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ネアンデルタール人のDNAをマウスに注入したら骨格に予期せぬ変化が発生


もしも絶滅したネアンデルタール人の遺伝子を現代のマウスに組み込んだら、一体何が起きるのでしょうか?――そんなSFのような実験が現実に行わました。

日本の京都府立医科大学(KPUM)と京都工芸繊維大学(KIT)で行われた研究によって、ネアンデルタール人やデニソワ人などの絶滅した人類が持っていた遺伝子変異を現代のマウスに導入すると、骨格がネアンデルタール人風に変化することが明らかになりました。

研究では絶滅した古代人類の遺伝子を組み込まれたマウスたちは頭蓋骨が普通より大きくなり、肋骨の本数も増え背骨(腰椎)の数が減少するなどの変化が生じました。

この成果は、ネアンデルタール人の遺伝子の持つ風味が種を超えて反映されていることを示しており、私たちの体に今なお残るネアンデルタール人の遺伝子の意味を考え直す手がかりになりそうです。

私たちが今も持つ「絶滅人類の遺伝子」は、私たち自身にどのような影響を与えているのでしょうか?

研究内容の詳細は『Frontiers in Cell and Developmental Biology』にて発表されました。

目次

  • 私たちのDNAに隠れた「ネアンデルタール遺伝子」の謎を解く
  • ネアンデルタール人の設計図でマウスに意外な変化
  • 現代マウスの骨格が「ネアンデルタール風」に変化した理由

私たちのDNAに隠れた「ネアンデルタール遺伝子」の謎を解く

私たちのDNAに隠れた「ネアンデルタール遺伝子」の謎を解く
私たちのDNAに隠れた「ネアンデルタール遺伝子」の謎を解く / Credit:Canva

ネアンデルタール人と聞くと、博物館で見た骨格や、どこか古くて頑丈な印象を抱く人も多いのではないでしょうか。

実際、19世紀にドイツで初めてネアンデルタール渓谷で発見されたネアンデルタール人の化石は、がっしりとした体つきや独特な頭の形をしていて、人々の想像力をかき立ててきました。

私たち現代人(ホモ・サピエンス)の祖先は、約6万年前にアフリカから旅立ち、ユーラシア大陸でネアンデルタール人やデニソワ人という別の人類たちと出会い、交雑したことが分かっています。

そして驚くべきことに、そのとき受け継いだ彼らの遺伝子の一部は、今も私たちのDNAの中に残っているのです。

現在、ヨーロッパやアジアをはじめとするアフリカ系以外の人類のDNAには、約1〜4%ほどネアンデルタール人から受け継いだ部分が含まれています。

また、メラネシア地域の人々に限っては、デニソワ人という別の絶滅人類から約6%もの遺伝子を受け継いでいることがわかっています。

しかし、このような絶滅人類から受け継いだDNAが、具体的に現代人にどんな影響を与えているのかは、まだまだ謎に包まれています。

最近では、多くの研究者が「私たち現代人と、絶滅したネアンデルタール人やデニソワ人の体つきの違いは、ゲノムのどの部分の差異によって生じたのか?」という問題に興味を持ち、研究を進めています。

これまでの進化研究の世界では、生き物の体の形を変えるのは、主に「遺伝子のスイッチ」にあたる「調節領域」と呼ばれるDNAの変化だと考えられてきました。

これに対して、遺伝子がタンパク質そのものの設計図になっている「コード領域」の変化は、タンパク質の働きを壊してしまい、体に重大な異常や病気を引き起こすため、進化にはあまり役立たないとされてきました。

