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アルミニウム20は予想もできない自己破壊原子だった


科学者たちがこれまで目にしたことのない超短命の原子核が発見されました。

その名は「アルミニウム20」です。

アルミニウム20は、文字通り生まれた瞬間にまず1個の陽子を放出し、その直後にさらに2個の陽子を同時に放出する連続崩壊を起こし、跡形もなく崩壊してしまうのです。

これほど不安定な原子核は壊れるために生まれてきたかのようで、まるで自爆装置のように自ら崩壊する様子は、核物理学者たちの度肝を抜きました。

しかもこのような「2段階にわたる陽子放出崩壊」他に例がない非常に特殊なものでアルミニウム20が史上初めての観測です。

いったいなぜアルミニウム20では、このような興味深い崩壊パターンや対称性の破れを生じさせてしまうのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年7月10日に『Physical Review Letters』にて発表されました。

目次

  • アルミ缶のアルミとは全く違う『極端なアルミニウム』とは
  • アルミニウム20の自己破壊過程
  • 『鏡』が壊れた?アイソスピン対称性の破れとは

アルミ缶のアルミとは全く違う『極端なアルミニウム』とは

アルミ缶のアルミとは全く違う『極端なアルミニウム』とは
アルミ缶のアルミとは全く違う『極端なアルミニウム』とは / Credit:川勝康弘

私たちが普段目にするアルミニウム(元素記号Al)は、実は原子番号13の元素です。

これはつまり、アルミニウムの原子核が必ず13個の陽子を含んでいるということを意味します。

アルミホイルやアルミ缶の材料として使われるアルミニウムは、質量数27のアルミニウム27という種類(同位体)です。

質量数27というのは、陽子と中性子の数を合わせて27個あるということを表しています。

具体的には、13個の陽子に加えて14個の中性子を含んでいます。

ところが、同じ元素でも中性子の数が異なると、原子核の性質がまったく変わってしまうことがあります。

原子核の世界はとても繊細で、粒子の数がほんのわずか違うだけで安定性に大きな影響が生じるのです。

例えば、この研究の主役であるアルミニウム20は、同じアルミニウムの仲間ですが、中性子はわずか7個しかありません。

陽子が13個に対して中性子が7個という極端なバランスのために、このアルミニウム20という原子核は非常に不安定です。

なぜアルミニウム20は「自己破壊原子」なのか?

私たちが「自己破壊」という言葉を聞くと、映画やアニメに登場する「自爆装置」を思い浮かべるかもしれませんが、実は最近発見された「アルミニウム20」という原子核がまさにそれに近い性質を持っています。原子核は普通、陽子と中性子という粒子が一定のバランスを保って安定しています。身近なアルミホイルやアルミ缶の原料であるアルミニウム27もそのひとつで、陽子13個と中性子14個というちょうど良いバランスを保っているため、壊れずに安定して存在できるのです。ところがアルミニウム20という原子核は、この「安定できるバランス」から極端に外れています。具体的には、陽子13個に対して中性子が7個しかないため、核の中でバランスを取るのが非常に難しい状況に置かれているのです。陽子同士はプラスの電気を帯びているため互いに強く反発します。中性子が十分にあればこの反発を弱めて安定させることができますが、中性子が少ないアルミニウム20ではその抑え込みが効きません。その結果、この原子核はまるで「自分自身の反発力に耐え切れなくなり」、生まれた瞬間に崩壊を始めてしまいます。ある意味でアルミニウム20は出現そのものが崩壊とイコールで結ばれたような存在であり、自己破壊原子とも言える存在なのです。(※後述するように生まれてすぐに3陽子連鎖崩壊(1陽子→2陽子)を起こし、核としての形を瞬時に失う点も自己破壊的と言えるでしょう)

