ユネスコの無形文化遺産にも登録されている和食。慣れ親しんでいるはずの和食も、マナーをしっかり理解している人は少ないのではないでしょうか。かしこまった場でいただくことの多い会席料理のマナーについて、ヒロコマナーグループのマナーコンサルタント・川道映里さんに解説してもらいます。
和室で食事をするときの装い
衣服
和室での食事に出かける際、和服を着る場合は格や季節に合った装いを心がけましょう。洋服の場合、女性がスカートを着用するなら膝丈かそれよりも長めの丈のものを選ぶのが正解。ただし、一般的に和室では正座で食事をするので、姿勢が取りづらくなるタイトスカートは避けた方が無難でしょう。
アクセサリー
高級な漆器類などに傷をつけてしまっては大変。傷をつける恐れのあるアクセサリーは外しておきましょう。長いネックレスだと器に引っ掛かってしまう可能性があり、イヤリングは落ちることもあります。これらのアクセサリーは、食事中は外しておくと安心です。
カバン
持って行くカバンも、なんでもいいわけではありません。服装にあった大きすぎないものを選びましょう。入店した際、室内に専用の置き場所がある場合はそこに置きます。もし専用の置き場所がないときは、カバンや手土産などを直接畳の上に置くと畳を傷めてしまう恐れがあり、直接置かないのがマナーです。白い布(大判のハンカチや風呂敷)を準備しておき、それを敷いた上にカバンを置くことをおすすめします。また、大きな荷物を持っている場合は入り口で店に預けましょう。
足元
靴を脱いで畳に上がるケースが多い和室での食事は、脱ぎやすい靴で行くのがおすすめです。また、素足は失礼になるのでストッキングや靴下を着用するよう注意しましょう。
なお、さらに正式な作法としては、和室では白い靴下を履くことになっています。これは畳を汚さないようにという配慮から、足袋代わりとなる白い靴下を履いて上がるのが礼儀とされているからです。場合によっては、柄ものや色のついた靴下は履き替えるか、ストッキングの上から白い靴下を履くとよいでしょう。最近はここまでする人は少ないですが、ぜひ参考にしてみてください。
基本の席次
和室で食事をする際、室内に床の間がある場合はその前の席が上座となります。上座にはお客さまや目上の人、会の主役が座ります。もし席次が不安な場合は、店の人にあらかじめ確認しておくと安心ですね。
箸の正しい持ち方
人によって癖が出やすい箸の持ち方。大事な席の前には、改めて確認しておきましょう。
- 上の箸は親指、人差し指と中指の第一関節で軽く挟む。
- 下の箸は、親指のつけ根と薬指の第一関節辺りで支える。
※料理をとるときは、下の箸を動かさず上の箸だけを動かして挟みましょう
箸のタブー
箸を使うときは、行ってはいけないタブーがたくさんあります。大切な席だけでなく普段の食事の際ももちろんNGなので、この機会に自分の箸の使い方をチェックしてみましょう。
- 「持ち箸」……箸を持った手で別の食器も一緒に持つこと
- 「寄せ箸」……箸で皿や茶碗を引き寄せること
- 「渡し箸」……箸を茶碗や器の上にのせて置くこと
- 「迷い箸」……料理の上で箸をうろうろと動かすこと
- 「もぎ箸」……箸先についた料理を口でもぎ取ること
- 「洗い箸」……食事の途中に汁物などで箸を洗うこと
- 「移り箸」……一度取った料理を器へ戻して、他の器の料理を取ること
- 「掻き箸」……器に口をつけて、箸で料理を掻きこむこと
- 「空箸」……料理に箸をつけておきながら、取らずに箸を置くこと
- 「探り箸」……箸を使って汁物の中を探ること
- 「刺し箸」……箸を使って人やものを指すこと
- 「叩き箸」……箸を使って器を叩くこと
- 「涙箸」……箸の先から料理の汁を垂らすこと
- 「ねぶり箸」……箸についたものをなめ取ること
和食をスマートに食べるポイント
動作は一つずつ行う
例えば食事を始める際、左右の手で箸と器を一度に取り上げてはいけません。まず両手で器を持ち上げ、それから箸を持ちます。
基本的に両手を使う
