TVアニメ『スナックバス江』はスナックを舞台に繰り広げられる会話劇モチーフのギャグアニメ作品で、フォビドゥン澁川氏による同名タイトルのマンガが原作となっています。本作は2024年1月からTOKYO MXやHTB北海道テレビ、BS朝日などで放送開始し、本記事執筆時点で第3話まで公開されています。(本記事公開時点では第5話までが公開の予定)
「Flash」を用いたアニメ制作
今回はアニメーション制作を担当したスタジオぷYUKAIにお邪魔し、たけはらみのる氏と芦名みのる氏にインタビューを行ったのですが……その前に、Flashというソフトについて説明させてください。
Flashとは、インターネット上での動画公開に特化したソフトウェアで、現在は『Adobe Animate』という名前で世界中で使用されているアニメーションツールです。もともとは『Macromedia Flash』という名前で普及していましたが、マクロメディア社の買収により『Adobe Flash』への名称変更を経て、現『Adone Animate』に至ります(本記事では以降、Flashと呼称します)。
厳密に言うと「Flash」はソフトウェアの名称であると同時に、生成されたコンテンツそのものを指す場合との、ふたつの意味合いがあります。Flashコンテンツは特に2000年代に流行していたので、現在30代以上の方々の中には、「FLASH倉庫」的な転載サイトでネタムービーを観まくっていたインターネットキッズも多いのではないでしょうか
2003年に公開された『なつみSTEP!』は、Flashアニメの中でもひときわ大きな光を放った作品のひとつです。まるで絵本のようにかわいらしいキャラクターたちが3Dさながらの立体感で滑らかに動くさまは、まさに唯一無二。独特な世界観も手伝って、ネット上で超絶な人気を博した作品なのですが、”裏テーマ”の存在によって、当時の2ちゃんねる住人たちを恐怖に陥れました。
<画像:『なつみSTEP!』>
さて、先のスタジオぷYUKAIはFlashの特性を生かしたアニメーション制作を行っているスタジオなのですが、『なつみSTEP!』の作者である たけはらみのる氏はスタジオ立ち上げからのメンバーです。
代表である芦名みのる氏も2ちゃんねるFLASH・動画板を中心に活躍し、オフラインイベント『FLASH EXPO(閃光動画万国博覧会)』の主催を務めていました。スタジオぷYUKAIとしては、『劇場版 異世界かるてっと ~あなざーわーるど~』『アニメ 夜は猫といっしょ』、そして『TVアニメ スナックバス江』などの作品の監督・脚本を務められています。
<写真:たけはらみのる氏(左)、芦名みのる氏(右)>
両氏とFlashの関係は密にして不可欠なものなのですが、『バス江』第5話ではなんと、『なつみSTEP!』風の演出が施されているのだとか……。
本稿ではそうした点を中心に、お話を伺ってみたいと思います。なお、筆者も当時の2ちゃんねるFLASH・動画板の住人として浅からぬ交流を両氏と交わしていたことも手伝って、今回のインタビューでは気安い口調で進んでいる部分があります。また、2003年ごろのネットカルチャーであるFlashを中心とした話題が中心なので、わかりづらい部分があるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。
“かつてのテイスト”で作ったエンディング
──一足お先にエンディングを観させていただきましたが……、あの頃のFlashアニメを知る身としては、めちゃめちゃ懐かしいテイスト!
いきなりすごく細かいことなんですが、(この5話エンディングで)最初の草むらのシーン、草がなびく坂のアングルって『flash★bomb’04』(※)オープニングの時の”なつみがバールで光の球を打つシーン”を思い出しまして。
※flash★bomb:2003年~2005年に行われた、Flashムービーを集めた大規模オフラインイベント。
<画像:flash★bomb’04 オープニングより引用>
たけはらみのる:結構昔の雰囲気を出そうとして……はい、ちょっと意識はしてます。
──そうだったんだ! それはちょっと嬉しい。
芦名みのる:インターネット老人会のみなさんへのメッセージやね。「聞こえますか、こしあん堂ですよ」って(※)(笑)
──「こしあん堂が、みなさんの心に直接話しかけています」(笑)
※こしあん堂:たけはらみのる氏の個人サイト。多くのFlash作品が公開された。
http://koshiandoh.com/ [リンク]
──あの当時はFlash上でネイティブな3Dそのものを扱うのは難しかった時代だったからこそ、たけはらさんが作って表現した「疑似3D」だと思うんです。けれど、あの頃と比較したら今は3Dが比較的簡単に作れる時代になりましたし、『バス江』はじめ様々な作品の中でも3Dは多用されています。この時代に改めて「こしあん堂的な3Dキャラクター」を作ってみて、良いと感じたところとかあります?