私たちの身の回りに安定して存在している原子核は、実は原子核の世界全体から見ればほんの一握りです。

原子核には「安定の谷」と呼ばれる領域があり、これは陽子と中性子の数がちょうどバランスよく整った原子核だけが集まったエリアです。

現在までに発見された約3,300種類以上の核種(原子核の種類)の中で、安定して自然界に存在できるのはわずか300種類にも満たないのです。

それ以外の大多数の原子核は、時間が経つにつれて崩壊して、別の元素に姿を変えてしまいます。

これを「放射性崩壊」と呼んでいます。

放射性崩壊には、いくつかのよく知られたパターンがあります。

たとえば、原子核からヘリウムの原子核(α粒子)が飛び出す「アルファ崩壊(α崩壊)」、中性子が陽子に変わり電子を放つ「ベータ崩壊(β⁻崩壊)」、陽子が中性子に変わって陽電子を放つ「陽電子放出(β⁺崩壊)」、原子核が電子を取り込んで崩壊する「電子捕獲」、高いエネルギーを光として放つ「ガンマ崩壊(γ崩壊)」、そして重い原子核が複数の小さな核に分裂する「核分裂」などです。

これらの基本的な崩壊モードは、20世紀半ばまでに次々と発見され、原子核物理の基礎を築いてきました。

しかし最近の研究技術の進歩によって、こうした典型的な崩壊とは異なる「珍しい崩壊モード」が次々と見つかっています。

特に、陽子の数が中性子より極端に多い、いわゆる「陽子過剰核」と呼ばれる原子核において、従来の予想を超える崩壊現象が報告されているのです。

そのひとつが、陽子が単独で飛び出す「1陽子放出(1p放射)」という現象で、1970年代に初めて発見されました。

さらに21世紀に入ると、2個の陽子を同時に放出する「2陽子放出(2p放射)」という現象も確認されました。

そして近年では、さらに複数の陽子を同時または連続的に放出するような、極めて珍しい崩壊も観測されるようになりました。

こうした異例な現象は、陽子が原子核内にとどまるために必要な核力(陽子や中性子を結びつける力)の限界や性質を調べるうえで重要な手がかりを与えてくれます。

言い換えると、こうした研究は、原子核という積み木をどこまで崩さずに積み上げられるのか、限界を試す試みでもあります。

こうした背景から、世界中の核物理学者たちは、安定領域から遠く離れた「極端に陽子過剰な原子核」を探し、調べることを目指しています。

そこで重要な目安となるのが「陽子ドリップライン」という境界線です。

陽子ドリップラインとは、陽子の数が多すぎて、もはや核力が陽子を核内に束縛しきれなくなり、陽子がまるで水滴のようにポタポタと核外へ滴り落ちてしまう限界点のことです。

この境界を超えると、核内の陽子は安定して存在できなくなり、次々と外に飛び出してしまいます。

今回研究対象となったアルミニウム20は、まさにこの陽子ドリップラインを超えた位置に存在する原子核であり、理論上はすぐに陽子を放出して崩壊することが予測されていました。

しかし、実際にどのような崩壊を示すかは不明であり、またその崩壊が既存の理論的予測にどれだけ一致するかを調べることが、この研究の主な目的となったのです。

では、アルミニウム20は具体的にどのような形で崩壊を起こすのでしょうか?

アルミニウム20の自己破壊過程

アルミニウム20はどのような崩壊を起こすのか?

答えを得るため研究チームは、「飛行中崩壊法」という特別な観察方法を用いて、このアルミニウム20を捉えることに挑戦しました。

この方法は、加速器で高速に飛行する粒子が、移動の途中で崩壊して放出する粒子の軌跡をその場で観察する技術です。

実験はドイツのダルムシュタットにあるGSIヘルムホルツ重イオン研究センターで行われました。

この施設には非常に大きな粒子加速器が設置されており、研究チームはここで二次ビームとしてマグネシウム20(20Mg)の粒子を高速に加速し、特定のターゲットに衝突させました。

