「人生100年時代」を迎えた現代社会では、健康・医療の重要度がこれまで以上に増しているだけでなく、デジタル化がますます促進されていなければならない。私たちが「自身にとって最もよい人生を送る」ためには、情報を正しく判断し、適切な選択や行動を取り、デジタルテクノロジーを含めたさまざまなリソースをうまく活用していく「力」が大切になってくる。
そのような状況下で日本は今も変わることなく「健康な長寿大国!」と2023年現在も断言してしまってよいのだろうか。実はそうも言っていられない状況が示された調査データが出てきたので紹介する。
ジョンソン・エンド・ジョンソン メディカル カンパニーは、「人生100年時代 × デジタル社会の総合的なヘルスリテラシー国際調査(※1)」を実施した。調査では、日本・アメリカ・イギリス・オーストラリア・中国・フィンランドの世界6カ国における20~60代の3000人(以下、生活者)を対象とした国際比較分析の結果が記されている。
これは今の日本において、先述した情報を正しく判断し、適切な選択や行動を取り、デジタルテクノロジーを含めたさまざまなリソースをうまく活用していく「力」がどれほど備わっているかを明らかにするために実施したもの。その結果、日本の生活者の「ヘルスリテラシー自己評価(※2)」は、6カ国中最も低い5.4点に(10点満点中)。また、医療・健康に関する「情報の収集・判断」、「行動」、「デジタル活用」、「コミュニケーション」全般において、他国より低い傾向が明らかになった。
他にも健康・医療情報の判断、適切な医療受診、症状の説明への自信が低い、痛み・苦痛を我慢しがち、“健康”寿命延伸への意欲は高い……そんな興味深い結果が出ているようなのでここから掘り下げてみよう。
他国との比較で見えてくる日本人の傾向
まず、日本人は各国と比較してどういう傾向にあるのか。本調査の見出しと図表データを見てもらいたい。
▲医療情報が正しいか誤っているかの判断基準がわからないと考える生活者は3割以上
▲「健康」の定義を「肉体的、精神的、社会的に満たされた状態」と考えている人が他国より少ない
▲「適切な医療受診」や「受診時の症状説明」が「できる」という項目で6カ国中最下位
▲「すぐに相談できる医療機関(医療関係者を含む)がある」生活者は約半数
▲慢性的な痛みや苦痛を感じても「我慢できる」と考える生活者は約6割
▲健康管理にデジタルツールを活用している割合が最も低いスコア、最も高い中国は8割以上
▲医療におけるデジタル活用を望ましいと思う人は約4割
▲健康管理のデジタル活用意識はフィンランドが高い傾向、病気の早期発見・治療、健康管理、より適切な受診に各国で期待高まる
▲受診時に医療関係者と対話ができているという自信のある生活者は4割以下
▲治療方針の決定における、主体的関与の意識が6カ国中最も低い
調査結果をどう読み解くか
いかがだろうか。調査の見出しだけでもう「大丈夫かな」と不安になってくるような、そんな内容だと思われる方もいれば、「日本はそんな国ではない!」と反論したい方もいらっしゃるはず。
ただ今回の調査では動かぬ事実として、日本人のヘルスリテラシーの自己評価が6カ国中最低の5.4点となり、「不調を感じた際の適切な医療受診」や「受診時に自分の症状を正しく伝える」についても「できる」と回答した人の割合が最も低い結果となっている。健康・医療においては、「目の前に起きている事象・状態」に対処することは確かに重要だが、「自分はこうありたい・あるべきだからこの事象・状態を変えていきたい(またはこのままでいい)」といった、人生100年時代を生きる上で少し長期的な思考を持つことが有用な場面は必ず出てくる。
本調査で、健康の定義を(肉体的・精神的・社会的に満たされた状態ではなく)「病気ではない、弱っていない状態」とする回答が6カ国の中で最も多かったことは、健康・医療を「目の前の事象・状態」としてのみ捉えている人が多いことの表れかもしれない。不調を感じても様子を見てしまう人が多かったこと、痛み・苦痛を「我慢できるくらいだから」と我慢してしまう人の割合が高かったことも、こうした捉え方が関係していると言えるだろう。
あと例えばの話、みなさんの身近にこんな経験はなかっただろうか。
「完治を前に大病院に転院したら『切らない』はずだったのにいきなり方針が変わった。『前の病院では……』とこれまでの先生との対話、方針を伝えても一切聞き入れてもらえなかった」――もちろんこの話は医者側に非があると言いたいのではない。現代日本において患者と医者との双方向コミュニケーションは、両者それぞれが抱えているさまざま理由が障害となって非常に繊細かつ難しいものになっているのだ。
