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【閲覧注意】複数の虫が一つの超生物のように振る舞う様子を野外で観察


ドイツ・コンスタンツ大学で、Caenorhabditis 属の線虫が、飢餓や乾燥時に数十匹で“生きたタワー”を形成することが発見されました。この現象は、線虫たちが集団で協力して遠方へ移動し、生存するための戦略とされています。研究チームは野外での観察を基に、モデル線虫C. エレガンスを使った実験でもこのタワーを再現しました。この集合体は耐久性のある幼虫期間に限らず、他の成長段階でも見られることが判明しました。線虫タワーは協調行動の原点として進化学やロボ工学にも影響を与える可能性があり、動物の集団行動の理解に新たな道を開く研究です。

SFなどではしばしば、無数のニョロニョロした虫のような生物が1つに寄り集まって、巨大生物を構築するシーンがみられます。


しかし現実の地球にもそのような超個体的存在は実在しました。


ドイツのコンスタンツ大学(Uni Konstanz)で行われた研究によって、わずか体長1ミリほどの線虫 Caenorhabditis 属が飢餓や乾燥に追い込まれると数十匹単位で“生きたタワー”に合体し、触手のように周囲を探って橋を架けたり、ショウジョウバエの脚にまるごと取り付いて群れで“引っ越し”したりする様子が世界で初めて野外で捕らえられました。


まるで巨大な一匹の超生物のような線虫タワーは一匹ずつでは届かない距離を克服し、資源の乏しい果実から集団で脱出する巧妙な移動戦略だといいます。


しかしそもそも個体間に指揮系統もない線虫たちはどうやって全員の動きを同期させているのでしょうか?


研究内容の詳細は2025年6月6日に『Current Biology』にて発表されました。




目次



  • “ワームタワー伝説”を検証せよ
  • 線虫が“合体ロボ”になる瞬間を野外カメラが捉えた
  • 線虫タワーが教える協調の原点──進化学・ロボ工学への波及

“ワームタワー伝説”を検証せよ


“ワームタワー伝説”を検証せよ
“ワームタワー伝説”を検証せよ / SFに出てくる複数の生物が寄り集まって1つの巨大な実態になるシーンに似ています。/Credit:Towering behavior and collective dispersal in Caenorhabditis nematodes

線虫(線形動物門に属する小型の生物)は地球上で最も繁栄している動物群ですが、一匹一匹は非常に小さく、自力で遠くへ移動するのは容易ではありません。


彼らの生息環境(例えば地面に落ちて腐敗する果実など)は一時的な資源であり、餌が尽きれば別の新天地を探す必要があります。


しかし極小の線虫にとって、新たな餌場まで散らばって移動することは大きな困難を伴います。


こうした状況で生き延びるため、線虫は「集団で塔を組み上げて高い場所へ達し、他の動物に乗り移って移動する」という巧みな戦略を取ると考えられてきました。


動物が互いの体を連結させて一体となって移動するような行動は自然界では極めて珍しく、スライムカビ(変形菌)や軍隊アリ(ハリアリ亜科)、ハダニ類など限られた生物でしか知られていません。


線虫についても過去に実験室内での観察例はありましたが、この「ワームタワー」現象が野外で本当に起きているのか、そしてその目的が何なのかは長年謎のままでした。


この謎に挑むべく、ドイツのコンスタンツ大学とマックスプランク動物行動研究所の研究チームが共同で研究に取り組みました。


線虫が“合体ロボ”になる瞬間を野外カメラが捉えた


線虫が“合体ロボ”になる瞬間を野外カメラが捉えた
線虫が“合体ロボ”になる瞬間を野外カメラが捉えた / 線虫の塔がハエの足にヌチョっと付着して運ばれていく瞬間。植物の種のように動物に付着することで遠くに行ける/Credit:Towering behavior and collective dispersal in Caenorhabditis nematodes

