VRデバイスを使うことで、実際に訪れるには遠い場所や人間が入るのが難しい危険な場所に自分が行ったような体験が可能になる。この特徴はVRを使った学習アプリやバーチャル旅行アプリなどで活用されているものだ。病気や怪我、高齢のために外出ができないユーザでも、VRでの仮想体験ならばダイビングやスキーといった趣味を再び楽しむことができるようになる。
外出を許されない刑務所の受刑者にも、VRデバイスは有用かもしれない。VRで自宅を訪れ、家族との繋がりを保つことで出所後もスムーズに生活を立て直せることが期待される。
VRで受刑者の自宅へ
社会復帰の難しさ
刑務所に入れ、外出を禁止するというのはどこの文化でも見られる刑罰の一つだ。
通常服役中は自分の家に帰ることができないが、犯した罪の重さに応じた期間の服役を終えた囚人は社会に出て一般人として生活していかなければならない。法的には服役期間が終われば罪の償いを終えたことになり、囚人から一般人に戻るからだ。
しかし、出所直後から元の生活に戻れる囚人はむしろ少数だろう。服役することになった理由や服役期間によっては、元の仕事や友人を失ったところから生活を再建していくことになる。そのときに支えになるのは変わらずに付き合ってくれる友人や家族だが、長期間刑務所で過ごしていると彼らとの繋がりも弱いものになってしまうことがある。
自分を支えてくれる仲間が居ない厳しい環境に放り出された元受刑者の中には、刑務所に逆戻りしてしまう者もいるだろう。
VRで繋がりを保つ
スペイン語で”Volver a casa”(英語で”Back Home”)と題されたプロジェクトでは、360度カメラを使って受刑者の自宅や家族が撮影された。家族のメンバーそれぞれが数分の時間を使って、日常の何気ないことをカメラに向かって話す映像が撮影されたのだ。
プロジェクトの対象となったのは、サン・ホアキン女性刑務所で過ごす12人の女性だ。彼女たちの家族が映った映像では、それぞれの生活を見ることができた。キッチンで夕食の用意をしているシーンもあれば、会いに行ける機会の少なさを謝罪するシーンもあったという。
刑務所に入れられてしまえば、家族であっても頻繁に会いに行くのは難しい。面会時間は制限されているし、家族は家族で自分たちの暮らしを維持していかなければならないからだ。その状態が長く続けば、自宅に戻ってからもギクシャクした不自然な関係になってしまうかもしれない。
VR映像で撮影されたメッセージによって彼らの生活を身近に感じることができれば、出所後もスムーズに自宅に戻って家族と過ごせるようになるのではないだろうか。
囚人には過ぎた自由か?
刑務所の意味
ただ、このプロジェクトには反対だという意見もあるだろう。
身体の問題で外出できなくなってしまっている入院患者や高齢の老人と違って、囚人は理由があって刑務所に入れられているからだ。VR技術によって彼らに外の世界を体験させてしまっては、罰としての禁固刑の意味合いが薄れる面もあるかもしれない。社会から隔離して閉じ込めることが罰の本質であると考えるなら、バーチャルなものだとしても自由を与えるのは間違っているのかもしれない。
このプロジェクトを進めたチリの映画監督Catalina Alarcónにとって、そうした反対意見の存在は想定内だ。
彼女は刑務所の役割に「隔離」があることを認めつつも、社会復帰の希望を与えることの重要性を強調している。刑務所は受刑者に社会復帰の準備をしてもらうための場所でもあり、出所した彼らが刑務所に戻っているようではその役目を果たしているとは言いにくい。
リアルタイムのコミュニケーションへ
今回のプロジェクトは、受刑者が家族の映った360度映像を視聴するだけという一方的なものだった。しかし、家族との絆を維持することが目的ならばリアルタイムに双方向のコミュニケーションが可能であることが望ましい。
Alarcónは将来的に、ストリーミングによって受刑者とその家族をリアルタイムに繋ぎたいと考えているという。
感覚としては、ビデオ通話の延長線上に位置づけられるのだろうか。距離や時間の制約によって頻繁に面会に訪れることができない家族にとっても、利用価値が高いものになりそうだ。
リアルタイムのコミュニケーションまで可能になれば、家族との関係を維持するのはさらに容易になるに違いない。周囲のサポートがあれば、出所後の生活も始めやすくなるのではないだろうか。
だが、これは受刑者を更生させる施設としての刑務所に注目した場合の効果だ。犯罪に対する「罰」の力は弱くなってしまうので、反対意見も強まることが予想される。
VR技術を活用する方法の一つであることは間違いないので、利用するための条件やルールの整備が進めば本格的に使われるようになるかもしれない。
参照元サイト:The Memo
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