片手で飲んでしまいがちな飲みものも、両手でグラスや器を持ちましょう。また、箸で料理を切るときにはもう一方の手を器に添えます。
持てる器は持って食べる
会席料理などで使用される器は、大変高価なものばかり。大切に扱うためにも、自分の手に収まる大きさの器は手で持って食べるのが基本です。ただし、重い器や熱い料理が入ったものは危ないので持ちません。
姿勢を正して食べる
かがんで料理に顔を近づけるのではなく、器を口元にもってきて食べます。背筋を伸ばした正しい姿勢を心がけましょう。
懐紙(かいし)を使う
懐紙とは、茶事で使用される懐に忍ばせておく小さめの和紙。小皿やお手拭き代わり、口元を隠すなどいろいろな場面に使えて便利です。和服の場合は、胸元に入れておきますが、洋服の場合はカバンに入れておき、席についたら目立たないところに数枚出しておくとスマートに使えます。最近では、季節に応じた絵柄やワンポイントが入っている素敵な懐紙もあるので、活用してください。
会席料理(フォーマルな和食)の流れと食べ方
料理は「いただきます」と食材に対する感謝の気持ちを込めて、手を合わせてから食べ始めるのが基本中の基本。会席料理では温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいうちに食べられるように1品ずつ配膳されます。
「先付け」
料理のはじめに出される前菜のこと。「つきだし」「お通し」とも呼ばれます。季節の味覚などを少しずつ盛り合わせ、器や盛り付けも凝っています。まずは美しい見た目を鑑賞し、続いて手前左側から食べていきます。もし、食材や食べ方などでわからないことがある場合は、遠慮せずに店の人に聞いてみましょう。
「椀もの」
「吸いもの」とも呼ばれ、ほぼ透明なすまし仕立ての料理です。会席料理では、この椀ものがメイン料理となります。器は高価で大変デリケートなので慎重に扱うことが大切です。まず、蓋を開けたら具と食材を鑑賞しましょう。そのときに、周囲の人や店の人に感想を伝えるとさらに良いですね。そして汁の香りを楽しみながら、だしをいただきます。具材は盛りつけてある上から順に食べていきます。下を探ったりしないように注意してください。汁と具材をバランスよく食べましょう。
大きい具材を食べるときは、いったん器を盆のうえに置き、箸でひと口大に切り、再び器を持って食べます。食べ終わったら、蓋を両手で持って元の形と同様に蓋をします。その際、蓋の裏を上にしたり、蓋をずらして置くのはNGです。
「お造り」
「向付け」とも呼ばれる、2~4種類の刺身の盛り合わせのことです。新鮮で冷たいうちに食べることが大切です。お造りは、左手前の刺身から右方向(時計回り)にひと口で食べていきます。ひと口で食べられないときは、折って食べても構いません。
わさびは醤油皿に混ぜず刺身に直接のせて食べるのが、香りをより楽しめる食べ方です。刺身を口に運ぶときは、醤油がたれないように、醤油皿を手に持って食べても構いません。その他、懐紙を受け皿にしても良いでしょう。手皿(手を皿の代わりにして箸の下に添えること)はマナー違反なのでしないように注意しましょう。
つまは魚の種類が変わるときにお口直しとして食べます。飾りつけの花なども食用花なので食べられます。もし苦手なものを残す場合は、皿の左上にまとめておき、その上に懐紙をのせておくとスマートです。
「煮もの」
「炊き合わせ」とも呼ばれ、野菜や魚介などを煮たものを盛り合わせた料理。具は箸でひと口大に切って食べます。へたなどがついているものは、器の中で切り離しましょう。また小鉢の場合は手で持って食べますが、大きい器は置いたまま食べます。その際、料理をこぼしそうだと感じたら、蓋を小皿代わりにするか、懐紙を受け皿代わりに使いましょう。
「焼きもの」
季節の魚介や野菜、肉などを焼いたもの。まずはじかみ生姜や飾り葉がついていたら、皿の奥に箸で移し、その後左側から一口大に切って食べます。はじかみ生姜は、魚を食べ終わってから最後に白い部分を食べましょう。また魚の皮や骨などの食べ残しは、皿の左奥にまとめておき、その上に飾り葉をのせておくと美しい見た目の食べ終わりになります。