たけはら:良いところ……。うーん。僕自身は3Dをしっかりやってないからあんまり比較はできないけど、 多分、3Dでやるよりは早いと思う。普通に作業する時間、全体の作業にかかる時間はシェイプトゥイーン(※)を使った疑似3Dの方が早いかな。
※シェイプトゥイーン:Flash(現在はAdobe Animate)上で使える自動図形変形機能。使いこなすにはかなりコツがいる。
芦名:メリットがあるとしたら表情とかかな。やっぱフル3Dはまだまだ表情の変化難しい。3Dのような動きで表情をつけていくと考えたら、シェイプトゥイーンを使ったこのやり方は結構面白いと思う。
たけはら:ただ、この疑似3Dは360度回転もやれるけど、やっぱりちょっと手間になるし、知識が必要になるから、作り手に依存しちゃうという特性はある。
芦名:そうだね。Live2Dとかと考え方は近いんだけどね。
たけはら:Live2Dでやった方が動きは良くなるけど、好きな角度に動かそうとすると、多分何十倍か手間がかかると思う。Flashのシェイプトゥイーンで作る方は造形がシンプルだっていうのもあるけど。
20年前の記憶を「イチから思い出しながら」
──通常の手描きの作画と比べた場合、シェイプトゥイーンの疑似3Dは圧倒的に面倒そうな印象があるんですが。
たけはら:面倒っていうか、もう作り方忘れていました。
── (笑)
芦名:うちは2007年にスタジオ作って17年になるんだけど、たけはらみのるのキャラクター、『こしあん堂』のデザインで何かやりたいねってずっと言ってたんだ。だけど、ありがたいことに仕事が多くてやる暇がなくて……。で、今回いい機会だったので、たけはらに「やろうぜ」って言ったら、「もう忘れた」って
──え。昔のソースファイルとか見ながら、思い出しながら作ったってこと?
たけはら:いや……、というより、もうイチから思い出しながら作った。
──マジか……(絶句)
たけはら:それでもやってみたら意外と「あ、こんな感じだったな」って、割とすぐに作れはしたんだけど。まあ、(手で)作画するよりはやっぱ簡単かなあ。
──えっ! シェイプトゥイーンの方が?(※)
※筆者注・重ねて言いますが、シェイプトゥイーンを使いこなすのには、ものすごくコツが要ります。当時のFlashシーンで、日本のみならず世界のFlashコンテンツに関して筆者が知る限り、こういうシェイプトゥイーンの使い方で自由にアニメーションさせられる(させられた)人物は、たけはら氏以外に思い当たりません。
たけはら:シェイプトゥイーンの方が楽ですね。
──そっか、Flashが(ソフトウェア的に自動的に)埋めてくれるから。
たけはら:そうそうそう。
──たけはらさんはともかく、当時のFlashユーザーからすると、シェイプトゥイーンはまるで言うこと聞いてくれなかった記憶。
たけはら:最近のは割と頭良くなってる。
芦名:ほんとに?!知らなかった(笑)。
──そうなんだ(笑)! 頂点を見失わないでくれるんだ。たけはらさんの中では、この作り方っていうのは、もう手法として確立してるんですか?
たけはら:昔やったのを思い出しながらやってたんで、割とすんなりと作ることはできたかな。昔に比べて普通にパソコンのスペックが上がったのもあって、昔できなかったことも割とすんなりできるようになった。今回の制作で言うと、歩きながらスクロールするような場面。昔だったら重くて動かなかったと思う。
──パソコンの進化だね!
