについて語りたいと思います。
はい、「そんなシーン、なかったよな」というご意見が多いかと存じます。
もちろんです。直接描かれていたわけではありません。ですが、何回か映画を観て、考えれば考えるほど、そうに違いない! という結論に至りましたので(自己洗脳ともいう)、順を追って説明させていただきます。
※この記事には、映画のネタバレが盛大に含まれています。未見の方はご注意ください!
映画の構成についての確認
この映画はものすごく素直な構成になっており、劇中の時間は完全に一方向に流れていきます。「実はこのとき、別の場所でこんなことが…」というふうに時間が戻るシーンはありませんし、誰かの回想が挟まることもありません。次に来るシーンは、必ず未来になっています。
また、前のシーンで振られた課題の答え合わせを、続くシーンですぐにやってくれます。含みのあるセリフの意味を、次のシーンで説明していたりするんですね。
例を挙げると……
シーン その1
- 赤坂「親のコネも躊躇なく利用する、矢口と同じ政治家タイプです」
↓ - 沢口警察庁長官官房長(古田新太)の「(矢口の)先代には世話になったからな」。「最優先で頼む、鑑取りにどれだけ人を割いても構わん」とまで言っているので、かなり強力なコネですね。
シーン その2
- カヨコ「あなたの国は、誰が決めるの?」
↓ - 復興法案に記入された大河内総理の花押(=総理大臣が決める)
シーン その3
- 「人類の英知の火を使うしかない」と退場するアメリカの調査団
↓ - カヨコに即時退去の命令が入る
などなど。これを前提として作品を鑑賞し、導き出したのが以下の文章です。
そもそも赤坂は矢口をどう思っているのか?
前回の記事にも書きましたが、赤坂はことあるごとに矢口をたしなめます。
- 「やんちゃもいいが、お前を推した長官のお立場も考えろ」
- 「完璧ではないが、最善を尽くしている。うぬぼれるな矢口」
- 「矢口、夢ではなく、現実を見て考えろ」
このほかにも、巨大不明生物の移動経路に放射線が検知されたので記者会見を開くべきだという矢口に対し、赤坂は「国民に公表する法的根拠もないし、騒ぐほどの線量値でもない」と否定しにかかっていました。
さらに、矢口には「大統領特使がお前にアポを入れてきたという情報もある」と他人事のように話しますが、実は大統領特使=カヨコが最初にアポを入れたのは赤坂だったと明かされます。
赤坂が矢口に心を開いているなら「面倒だからお前に任せた」などと冗談めかして言いそうなもの。なのにこれは、かなりよそよそしい対応ですし、さらに言えば「嫌がらせ」的なものさえ感じます。
赤坂は矢口を好ましく思っていない。
その理由として示唆されているのは、赤坂と東官房長官との会話です。
これも前回にまとめた内容ですが、
東官房長官の「(カヨコは)親からの才能と七光りでのし上がる。君の苦手なタイプだろう」という発言。赤坂の「(カヨコは)親のコネも躊躇せず利用する、矢口と同じ政治家タイプ」という発言。
これらを併せて考えると、赤坂は矢口のことを「気に入らない存在」として疎んでいる可能性が高そうです。
先ほど挙げた、矢口が官房長官室で放射線の件で記者会見すべきと提言した件。赤坂は否定しますが、東は「私がやろう、総理には伝えておく」と、聞き入れました。東は矢口を副長官に推した人物であり、「また矢口が贔屓された」わけで、赤坂としては面白くなかったことでしょう。
矢口は赤坂をどう思っている?
一方の矢口の方はというと、赤坂にたしなめられようが、まったく意に介していない様子。閣僚会議の席で「いまいちど提言いたします」と発言して今度は東官房長官に叱られたり、自衛隊の出動が決まったあと気持ちが緩む金井大臣たちに対し、旧日本軍を例に出して「根拠のない楽観は禁物です」と言ったり、生意気が止まりません。というかこの人、物語を推進する主人公としては優れていますが、現実にいたらけっこうヤバイかも。
さて、自分の目の前に何度も何度も立ちふさがってくる赤坂に対し、矢口はどう思っているのでしょうか?
立川にて、矢口が臨時政府の特命担当大臣になったと知り、それを祝福する泉。しかし矢口は「聞こえはいいが失敗したときのハラキリ要員だ。赤坂さんの抜け目のない采配だよ」と、決して喜んではいません。
そんな矢口に対し、泉は「君、なぜ政治家になった?」と問います。それに対する矢口の答えは「政界には敵か味方しかいない。シンプルだ。性にあってる」でした。
この流れで考えると、矢口にとっても赤坂は「味方」というよりは「敵」側に位置していると言えそうです。
赤坂の態度はどこで変化したか?