ところが最近、この考え方が見直され始めています。

タンパク質自体がわずかに変化したとしても、それによって新しい機能が生まれ、体の形にも小さくない影響を及ぼす可能性があることがわかってきたのです。

今回研究チームが注目した「GLI3(グリ・スリー)」というタンパク質は、生き物が母親の胎内で育つとき、骨や臓器の正しい形を作り上げる重要な役割を持っています。

興味深いことに、ネアンデルタール人とデニソワ人では、このGLI3タンパク質の1537番目のアミノ酸が、現代人とは異なる種類のアミノ酸に変わっていました。

具体的には、現代人が持つ「アルギニン(R)」というアミノ酸が、「システイン(C)」という別のアミノ酸に置き換わっています。

たった一箇所のアミノ酸の変化ですが、GLI3タンパク質が働くときに微妙な影響を与える可能性があります。

しかも、このネアンデルタール人とデニソワ人が持っていた「GLI3 R1537C」と呼ばれる変異は、現代の私たちのDNAにもまだ残っています。

そうなると気になるのは、この小さな変異がどのように体の形を変えるのかということです。

この疑問を解くため、研究チームは具体的な実験を行いました。

では実際に、このネアンデルタール型GLI3変異が体の形づくりに与える影響とは、一体どのようなものだったのでしょうか?

ネアンデルタール人の設計図でマウスに意外な変化

ネアンデルタール人の設計図でマウスに意外な変化
ネアンデルタール人の設計図でマウスに意外な変化 / Credit:Canva

このネアンデルタール型GLI3変異は、実際に体の形づくりにどんな影響を与えるのでしょうか?

答えを得るため研究者たちはまず、ネアンデルタール人とデニソワ人が持っていたGLI3変異(GLI3 R1537C)が細胞の働きにどんな影響を与えるかを調べることにしました。

そのためにヒトの細胞の一種であるHEK293Tという培養細胞を使い、ネアンデルタール人型のGLI3タンパク質を作り出しました。

GLI3は細胞内で他の遺伝子のスイッチをオン・オフし、骨や臓器の形成に重要な役割を果たしています。

実験の結果、このネアンデルタール型GLI3タンパク質は、基本的な働き(発生過程に関わる重要なシグナルの伝達機能)を失うことなく、正常に機能していました。

つまり、この変異は、遺伝子が突然変異しても必ずしも致命的な問題や病気を引き起こさない場合があることを示しているのです。

一方で、興味深い結果も得られました。

ネアンデルタール型GLI3タンパク質は、細胞の中で働く他の遺伝子の活性を微妙に変えてしまったのです。

特に影響を受けたのは、細胞の成長に関わる遺伝子や、骨の形成に必要な遺伝子、さらに染色体を作り出すタンパク質を作る遺伝子でした。

ほんのわずかなタンパク質の変化が、細胞内の遺伝子たちの「合奏」のバランスを小さく乱した、と言えるでしょう。

では、実際に生きた動物の体内でこの変異を起こすと何が起きるのでしょうか?

研究チームは遺伝子編集技術(クリスパー/CRISPR)を使い、マウスのGLI3遺伝子をネアンデルタール人型の変異(マウスではR1540Cに相当)に書き換えたマウスを作成しました。

生まれてきたマウスは、一見すると普通のマウスとまったく変わらず、健康的に成長していました。

しかし、マウスの骨格を詳しく調べると、はっきりとした「ネアンデルタール風」の変化が現れていたのです。

まず目についたのは頭蓋骨の変化でした。

頭蓋骨が大きく変化しているのがわかる
頭蓋骨が大きく変化しているのがわかる / 左側が普通のマウスで右側がネアンデルタール人の遺伝子を組み込まれたマウスの頭蓋骨/Credit:A Neanderthal/Denisovan GLI3 variant contributes to anatomical variations in mice