芦名:バス江の普通の作画も、10年前のマシーンでは100%固まってたし。
たけはら:うん。レンダリングで1日終わってた頃から比べると、今は本当に便利になった。
Flashらしさで作るアニメーション
──エンディング以外もFlashで作っているスタジオぷYUKAIさんですが、本編のことでちょっと聞きたいことがありまして。
Flash作画だと、オブジェクトを拡大、縮小したら線の太さも比例して変わっちゃう性質があるでしょう。同じオブジェクトでも、引きにすると線が細くなって、いかにも「縮小しました感」が出てしまう問題。
バス江の本編作画では、線の太さがきちんとシームレスになっているのはすごい、って思ったんですが。
芦名:それはね、バストアップと引きで、「線の太さのルール」をちゃんと作ってるからだね。画面に対してのキャラクターの大きさによって先の太さを変えることで違和感をなくしている。
──なるほど。だからあんなにシームレスになっている。
芦名:まあ、あくまでシームレス風に見えるっていう。これも一つの工夫ですね。
──悪い意味での“Flashぽさ”みたいなクセが見られない。もちろん、粗さを出さないように気を付けてるんだろうけれど。
芦名:思っているより丁寧に作っていますね。やっぱりAdobe Animate(旧Flash)っていうソフトを丁寧に使う作り方は、うちの個性で売りだからとても大切にしている。
──アニメ『バス江』は酒場特有の会話の機微みたいなものとあわせて、表情の動きなんかが特徴的なアニメーションだな、と思いました。
芦名:結構表情は細かく動かしていたりする。『バス江』は「動いてない」と感じる人と「動いてる」と感じる人が居いて面白いんだけど、「動いてる」と言ってくれてる人はそういう表情とかの部分を指してくれているのかもしれない。あれはもう、Flashだからこそ、いい感じで動かせてる。
──人の表情のケレン味みたいなものが、いい塩梅だなっていう風に思ったんだけど、それらをコントロールするのって、たけはらさんはじめ、作画の人たちの力量だったりする?
たけはら:そこに関しては、今回の作画監督の富山。さんのおかげですね。
芦名:やっぱ表情は人によって違ってくるところなんだけど、今回、むちゃくちゃ総作監が頑張ってるね。
女性たちのキャラクターデザインも原作のテイストを配慮して、男性向けや女性向け、いずれにも偏らない良いバランスで仕上げてくれています。
これは余談なんだけど、総作監の富山。さんは、もともとFlashアニメーション作家のたけはらみのるのファンだったらしいのよ。でもずっと知らなくて、うちに入って何年かしてから『なつみSTEP!』を作った人だって知って、本人が驚きながら「握手してください!」って(笑)。
──(笑)。総作監にそんなエピソードがあったんですね。
芦名:今回は富山。の総作監だけど、やっぱり困った時には、ベテランのたけはらや、ぼんで(※)がフォローしつつと、実質3人体制でやっています。
※ぼんで氏:Flashアニメ作家。『ぼんのもり』『特急になりたかった犬(ぞぬ)』など
過去の技法がTVアニメでよみがえる
──今回、バス江をきっかけにこうした形でこしあん堂のテイストが出てきたんだけど、商業アニメ、商業ベースでこれが観られるようになったって結構すごいことだなって僕は思ってて。だって、Flashブームって、かなり過去の話じゃないですか(笑)。2ちゃんねるの話も含めて。
芦名:まさにインターネット老人会だね。
──でも、人の目に触れることで、過去のテクニックが新たな技法として、現在進行形で世に出るのは、すごくエモーショナル。それを踏まえたうえで芦名監督が「俺はやりてえんだよ」っていうのも含めて。なにせ20年ですからね。
芦名:俺たちが20年何も成長してないって話でもあるんだけど(笑)。
──なので、たけはらさんが作ったエンディングは、個人的にはちょっとした“事件”かなって思います。
芦名:2ちゃんねるのFLASH・動画板の人らからすると事件かもね。ありがたい話。
あの頃のネットの流行って、今の時代ほとんど残っていない。でも、意外とところどころに「知ってるよ!」って人が居るのが面白いし、どこで知ったかは知らないけど、新規で知ってくれる人が居るということもそれ以上に面白い。俺が『ネズミーマウスマーチ』(※)の歌を歌っていたのを知って驚く人がいるのと一緒で。
