VRパズルアドベンチャーゲーム「Sea Hero Quest」は、脳科学を応用した認知症診断ツールだった

海外メディアQuartzは、「Sea Hero Quest」を紹介した。

医学に役立つゲームの誕生秘話

「Sea Hero Quest」は、ポップなグラフィックが印象的なGear VR対応パズルアドベンチャーゲームだ。

同ゲームのゲームシステムは比較的シンプルである。プレイヤーは、自らが乗る船を操縦してゴールまでたどり着くとゲームクリアとなる。ゴールを探すには、海や陸に点在しているアイテム手がかりにする必要がある(下の動画参照)。

同ゲームは2016年11月にリリースされ、すでに300万回ダウンロードされている。ところで、この親しみやすいゲームが、実は認知症を早期発見するための診断ツールとして開発されたとわかるプレイヤーは、いったいどのくらいいるだろうか。

同ゲームが認知症を診断するツールとして機能することを理解するためには、同ゲームが開発された経緯を振り返る必要があるだろう。

同ゲームが開発された発端は、ドイツの通信会社Deutsche Telekomが「ヒトの役にたつ研究」に出資することを決めたことに始まる。

同社は、イギリス東部のイースト・アングレア大学の研究者に助言を仰ぎ、最終的に「認知症診断に役立つモバイルアプリ」を開発することに決定した。

認知症診断に役立つアプリを開発するにあたり、「モーリスの水迷路実験」と呼ばれる脳科学の分野で知られている実験を参考にすることにした。この「モーリスの水迷路実験」と似ているゲームを開発すれば、開発したゲームから脳科学に関する新たな知見をえることができる、と考えたのだ。

「モーリスの水迷路実験」とは、マウスを実験対象とした空間認知能力と短期記憶力を測定する実験である。

この実験は、マウスを水をはった小さなプールに入れるところから始める。このプールのなかには、1ヶ所だけ水深の浅いところがあり、水が苦手なマウスはこの水深の浅い場所を好む性質がある。

こうした「陸地」のある場所には、実は手がかりが用意されている。プールの周囲には、三角形や四角形といった目印が複数用意されていて、陸地は特定の目印の近くに設定される(下の画像参照)。

空間認知能力と短期記憶力に優れたマウスは、プールに入れられる場所を変えても目印を手がかりにして陸地を見つけることができる、ということが実験によって実証されている。

ところで認知症の初期症状は、空間認知能力と短期記憶力の衰えとして現れることが知られている。そうなると、ヒトを対象として「モーリスの水迷路実験」を実施したならば、認知症の初期症状を発見できることになるのではなかろうか。

以上の実験をマウスを対象に実施することは、比較的容易である。しかし、ヒトを対象とした場合、非常に困難になる。

実験のためには、同じ水迷路を用意しなければならない。特定の場所に実験環境を構築した場合、実験条件の同一性は保証されるが、実験は特定の場所でしか実行できなくなる。多くのヒトを対象としたい場合、リアルな実験環境を整えるのは得策ではない。

しかし、実験環境をバーチャルに再現すれば、世界中のヒトに実験に参加してもらえる。こうしたコンセプトで開発されたのが「Sea Hero Quest」なのだ。

こうした開発秘話をふまえると、同ゲームにおけるアイテムを手がかりにして海のなかのゴールを目指すというゲームシステムは、「モーリスの水迷路実験」におけるマウスが陸地をさがす仕組みを再構築したものと理解できる。

なお、同ゲームのプレイヤーがゴールにたどり着くまでのタイムは、実験データとして蓄積されている。この実験データから、年齢や性別に応じた平均的な空間認知能力と短期記憶力を割り出すことができる。

同ゲームが認知症初期症状の発見に役立つのは、このゲームをプレイすれば空間認知能力と短期記憶能力の衰えを平均タイムからの遅れというかたちで観察できるようになるからだ。

ちなみに同ゲームの開発チームは、現在VIVEやOculus Riftのようなプレイヤーの動作をトラッキングできるVR環境を使って、新しい「認知力診断」ゲームを開発することに取り組んでいる、とのこと。

「Sea Hero Quest」は文字通り「ヒトの役にたつ」VRゲームである。こうしたゲームが、これからも開発されることを願いたいものだ。

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