話がそれてしまいそうなので自分語りはこの辺りにしておくが、今回の調査のポイントのひとつでもある、医療DX(デジタル化)促進の遅れは現代日本が抱えている大きな問題だ。日本が世界をリードする主幹産業とも考えることのできる製薬業界が直面している状況、コロナワクチンの認可で遅れを取ったこと、薬価のコストダウンの是非などもあわせて考えたい話。そこに国民性ともいえる日本の抱える慢性的な問題点……「患者が自分の症状を言語化する難しさ」という話はもちろんのこと、「医者(病院側)の抱える診察リスク」、「業務の忙しさに不釣り合いな待遇」、きっとこの調査結果はその他多数の事情から生まれているのだ。
主体的に健康や医療を選択していくために
では、これからの時代における「主体的に健康や医療を選択していくためのカギ」はどのようなものになるのか。本調査の監修者である京都大学大学院医学研究科健康情報学の中山建夫教授と、ジョンソン・エンド・ジョンソン メドテック代表取締役プレジデントの玉井孝直氏は次のように述べている。
中山健夫教授コメント
「正しい知識を身につけることに加え、『どんな人生を送りたいか』について考えることで、とるべき行動が見えてくることも多くなり、主体的に適切な健康・医療を選択するための初めの一歩になるでしょう。デジタルツールを日常の健康管理に活用している人は日本が6カ国中最も少ない結果でしたが、使っている人は利便性を感じており、また医療におけるデジタル活用を望ましいとする方も約4割いらっしゃいました。ツールも使いながらご自身の“健康の現在地”を把握して、必要な際に適切に医療機関を受診することが大切です」
玉井孝直氏コメント
「日本は、医療の進歩、国民皆保険など優れた医療環境も手伝い、長寿国となっていると言えます。しかし、先進国の中で高齢化が最も進んでおり、平均寿命と健康寿命の乖離(※3)や、医療・介護費用の増大(※4)など多くの課題を抱えています。コロナ禍では医療機関の受診控えが社会課題となり、当社が2021年に行った調査では、『コロナが、がん治療に影響を及ぼしていると思う』と回答した医師が約9割いらっしゃいました。コロナ禍を経た今、日本でも医療DXが推進され、変化は訪れています。
今回の調査では、日本の皆さんが、情報収集・判断や行動、コミュニケーションに対する自信を持ち切れていないことが明らかになる一方、単に寿命を延ばしたいというより、健康寿命の延伸に大きな関心を寄せていることがあらためて確認できました。当社はこれからも、人々のヘルスリテラシー向上を支え、主体的な選択が適切な医療やQOL、そしてサステナブルな社会の実現につながり、人々が『人生100年時代』をできるだけ長く、健康で幸せに生きられるよう、多くの皆様とともに取り組んでまいります」
今回の調査結果を経て、ただ嘆いているだけでは意味がない。国内の医療を取り巻く状況はいま大きな変化の最中にある。マクロ的視点で見れば、国民がそのような状況を少しでも理解しようとすること。そしてミクロ的視点でみれば国民一人ひとりが自分の体内で起きている小さな変化でも見過ごすことなく、それを病院側に伝える努力をすること(逆もまた然りだ)。また何より、現代ならではのデジタルツールを使いこなせる人が一人でも多くなって医療への認識、そして良い人生を送っていこうとする意識を高めていけば、これらの問題は改善へ向かって大きく舵を切っていくのではないだろうか。
調査監修:京都大学大学院医学研究科健康情報学 中山健夫教授
東京医科歯科大学医学部卒業後、東京厚生年金病院(現在東京新宿メディカルセンター)や国立がんセンター研究所がん情報研究部 室長などを経て現在は京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻健康管理学講座健康情報学 教授を務める。健康情報学を専門とし、医学・看護学のほか、情報学、心理学なども研究フィールドとし、健康情報の伝達・コミュニケーションの研究に従事している。
※1:「ヘルスリテラシー」:健康情報を入手し、理解し、評価し、活用するための知識、意欲、能力
※2: 「自己評価」:「できる」・「少しはできる」・「できない」などの回答を自己評価と解釈
※3:厚生労働省.健康寿命の令和元年値について
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000872952.pdf
参照日:2023年11月30日
※4:内閣府.経済財政諮問会議 中長期の重点課題の論点整理 参考資料 2023年11月6日
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2023/1106/shiryo_08.pdf
参照日:2023年11月30日
※トップ画像:Image by StockSnap from Pixabay