尾頭付きの魚の食べ方
- 懐紙を持った左手で頭を押さえ、尾ひれ以外の外せるひれを箸で取り、左奥にまとめます。
- 上身の中骨から上の部分を左の頭からひと口大に身を取り、右へと食べていきます。続いて上身の中骨の下側を同様に食べます。
- 下身を食べるとき、魚の上下はひっくり返さないようにします。下身と頭を箸で切り離しながら、頭を持ち上げて尾ひれもはずしていきます。
- 頭と尾ひれを皿の奥に置き、下身を左手前から食べていきます。使用した懐紙は、取ったひれや骨の上に置くと、それらを隠すことができてきれいです。
「揚げもの」
季節の魚介や肉、野菜などを揚げたもの。できるだけ盛り付けを崩さないように、上または左手前の食材から食べ始めましょう。基本的にひと口分ずつ箸で切り、お好みで天つゆや塩をつけて食べます。もしも箸で切れないときは、噛み切っても大丈夫です。ただし、一度噛んだものは皿に戻しません。皿に戻すと噛み切ったあとを相手に見せることになり、マナー違反となってしまいます。何らかの理由により皿に戻す場合は、少しずつ小さく噛み切ることで歯形がなくなる状態(しのび食いという作法)にしてから皿に戻すことおすすめします。
「蒸しもの」
かぶら蒸しや茶碗蒸しなどの熱々であっさりした料理のこと。茶碗蒸しなど中身が椀にくっついている料理の場合は、熱いうちに器に左手を添えてさじを器の内側と中身の間に沿って入れ、時計回りに一周して器と中身をはがすと食べやすくなります。器を持って食べてもいいですが熱いので難しいという場合は無理せずに、蓋や懐紙を受け皿代わりにして食べても構いません。
「酢のもの」
海藻や野菜などのさっぱりとした酢の物は、汁気が多いのでしずくがたれないように器を持って食べます。持てない器の場合は懐紙を使いましょう。皿に残ったものは左奥にまとめます。
「止め椀(汁物)」「ごはん」「香の物」
みそ汁などの汁物とごはん、香の物。最後の料理となるため、汁物は「止め椀」と呼ばれます。ちなみに会席料理では一般的に、止め椀が出てくるまでにお酒を済ませるのがマナーです。
止め椀はまず汁をいただき箸で一混ぜして具材を浮かび上がらせてから食べます。ごはんは山型に盛られている場合は上から、平らな場合は左手前からひと口分ずつ食べていきます。おかわりをする際は、茶碗にひと口分のごはんを残し、その茶碗を配膳スタッフに差し出しましょう。
香の物は、止め椀とごはんの合間に食べます。ここで注意したいことが。香の物を最初に食べると「今までの料理はおいしくなかった」というサインになってしまいます。また、ごはんの上に香の物を置いて一緒に食べるのもタブーとされているので、控えたほうが良いでしょう。
なお、ここまでの食事が終わると、折敷(おしき※盆のこと)など一式が下げられ、お茶とお手拭きも新しいものが出てきます。その際、店の人にあらためて「ありがとうございます。とてもおいしくいただきました」とお礼を伝えましょう。
「水菓子」
季節の果物やシャーベットなどが出されます。よく出る果物のメロンは左からひと口大に切って食べます。その他、ぶどうの皮などは手でむいて食べましょう。そのとき皮を花びらのようにむいていくときれいです。種のある果物の場合、口から種を出すときは懐紙で口元を隠すとスマートですね。
「菓子」
会席料理の最後には、和菓子とほうじ茶や煎茶などのお茶が出されます。スプーン付きの和菓子は、ひとさじずつすくって食べます。黒文字(くろもじ※つまようじのこと)を使う場合は、左側からひと口分ずつ切り分け、刺して食べましょう。
基本のマナーを押さえた上で、奥深い和食を目・鼻・口で感じとって、楽しみながらいただきましょう。マナーを守ることは大切ですが、最も注意したいのは食べ方ばかりに気をとられて大切な人や店の人とのコミュニケーションを疎かにすること。自信を持ってスマートにふるまえるよう、マナーを身につけて楽しい時間を過ごしていただけると幸いです。