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1+(-1)=0を証明した光実験


1 + (-1) = 0」。

数学では当たり前のこの計算が、光の世界でも成り立つのでしょうか?

フィンランドのタンペレ大学(TAU)などで行われた研究により「たった1個の光の粒(光子)を消滅させ、新たに2個の光子として生まれ変わらせる」という非常に特殊な現象の観測に成功しました。

さらに研究では最初の1個の光子がねじれが「0」の時に、新たに生じた2個の光子の一方が「+1」のねじれを持ったなら、もう片方は「-1」で帳尻を合わせるかを確かめました。

つまり、光子が消滅して新たな光子に生まれ変わるときに、「運動量の保存則」が本当に量子レベルでも保たれるのかを確認したのです。

はたして、光の世界でも「1+(-1)=0」というルールは、ミクロな量子現象を乗り越えて成り立ったのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年5月20日に『Physical Review Letters』にて発表されました。

目次

  • 「1 + (-1) = 0」になるのか?
  • 「保存則」の先にある可能性
  • やや詳しい解説(専門家向け)

1 + (-1) = 0」になるのか?

私たちの身の回りの世界では、「保存則」と呼ばれる基本的なルールが存在します。

まず分かりやすい例として、ビリヤード玉同士がぶつかる場面を考えてみましょう。

このとき玉が持つ「運動量」(運動の勢い)は、一方の玉からもう一方へと移動しますが、その総量は必ず変わりません(これを運動量保存則といいます)。

一方で、物が回転しているときにも「角運動量」(回転の勢い)が保存されます。

このように、物体の動きや回転に関する保存則が、物理学の基本なのです。

ところが興味深いことに、私たちが普段目にしている物だけでなく、「光」も回転するような性質を持っています。

この光の回転は、「軌道角運動量」と呼ばれる特別な性質によるものです。

これは光がまっすぐ進むのではなく、ねじれながら進むときに現れる性質です。

光の波の形が渦巻き状になることで「ねじれ」が生じ、さらにそのねじれの向きは数値で表現されます。

この値がプラスのときとマイナスのときでねじれの方向が逆になり、値がゼロの場合にはねじれがない状態を意味します。

さらに、この光のねじれ(軌道角運動量)にも保存則があり、光が物質と相互作用するときに全体の軌道角運動量の総量は一定であると考えられています。

例えば、光が物質の中で特別な相互作用(非線形光学現象)を起こすとき、高エネルギーの光子1つが消滅し、より低エネルギーの光子2つに変わる場合があります。

コラム:単一光子の分割とは?

「単一光子の2分割」と聞くと、ひとつの光の粒が包丁でスパッと二つに割れて、半分ずつの光になるようなイメージを持ちがちですが、実際に起きているのはそれとは違います。今回の研究では特殊な結晶で起きる反応(パラメトリック下方変換)によって、高いエネルギーの1個の光子が、晶中の原子の電場と一瞬だけ相互作用して消滅し、その代わりにエネルギーを分け合う2つの新しい光子が 生成 されるという手法が使われています。この現象は物理学でいう「エネルギーの変換現象」の一種です。光子とは光の粒のことですが、粒とはいえ普段目にするビー玉や砂粒のような固体の粒ではありません。光子はエネルギーの小さなかたまりであり、そのエネルギーの量によって、目に見える光(可視光)や見えない光(紫外線、赤外線など)に区別されます。「パラメトリック下方変換」では、高いエネルギーを持った1個の光子が結晶の中に入ります。結晶の中では、光子が結晶の原子が作り出す電場(目に見えない力の場)とほんの一瞬だけ相互作用します。その結果、もとの光子はその場で「消滅」し、そのエネルギーを使って新しく2つの光子が「生成」されます。つまり、最初の光子は切断されたのではなく、「消えて」そのエネルギーが2つに分けられ、新しく別々の光子として生まれ直したのです。この変化の重要なポイントは、エネルギーの合計が前と後で変わらないということです。例えば、100円玉が1枚あって、それを50円玉2枚に両替するイメージを持ってみてください。お金の枚数は増えましたが、合計の金額(エネルギー)は変わりません。同様に、この光の変換でも「エネルギーというお金」がぴったり合うため、1つの光子が2つの光子に変わっても物理的なルールにはまったく問題がありません。さらに、この新しく生まれた2つの光子には、もとの光子が持っていた「ねじれ」(軌道角運動量:OAM)と呼ばれる回転のような性質もきちんと引き継がれます。片方の光子がプラスのねじれを持つ場合は、もう片方がマイナスのねじれを持ち、その合計は最初の光子と同じになります。こうして、単にエネルギーだけではなく、もとの光子の持っていた性質までも正確に受け継がれるのです。