粒子同士が激しく衝突すると、さまざまな種類の核破片(フラグメント)が大量に発生します。

その無数の破片の中には、探し求めているアルミニウム20の原子核も、ごくわずかに含まれているのです。

しかし、アルミニウム20は瞬時に崩壊してしまうため、存在を確認するためには、崩壊した直後に放出される粒子をすばやく検出し、その軌跡を詳細に記録する必要があります。

そこで、研究チームは「フラグメント・セパレーター」という大型の装置を用いて、この難しい課題に取り組みました。

この装置は、発生した多数の核破片の中から特定の原子核だけを選び出すことができます。

具体的には、粒子が高速で飛行する途中に磁場をかけることで、それぞれの粒子の質量や電荷に応じて異なる方向に曲げられる性質を利用しています。

これにより、非常に短時間しか存在しないアルミニウム20の軌跡と崩壊の様子を正確に追跡することが可能になりました。

そして精密な装置を用いた解析の結果、アルミニウム20の崩壊がこれまでに知られている崩壊現象とは異なる、非常に珍しいパターンであることが明らかになりました。

アルミニウム20の自己破壊過程
アルミニウム20の自己破壊過程 / Credit:川勝康弘

まずアルミニウム20の原子核は、崩壊の第一段階として陽子を1つ放出します。

すると、この陽子放出により陽子の数が1つ減り、「マグネシウム19」という新たな原子核へと変化します。

このように、陽子が核から飛び出すと、元素そのものが別の元素へと変わってしまうのです。

さらに驚くべきことに、このマグネシウム19という娘核もまた非常に不安定であり、そのまますぐに陽子を2つ同時に放出してしまいます。

この2つの陽子放出により、「ネオン17」という、さらに別の元素の原子核が生じます。

つまり、アルミニウム20はまず1つの陽子を放出してマグネシウム19となり、その直後にマグネシウム19が2つの陽子を同時に放出するという、二段階の連鎖的な崩壊を起こすことが観測されたのです。

これまで原子核の崩壊現象として知られていたのは、1つの原子核が単独で崩壊するパターンでしたが、このように親核(最初の原子核)が崩壊した後にできた娘核がさらに続けて崩壊する「連続陽子放出(2段階の陽子放射性崩壊)」は、今回の観測が史上初めてのことでした。

また、研究チームはこの崩壊過程において放出される陽子のエネルギーを正確に測定しました。

ところが、その測定結果を従来の理論的予測と比較すると、予想外の興味深い結果が浮かび上がりました。

従来の理論では、「アイソスピン対称性」と呼ばれる考え方が存在します。

これは、陽子と中性子を区別せず、「核子」という同じ粒子として扱ったときに、陽子と中性子の数を入れ替えただけの鏡のような関係にある原子核(ミラー核)は、同じようなエネルギー状態を持つはずだとする理論です。

今回のアルミニウム20についても、この対称性からエネルギー値を推測していました。

しかし、実際に測定したエネルギー値は、この理論的予測値よりも明らかに低いものでした。

これはつまり、アイソスピン対称性が完全には成り立っていない、すなわち「対称性が破れている」ことを示唆しています。

この予想外の結果は、アルミニウム20の原子核の中で起きている現象が、これまで考えられていたよりも複雑で興味深いことを意味しています。

このアイソスピン対称性の破れとは、具体的に何を意味するのでしょうか?