まず研究チームは、ドイツ・コンスタンツ近郊の果樹園で地面に落ちて腐りかけたリンゴやナシを調べ、デジタル顕微鏡を使って線虫の挙動を詳細に観察しました。


その結果、体長1ミリ足らずの無数の線虫が果実の断面の表面に集まり、互いに体を折り重ねて小さな「ワームタワー」を形成しているのを発見しました。


見つかった塔は1つあたり十数匹から多いもので数十匹の線虫によって構成されていました。


腐った果実には複数の線虫種が混在していましたが、塔を作っている個体群は驚くべきことに単一の種だけで構成されており、しかもそのメンバーはすべて飢餓や乾燥に強い耐久幼虫期(dauer期)の状態でした。


筆頭著者のダニエラ・ペレス氏(MPI-AB所属ポスドク研究員)は「線虫のタワーはただの虫の山ではなく、協調して形成された構造体、すなわち動く“超個体”なのです」と表現しています。


実際、野外で観察された塔では、基部から先端までのワームたちが一斉に体を波打たせ、まるで1本の触手のように空中へ向かってうねうねと伸び上がっていました。


そして塔全体は外部からの刺激に反応して基盤からスルリと離脱し、近くにいた小昆虫(ショウジョウバエなど)にまとわりついてその体表に付着することができました。


こうしてタワー自体が“乗り物”に取り付いて、ワームの集団がまるごと新たな環境へ運ばれていく、いわば集団でのヒッチハイクが(2例ほど)確認されています。


さらに研究チームは、この塔形成の仕組みを詳しく調べるため、モデル線虫として知られるC. エレガンス(Caenorhabditis elegans)を使って実験室内で塔を再現する実験を行いました。


餌のない寒天培地の中央に小さな垂直の柱(歯ブラシの毛)を立て、その周囲に空腹の線虫を放って観察したところ、わずか2時間ほどでワームたちが自ら集まり始めて塔を作り出しました。


この塔は出現した約8割が12時間以上安定して維持され、その間に先端から触手のような「腕」を周囲へと伸ばしていきました。


中には塔が複数の“腕”に分岐し、隣接する物体との間に橋をかけて、向こう側の新しい足場へ到達する例も観察されました。


なお、実験室で観察された塔は高さが約1センチメートル(最大1.14cm)に達する場合もあります。


塔を構成する個体は予想外にもdauer幼虫に限られません。


野外で観察されたタワーは全てdauer幼虫だったものの、ラボ実験では成虫や他齢期でもタワーを作れることが分かりました。


これは塔形成行動が特殊な耐久幼虫期だけのものではなく、より一般化した集団移動戦略である可能性を示しています。


興味深いことに、実験で組み上げた塔の中では、最下部にいるワームも先端にいるワームも同等に活発で繁殖能もあり、ハチやアリのように役割が分化している様子は見られませんでした。


このことは、遺伝的に同一な実験室内の集団では、塔の構造において個体間の平等な協力関係が成り立っていることを示唆しています。


一方で、自然環境では異なる系統の線虫どうしが混ざって塔を作る可能性もあり、「誰が協力し誰がただ乗りするのか」という興味深い疑問が浮かぶ、と研究チームは指摘しています。


線虫タワーが教える協調の原点──進化学・ロボ工学への波及


線虫タワーが教える協調の原点──進化学・ロボ工学への波及
線虫タワーが教える協調の原点──進化学・ロボ工学への波及 / Credit:clip studio . 川勝康弘

今回の発見は、動物が集団で移動する行動(集団行動)がどのように進化してきたのかという謎に新たな光を当てるものです。


昆虫の大群移動や鳥の渡りなどと比べても、目に見えないほど小さな線虫が体を絡み合わせて移動するという奇妙な戦略は、集団行動の多様性とその適応意義を考える上でユニークな視点を提供してくれるでしょう。


本研究の責任著者であるセレナ・ディン氏(MPI-ABグループリーダー)は、「我々の研究によって、動物がなぜどのように集団移動するのかを探るための全く新しいモデル系が開かれました。C. エレガンスというモデル生物の豊富な遺伝学ツールを活用することで、集団移動の生態学と進化を研究する強力な手段が得られたのです」と述べています。


かつては“幻”とも言われた線虫タワーが自然界で実在し重要な役割を果たすことが示されたことで、今後このミクロなモデルを足がかりに、生物の協調行動の進化に関する研究が大きく前進していくことが期待されます。


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元論文

Towering behavior and collective dispersal in Caenorhabditis nematodes
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.05.026

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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