このような実験では、強力なレーザー光(無数の光子の集まり)が使われ、2つの光子のペアが作られる際に光全体の軌道角運動量が保存されることは以前から確認されていました。

ただし、これらのレーザー光は多数の光子を含むため、ひとつひとつの光子に関して細かく調べることが難しく、ねじれの保存が「平均として」しか分かりませんでした。

つまり、「多くの光子がいるときの平均的な結果」としての保存しか確認できなかったのです。

そこで今回、フィンランドのタンペレ大学を中心に、ドイツやインドの研究者が参加した国際チームが、これまで誰も行っていなかった実験に挑みました。

目的は、単一の光子が消滅して新たに2個の光子が生まれるときでも軌道角運動量が保存されるかどうかを確かめることです。

例えば、最初の光子が全くねじれを持っていない場合、新たに生まれた2つの光子のねじれの合計は必ずゼロになるはずです。

もし片方がプラス(+1)のねじれを持ったら、もう片方はマイナス(−1)のねじれを持ち、ちょうど「1 + (−1) = 0」が成り立つはずなのです。

これはイメージとして、左右逆方向に回転する2つのコマを同時に回したら、その回転がちょうど打ち消し合って全体では回転しないのと同じです。

このような理論は昔から知られていましたが、実際に光子1個ずつのレベルで検証した研究は今までありませんでした。

今回の研究チームはまさにこの難しい課題に初めて挑んだのです。

しかし、この実験は非常に難易度が高いものでした。

というのも、単一光子が非線形現象によって光子ペアに変換される確率は非常に低く、「干し草の山から針を探す」ような難しい作業でした。

そこで研究チームは、光学装置を極限まで安定させ、背景の雑音光を抑え、検出器の効率を最大限に高めるなどあらゆる工夫を凝らしました。

さらに長期間にわたって根気強くデータを集めた結果、十分な数の「光子の変換」イベントを捉えることに成功したのです。

こうして「1 + (−1) = 0」という角運動量保存の式が、単一光子の変換という極限状況でも保存則に従うことが実験的に確認されました(ただし、実験には誤差も含まれます)。

特に、ねじれが0の場合(lp=0)では、168時間にわたる測定で観測されたイベントの約76%が、2つの光子のねじれの合計が元の光子のねじれと一致しました。

主著者のレア・コップ博士(Lea Kopf)は「私たちの実験は、単一光子レベルでも軌道角運動量が確実に保存されることを示しています。これはプロセスの対称性に基づく重要な自然法則が、最も基本的なレベルでも成り立つことを確認したものです」と述べています。

言い換えれば、とても起こりにくい現象を、研究陣の根気と工夫によってついに実証したのです。

「保存則」の先にある可能性

この研究の成果は、単なる理論の証明にとどまりません。

実験の途中で、研究チームは新しく生まれた二つの光子が「量子もつれ(エンタングルメント)」と呼ばれる不思議なつながりを持つ「兆候」を確認しました。

量子もつれとは、二つ以上の粒子が離れていても互いに影響を与え合う特殊な関係のことで、この研究では空間や時間、さらに偏光(光の揺れの向き)など複数の性質が絡み合った複雑な状態が生まれた可能性があります。

こうした量子もつれは、量子コンピューター(量子力学を利用した新型コンピューター)の計算能力を大幅に高めたり、量子通信(量子力学を応用した安全で高速な通信)で一度に送れる情報量を増やしたりする鍵になると考えられています。

そのため、この実験は将来の量子技術に向けた大きな一歩と言えるでしょう。

研究チームは今後、光子が生まれる現象の効率をさらに高めるとともに、生成された量子状態を簡単に調べる技術の開発にも取り組む計画です。

これらの技術が実用化されれば、現在は「干し草の山から針を探す」ほど稀な光子の検出が、より容易になると期待されます。

将来的には、複数の光子が絡み合った高度な量子状態を使った新しい実験や、それらを量子通信ネットワークに応用することも視野に入れています。

もうひとつ重要なのは、「自然界に対称性(バランスや規則性)があれば、対応する保存則が必ず成り立つ」という物理の基本原理を、光子一つという極小スケールで実証した点です。