※2005年のイベント『FLASH EXPO’05』で公開され物議をかもしたFlash作品
──誰も真似できない“こしあん堂テイスト”がこうして世に改めて出るのはすごくうれしい。自分の村から出た英雄だぞ、みたいな気分(笑)。もう全然インタビューじゃなくて、感想を言ってるおじさんになってるけど。
たけはら:ちょっと、初めてエゴサしてみようかな……。
次なる「オリジナル作品」を
──『なつみSTEP!』を知る世代からすると、なんか裏があるんじゃないか(※)、ってちょっと探ってしまう自分がいたりする。
※前出:『なつみSTEP!』では、不穏な“裏テーマ”の考察が当時のネット上で話題となった。
たけはら:うーん、多分ないかな。
芦名:そうやね。悪意とか裏テーマみたいなものは(今回のエンディングには)一切ない。
こしあん堂のテイストではあるけど、あくまでスナックバス江。
たけはら:後ろに出てくるキャラクター達は、森田が中学生の頃のバス江のキャラクターのイメージ。サッカーボール蹴ってる風間だったり、手前の小学生は山田だし。原作の世界観からは、当たり前だけど外さないように配慮しました。
──今回のエンディングでは、作詞作曲を芦名監督が手掛けられていますが。
芦名:第5話エンディングの“森田の曲”は、ちょっと夢見がちな童貞の曲ということで作りました。
曲もですが、エンディングは「童貞が妄想しそうなこと」というイメージを共有をして、たけはらと一緒につくったんだよね。でも改めてこうやって観ると、良い「たけはらみのる作品」になっていると思う。
──今回、久しぶりにこういう、自分テイストの強いものを作ってみて、オリジナル作ってみたい気持ちは?
たけはら:あんまり承認欲求ないんだけど、もうちょっと作ってみてもいいかな、とは思う。
芦名:ただ、スタジオとして作るなら本人の作りたいものをやりたいと思うし、何より他のスタッフがこの作り方ができないといけないよね。
たけはら:そこがネックなんだ。教えるのも大変なんだよね。
芦名:ロストテクノロジーなアニメーションになりつつある。
──見たい。それは見たい。承認欲求の話が出たから、聞いてみたいんだけど、『しぃの歌』とか作った時はどういうきっかけだったの? 承認欲求ではなく?
たけはら:あれはFlashっていうソフトを触り始めて、なんか適当にこねくり回して出来上がったもの、かな。
──そうだったんだ。承認欲求、かなり薄め。
芦名:こしあん堂テイストで、たけはらみのるが作りたいものをスタジオで全面的にバックアップしながら俺はやりたいなぁ。我々の体が動く間に(笑)。このメンバーでオリジナルやらないのか、面白いことができるんじゃないですか、って若い子からも言われるからね。
たけはら:やってみたいっていう気持ちは、まあ、無いことはないよ。
芦名:俺はいろいろ好きにやらせてもらってるので、これからは俺以外のスタッフがやりたいことをもっとやっていきたいよね。
──スタジオ ぷYUKAI立ち上げの二人、インターネットの”Flash村”出身の二人がたくさんの仲間と一緒に、Flashベースで商業アニメを作っている2024年。話を聞けて良かったです。
芦名:3Dのようでもあり、手描きのようでもある、面白いバランスで作れるのがFlashの特徴のひとつ。「スナックバス江」というアニメは、そうしたFlashの特徴を使ってしっかりちゃんと動いているので、そこも楽しんでいただけるとありがたいですね。
たけはら:今日はありがとうございました。
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筆者の個人的感想ではありますが、20年を経て、まさか地上波のアニメコンテンツでなじみあるハンドルネームを見かける日が来るとは、思いもよりませんでした。
「バス江」エンドロールでは他にも、のすふぇらとぅ氏(『機動戦士のんちゃん』)や深谷英作(A.e.Suck)氏、DNA氏、フジツカ氏など、見知った動画クリエイター・Flashクリエイターの名前が見られます。
あの頃のFlashムーブメントと「スナックバス江」が地続きになっているのかもしれない──なんてことを想像しながら本作を観てみると、また新たな楽しさがあるかもしれません。
TVアニメ「スナックバス江」オフィシャルサイト
https://snackbasue.com/