しかし、2人の関係にターニングポイントが訪れます。それが、「国連による熱核攻撃の決定」です。
里見臨時総理は、官房長官代理となった赤坂に、国連の計画に日本が全面的に協力することを総理に一任する法案の作成を依頼。ここで赤坂は「東京への熱核兵器の使用の容認も、ですか?」と、作中で唯一の動揺を見せました。赤坂だって、本心ではそんなものは受け入れたくないのです。
続くシーンでは、気持ちを切り替えた赤坂が、矢口に巨大不明生物駆除後のビジョンを語ります。熱核攻撃なら、国際社会からの同情と融資を得られる。もし独自に作戦を行えば、それは期待できなくなってしまう。しかも、作戦が失敗すれば結局熱核攻撃になるわけで、国際社会からの評価は散々でしょう。いつもの赤坂の、冷静な計算です。「矢口、夢ではなく、現実を見て考えろ」と。
ただ、赤坂は矢口にこうも言いました。
「お前のプランにはまだ不確定要素が残っている」
あれ?
これって、今までのような、頭ごなしの否定ではありませんよね。課題を与えるということは、ちょっと矢口を認め始めている? 本心では弱気になっているから?
さて、不確定要素とはなんでしょうか。
それは「原子変換細胞膜が、経口投与した血液凝固剤をも無効化してしまうのでは?」ということ。その後、間准教授のヒラメキと巨災対のがんばり、そして世界の研究者たちの協力によって、牧元教授の遺した解析表の正体が判明。それは細胞膜の活動を抑制する極限環境微生物の分子構造でした。血液凝固剤と抑制剤を同時に投与すれば……いけますよこれ!
というわけで、矢口は赤坂の出した課題をクリアできました。
「総理、そろそろお好きになさったらいかがですか?」の意味
さあ、お膳立てが整ってきました。
矢口はやれるだけのことをやった。しかし最後の判断をできる立場ではない。日本では、それは総理が決めるのです。
続くシーンでは、矢口とカヨコが牧元教授について語り合います。カヨコは「あなたに好きにしてみろと。でも、この国で好きを通すのは難しい」とつぶやく。それに対する矢口のセリフは「ああ、僕1人じゃな」でした。だから、味方を集めてみんなで「好き」を通すのです。そして泉に任せて自分が出しゃばらないという判断は、正直、矢口カッコいいとしか言いようがありません。
総理執務室で、泉が矢口プラン実行のため、里見臨時総理を説得しています。もちろん、総理だって熱核攻撃は避けたい。でもすでに安保理案を受け入れちゃったしなあと渋る総理。ここで決定的な一言が、赤坂より発せられます。
「総理、そろそろお好きになさったらいかがですか?」
赤坂はこのとき、安保理案の堅持を主張することもできました。そして、これまでの赤坂ならば、そのように判断してもおかしくありません。赤坂が矢口プランに反対すれば、たぶんヤシオリ作戦は行われなかったでしょう。
では、なぜ赤坂は総理に好きにするように勧めたのか?
もちろん、赤坂にも熱核攻撃は避けたいという本音があるでしょう。しかしそれだけではなく、赤坂は、何度突き放しても食らいついてくる矢口を、課題をきっちりクリアした矢口を、「認めよう」とこのとき決意したのではないでしょうか。矢口の前に立ちふさがるのではなく、矢口の背中を押す「味方」になろうと。
つまりここは、表面上は総理に向けたセリフですが、
「矢口、おまえの好きにしていいよ」
と言っているのと同義! なの! です!
それを矢口に直接言わないなんて……とんだツンデレですなこの男!
はい、読者がドン引きしている音が聞こえるような気がします。が、私の話はまだ終わりではありません。最大の問題が残っています。
赤坂は結局、矢口に直接デレないのか?
はい、これです。もちろん、そのシーンはありまぁす!
練馬駐屯地にて。作戦を終えて戻ってきた矢口にご苦労だったと声をかけ、赤坂は今後について話します。
巨大生物関連法案の整備が終わったら、内閣は総辞職。そして総選挙。「それは赤坂さんのシナリオですか」と聞く矢口に対し、「いいや、すべて里見さんのシナリオだ」と返す赤坂。
これは、映画の前半にもあった“段取りをきっちり踏む日本の政治あるあるネタ”として、観客にニヤリとしてもらいながら、日常に戻りつつあることを伝えるシーンのようにも見えます。
ただ、赤坂は「せっかく崩壊した首都と政府だ。まともに機能する形に作り変えるさ」「これからの日本を導くための新しい内閣が必要だからな」と、選挙に勝つ気も、内閣入りする気も満々。
では、なぜそれを矢口に語るのか?
もちろん、「オレと一緒に次の内閣をやろうぜ」という、プロポーズに決まっています!
当初は親の威光をかさに横紙破りばかりやる若造の矢口を疎んでいた赤坂。
しかし今回の1件で、矢口は人をうまく使い、見事に作戦をやり遂げました。人として成長し、政治家としても成長した矢口(当然、次の選挙でも当選するでしょう)。それを赤坂は評価し、受け入れたのではないでしょうか。
というわけで、「矢口にデレる赤坂」こそが、『シン・ゴジラ』最大の人間ドラマだと思うのです。
……この話にノレなかった人、ごめんなさい!(安田風に)