つまり、この実験は波の性質を表す数式だけでなく、実測によって保存則が単一光子レベルでも崩れないことを裏付けました。

普段は当たり前に思える物理法則が、極限条件でも破れないと示した意義は大きいと言えます。

「たった一個の光子でも、守るべき物理のルールはきちんと守られる」という結果は、量子科学や量子技術の新しい可能性を広げ、未来の量子コンピューターや量子通信を支える重要な基盤として今後ますます注目されるでしょう。

やや詳しい解説(専門家向け)

本研究は、単一光子がポンプとなる自発的パラメトリック下方変換(SPDC)において、光の軌道角運動量(OAM)が1量子ごとに保存されることを、自由空間を使ったカスケードSPDCで実験的に確かめたものです。従来は強いレーザーポンプを用いたSPDC実験で平均としての保存しか確認できませんでしたが、今回は「1個の光子」レベルで直接的に保存が成立することを観測した点が大きな新規性です。

SPDCにおける非線形相互作用は、次のようなハミルトニアン(エネルギーを表す式)で記述されます。

H ∝ ∫ d^3r χ(2)(z) E_p^(+)(r,t) E_s^(+)(r,t)† E_i^(+)(r,t)† + H.c.

ここで H.c. はエルミート共役を意味します。各電場はラゲール・ガウス(LG)モードに展開され、角度 φ に対して exp(i l φ) という渦位相を持ちます。そのため、モードの重なり積分は角度方向でデルタ関数条件を生み、次のような選択則が現れます。

l_p = l_s + l_i

つまり、ポンプ光のOAM量子数 l_p が、信号光 l_s とアイドラ光 l_i の和に等しくなる、という保存則です。

OAM演算子は次のように定義されます。

L_OAM = ħ Σ_j Σ_{p,l} l · n_{p,l}

ここで n_{p,l} は「そのモードにいる光子の数」を表す演算子です。このOAM演算子とハミルトニアンの交換関係を調べると、

[L_OAM, H] = 0

となり、OAMが保存されることが理論的に保証されます。重要なのは、これは期待値(平均値)だけでなく分散(ゆらぎ)に対しても成立する点です。

実験では2段のSPDCを組み合わせました。第1段のSPDCでは、波長524 nmの連続波レーザーを入力し、783 nmと1588 nmの非縮退光子ペアを生成しました。1588 nm光子は「到来通知」(ハーラルド)に使い、783 nm光子を第2段SPDCのポンプとしました。このポンプ光には空間光変調器(SLM)で渦位相を与え、l_p = 0, -1, +2 などのOAMを持たせました。第2段のSPDCではリチウムニオベート結晶を用いて1534 nmと1600 nmのペアを生成し、それぞれのOAMを測定しました。

結果として、l_p = 0 の単一光子ポンプでは、168時間の測定で57ペアが得られ、その約76%が「l_s = -l_i」という保存則に従うことが確認されました。また、l_p = -1 の場合には (l_s, l_i) = (0, -1) または (-1, 0) のみが観測され、l_p = +2 の場合には (1, 1) のみが観測されました。これらはいずれも保存則 l_p = l_s + l_i を満たしています。さらに、同じ装置で弱いコヒーレント光(古典的なレーザー光)を使った場合と比較しても、相関分布はほぼ完全に一致し(相関係数は99%以上)、単一光子とレーザー光の違いによる差は見られませんでした。

ただし、実験は非常に効率が低く、単一光子ポンプでの成功率は1時間あたりおよそ1回程度という「干し草の山から針を探す」ような難しさを伴いました。また、生成された光子ペアに量子もつれの兆候は見られましたが、統計的に有意な証明には至っていません。

本研究は、量子光学における「角運動量保存則」が1光子という最小単位でも確実に成り立つことを示した重要なステップであり、将来の高次元・多自由度エンタングルメント生成や量子通信・量子情報処理の基盤となる可能性を持っています。今後は変換効率の高い非線形プロセスや、より高性能な検出器、決定論的な単一光子源、効率的なOAMモード測定技術が組み合わされれば、さらに大きなOAM量子数や複雑な多光子エンタングルメントの検証が可能になるでしょう。

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元論文

Conservation of Angular Momentum on a Single-Photon Level
https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.203601

ライター

ナゾロジー 編集部

編集者

ナゾロジー 編集部

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