ネアンデルタール人型の遺伝子を持ったマウスは通常のマウスより頭蓋骨が大きく、丸みを帯びた形状になりました。

また、胸を囲む肋骨にも変化が現れました。

通常のマウスは13対の肋骨を持つところが、このマウスでは14対の肋骨を持つ個体が確認されました。

肋骨の形もやや湾曲しており、胴体全体の形にも微妙な違いが見られました。

さらに腰の骨(腰椎)の数も通常は6個あるところが、このマウスでは5個に減少していたのです。

このような頭蓋骨の形や胴体の特徴は、これまで研究者が化石から明らかにしてきたネアンデルタール人の特徴とよく似ています。

ネアンデルタール人は現代の人類に比べて丸みのある頭や、深くて広い胸を持っていました。

つまり、今回のGLI3遺伝子の変異を持ったマウスは、わずかに「ネアンデルタール人らしさ」が体に現れたと考えられます。

こうした骨格の変化がありながらも、このマウスたちは深刻な病気や異常を示しませんでした。

通常、GLI3遺伝子が完全に機能を失った場合は指が余計に生えるなど深刻な奇形が起きますが、この小さなアミノ酸変異では、そうした重大な問題は起こりませんでした。

つまり、このネアンデルタール型のGLI3変異は、骨格の成長バランスをわずかに調整しつつも、体全体の健康を損なわない範囲で影響を与えたと言えます。

これは進化の観点からも重要なポイントです。

体の構造に影響を及ぼす遺伝子変異が致命的な問題を引き起こさずに次世代に受け継がれる場合、その変異は長い時間をかけて集団内に定着していく可能性があるからです。

こうした結果を踏まえると、私たち現代人が受け継いだ「古代の遺伝子のかけら」は、私たち自身にも気付かれないほど小さく微妙な変化を与えているのかもしれません。

では、そのような小さな変化は、実際に現代人にもどのような影響を与えているのでしょうか?

現代マウスの骨格が「ネアンデルタール風」に変化した理由

現代マウスの骨格が「ネアンデルタール風」に変化した理由
現代マウスの骨格が「ネアンデルタール風」に変化した理由 / Credit:Canva

今回の研究は、私たち現代人が今も受け継ぐ「ネアンデルタール人やデニソワ人由来のたった一つの遺伝子変異が、骨格の形にまで影響を与えている可能性」を示しました。

つまり、絶滅して何万年も経つ古代の人類の遺伝子が、現代の私たちの体の中で静かに働き続けているかもしれないのです。

ネアンデルタール人やデニソワ人が持っていたこのGLI3遺伝子の変異(R1537C)は、現在のヨーロッパ系の人々の約4〜7%ほどに見られることが知られています。

アジア系の人々にも数%ほど見られますが、アフリカ系の人々にはほとんど存在しません。

コラム:なぜGLI3変異は多めに人類に引き継がれたのか?

私たち現代人のDNAには、ネアンデルタール人から受け継いだ遺伝子が平均して約1〜4%ほど含まれています。ところが、今回研究された「GLI3」という遺伝子の変異(R1537C)は、ヨーロッパ系の人々では約4〜7%という比較的高い割合で残っています。これは平均値(約1〜4%)に比べると非常に高い頻度で、なぜこの変異が特に多く現代人に受け継がれているのか疑問に思うかもしれません。論文によると、このGLI3の特定の変異(R1537C)はネアンデルタール人やデニソワ人といった絶滅した古代の人類に共通して見られるもので、進化の過程で比較的無害だったことが重要だった可能性があると推測されています。

通常、遺伝子に起きる変異は、生物の体の機能に悪影響を及ぼし、自然淘汰によって徐々に消えてしまうことが多いのです。ところが、このGLI3のR1537C変異は、身体の基本的な働きを壊さず、むしろ骨格の形をほんのわずかに調整するという、微妙な影響だけを与えます。また一般にネアンデルタール人の遺伝子の大半は軽度に有害である可能性が高く現代人では現在進行形で淘汰が進んでおり、ネアンデルタール人の遺伝子は徐々に人類から抜け落ちていると考えられています。そんななか致命的な有害さを持たないものは平均よりも多く残りやすくなります。つまりGLI3の変異が頼り高く残っているのは他よりも有害性が低いという消極的な理由になると考えられます。

また他の研究ではネアンデルタール人やデニソワ人から受け継いだ遺伝子の中には、寒冷な気候への適応や、特定の病原体への抵抗力向上など、環境への適応に役立つものがいくつもあることが示されており、もしこのGLI3遺伝子変異もまた、そうした適応の小さなメリットを持っていた場合、自然淘汰の中でむしろ有利に働き、現代人に比較的多く残った可能性があります。実際一部のネアンデルタール由来の遺伝子には、免疫応答や適応的表現型(皮膚色、代謝、感染症抵抗性など)に有利なものもあり、それらはいわゆる正の選択(positive selection)を受けて人類のゲノムに残ってきたことも示されています。たとえばOAS1, STAT2, TLR1/6/10 など、抗ウイルス応答やパターン認識に関わる遺伝子群がネアンデルタール由来であり、これらは現代ヨーロッパ人では25%前後、東アジア人では32%前後がネアンデルタール型遺伝子を保有していることが知られています。