『鏡』が壊れた?アイソスピン対称性の破れとは

『鏡』が壊れた?アイソスピン対称性の破れとは
『鏡』が壊れた?アイソスピン対称性の破れとは / Credit:川勝康弘

今回の実験で最も興味深いのは、「アイソスピン対称性の破れ」という現象です。

これは、原子核という非常に小さな世界で起こる、粒子同士のバランスの崩れを示す言葉です。

しかし、「アイソスピン対称性の破れ」と言われても、具体的に何が起こっているのか、すぐにはイメージしにくいかもしれません。

そこで、まずはこの対称性が何を意味するのかを簡単に見てみましょう。

原子核の中には「陽子」と「中性子」という2種類の粒子が存在しています。

この2つの粒子は「核子」と呼ばれ、強い核力という力で互いに引き寄せられています。

この核力は、陽子同士でも中性子同士でも、あるいは陽子と中性子の間でも同じように働きます。

つまり、核力の立場からすると、陽子と中性子はほぼ等価に扱われることになります。

こうした性質を反映して考えられたのが「アイソスピン対称性」という概念です。

この対称性によれば、陽子と中性子を入れ替えた「鏡」のような関係にある2つの原子核は、似たような構造とエネルギー状態を持つはずだという予測が成り立ちます。

例えば、今回のアルミニウム20(陽子13個、中性子7個)と、その「鏡像」に相当する核種として中性子過剰の20N(陽子7個、中性子13個)という原子核があります。

これらの原子核の構造やエネルギー準位は、陽子と中性子を入れ替えただけでほぼ同じになるだろうと考えられていました。

しかし、実際に今回の実験で測定されたアルミニウム20のエネルギー準位は、この理論的予想よりも低い値を示しました。

これは一体なぜなのでしょうか?

その秘密は、陽子と中性子が「ほぼ」等価とはいえ、実際には完全には同じではないという点にあります。

陽子は中性子と異なりプラスの電荷を持っています。

このため陽子同士は、お互いを電気的に強く反発し合います。

一方で、中性子は電荷を持たないので、陽子のような強い反発は起こりません。

つまり、原子核の中で陽子が増えるほど、陽子同士が反発する「クーロン力」の影響が大きくなり、核の構造がわずかに変化することになります。

このクーロン力の影響が特に強く現れるのが、「陽子が過剰に多い原子核」、つまり陽子ドリップラインを超えた原子核です。

アルミニウム20のような陽子過剰核では、陽子が原子核内に存在できるエネルギーの準位が通常よりもずれてしまいます。

この現象は「トーマス–エアマンシフト(Thomas-Ehrman shift)」と呼ばれ、非常に不安定な原子核で特によく見られる現象です。

陽子が多すぎる原子核では、クーロン力の反発が原因で、陽子が存在できるエネルギー準位が予想よりも低く歪んでしまうのです。

このエネルギー準位の歪みによって、アルミニウム20の基底状態(一番安定なエネルギー状態)の構造が、20Nの基底状態とは異なる状態になったと考えられています。

具体的には、20Nの基底状態は2⁻という量子状態であるのに対して、アルミニウム20の基底状態は理論的計算により1⁻という異なる状態であることが示されています。

同じように陽子と中性子を配置しているつもりでも、陽子同士の電気的反発というわずかな違いによって、原子核のエネルギーと内部構造が大きく変化してしまったわけです。

これが「アイソスピン対称性の破れ」と呼ばれる現象の本質です。

今回観測されたこの現象は、単なる理論の小さなズレというだけでなく、核物理学の根本にある理論の限界や改善の余地を示唆しています。

原子核という極めて小さな世界でも、わずかな電気的反発が大きな変化を生むというのは、直感的にも非常に興味深いことです。

また、理論の限界を明確に示すという点で、今回のアルミニウム20の発見は、核物理学者にとって重要な「挑戦状」ともなりました。

さらに、今回の発見によって、原子核というミクロな世界の対称性や安定性をめぐる議論がさらに活発になることも期待されます。

こうした新しい知見は、将来的には宇宙における元素合成の仕組みの理解を深めたり、まだ発見されていない新たな元素の探索につながったりする可能性もあります。

アルミニウム20という「生まれながらにして壊れる運命を背負った」原子核の発見は、私たちが原子核というミクロな世界をより深く理解し、その教科書を書き換える新たな一歩となるかもしれません。

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元論文

Isospin Symmetry Breaking Disclosed in the Decay of Three-Proton Emitter 20Al
https://doi.org/10.1103/hkmy-yfdk

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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