私たちは普段、このような古代の遺伝子を持っていると意識することはありませんが、今回の研究によれば、その影響は決してゼロではないようです。

一方で、最近の医学研究では、この遺伝子変異を持つ人は「神経管閉鎖障害」という重い先天性の病気が起こるリスクがわずかに高い可能性が指摘されています。

しかし、こうした病気との関連性はあくまで統計的な傾向を示した段階であり、この遺伝子変異そのものが直接病気を引き起こすことを示しているわけではありません。

実際、今回のマウス実験からも、この遺伝子変異を持つマウスが深刻な病気や問題を起こすことはありませんでした。

つまり、この遺伝子変異が良いか悪いかを単純に判断することはできないのです。

重要なのは、遺伝子の小さな変異が、他の遺伝子や成長環境といったさまざまな要素と相互に作用し合いながら、生き物の体を作っているという点です。

私たち人間の体や病気になる可能性は、たった一つの遺伝子だけで決まるわけではありません。

むしろ、多くの遺伝子が互いに協力し合い、環境からの影響も受けながら複雑な「遺伝子のオーケストラ」を演奏しているのです。

そのため研究者たちはマウスがネアンデルタール人風の変化を起こした理由についてネアンデルタール人やデニソワ人が持っていたGLI3遺伝子の変異(R1537C)は、タンパク質自体の基本的な安定性や、主要なヘッジホッグ(Hedgehog)シグナル伝達機能を損なうことなく、骨格形成に関わる特定の遺伝子の調節に微妙な変化を与えることが主な要因と予測しています。

つまり、深刻な異常を引き起こさない範囲での「さりげない変化」が骨格の発達バランスを変え、ネアンデルタール人に似た特徴を生じさせたわけです。

今回の研究ではさらに興味深いことに、このような小さな変異が「人類の進化」にどのように関わっているかということも示唆しています。

もしある遺伝子の変異が、体に致命的な害を与えることなく、むしろわずかながらも体の形に変化を与えるとしたらどうでしょうか?

その変異は自然淘汰によって取り除かれることなく、静かに次の世代へと引き継がれていくことになります。

実際、今回研究対象になった遺伝子変異は、腰や背中の病気や体型(腰と臀部の比率)との関連性が初期のデータ解析から示唆されています。

ただし、これらの関連性については統計的に十分な確証が得られているわけではなく、今後さらに詳しい調査が必要です。

今回の研究は、過去の人類が残した遺伝子という「眠れる古代の設計図」が、実は私たちの中で密かに影響を与え続けている可能性を明らかにしました。

そして、このような遺伝子変異を現代の技術で甦らせることで、化石や骨格の研究だけでは決してわからない古代人類の遺伝子の働きを直接観察できた点でも画期的でした。

遺伝子のわずかな違いが、どのようにヒトの進化や病気に影響を与えているのかを理解することは、進化医学やゲノム医学の新しい未来につながるでしょう。

古代のDNAを現代に再現し、実際に機能させるという今回のアプローチは、「人類とは何か」という進化の大きな問いに答えるための新しい道を開くことになりそうです。

今後の研究の最大の課題は、こうした小さな遺伝子の変化が、私たち人間の体に実際にどれほど影響を与えているのかを、さらに明確に解き明かすことです。

私たちの中に眠っている古代人の遺伝子は、私たちの健康や病気のリスク、さらには私たち自身の進化にどのような意味を持つのでしょうか?

こうした疑問への答えが、次の研究で明らかになることを期待しましょう。

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元論文

A Neanderthal/Denisovan GLI3 variant contributes to anatomical variations in mice
https://doi.org/10.3389/fcell.2023.1247361

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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