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「セミはなぜ何年も土の中で過ごすのか?」昆虫の特殊な進化の裏に潜む秘密【ナゾロジー×産総研 未解明のナゾに挑む研究者たち】


近年、昆虫と共生微生物の関係が注目されています。この共生関係は、昆虫が特殊な環境で生き残る助けとなっているだけでなく、その進化にも影響を与えています。 昆虫の幼虫は土中で何年も過ごし、栄養が少ない食物を食べる際に、共生微生物が不足した栄養を補う役割を果たしています。たとえば、セミの幼虫は植物の道管液を吸いながら共生微生物の助けを借りて成長します。また、トコジラミとボルバキアの共生関係も、吸血性という特殊な食性を支えています。 研究者の森山実氏は、こうした共生関係が昆虫の進化にどう関与しているかを探求しています。彼自身、虫嫌いから研究者になった経験から「昆虫は宇宙からの渡来者ではなく、地球に最も繁栄した生物だ」と述べています。昆虫と微生物が共生する知見は、昆虫が人間には理解し難い生態を持つ理由を解き明かす鍵となっています。

近年、人間では腸内細菌がアルツハイマー病やうつ病と関連していたり、霊長類の脳の進化が腸内細菌に助けられたという研究結果が報告されるなど、生物と微生物の共生関係が注目されています。

共生微生物への注目の高まりは昆虫研究においても例外ではありません。

昆虫は幼虫のまま何年も地中で過ごしたり、血液やほぼ水分だけの樹液といった特殊な餌で生きていけたりと、我々人間では考えられない不思議な生態を持っています。

これらの昆虫の特殊な進化にも、微生物との共生が関係しているのです。

今回は昆虫と共生微生物がどんな共生関係を築き、進化してきたのかについて、産業技術総合研究所・生命工学領域・モレキュラーバイオシステム研究部門 森山 実さんにお話を伺いました。

この記事は、「産総研マガジン」でも同時公開されています。産総研マガジンの記事はコチラ!

目次

  • 昆虫研究者だけど虫は苦手だった
  • トコジラミはシラミじゃなくてカメムシの仲間
  • セミの幼虫が何年も土の中で過ごす理由
  • 昆虫の体内に棲む共生細菌とは?
  • 昆虫と共生細菌はお互いになくてはならない相棒

昆虫研究者だけど虫は苦手だった

――昆虫って人によって好き嫌いの差が大きくて、今回の記事でも解説の写真とかでキツイってなる人もいるかも知れませんが、森山さんはやっぱり子供の頃からムシが大好きだったんですか?

森山:いえ、実はむしろ虫嫌いだったんですよね(笑)

――え、いきなり意外な展開ですね(笑)

森山:ずっと都市部で育ったのでカブトムシとかクワガタとかほとんど見たことがなくて。虫といったらゴキブリかカ(蚊)かセミかって感じだったので、子供の頃は虫大嫌いでした。研究で初めて触ったぐらいの勢いでしたね。

――それが何でまた昆虫研究者になったんですか?

森山:大学で生物の研究をしようと考えた時に、昆虫を使って面白い生命現象を明らかにしている研究に出会ったこと、そして、昆虫は身近にたくさんの種類がいて、実験材料として手に入れやすいところが魅力的に感じたんですよね。そのため昆虫を研究対象に選んだんです。

――なるほど、生物学者として研究し易いのが昆虫だったんですね。でも、虫が嫌いだと捕まえるのも大変ですよね?

森山:それがもうむっちゃ大変で(笑)昆虫好きな人って大体どの種がどこにいるか知ってるんですよね。でも私は苦手だったので何も知らなくて、虫に詳しい人に聞きまくってましたね。

――私たちが知らないだけで、実は虫嫌いな昆虫研究者って多いんですか?

森山:やっぱり虫嫌いは少数派だと思います。ただ、両方いるからいいんじゃないかなと思います。昆虫が好きで詳しい人には当たり前に思っちゃうようなことでも、逆に嫌いで何も知らなかったからこそ、新鮮に感じて、研究テーマとして真剣に取り組めたこともあったと思うんですよね。

そういう様々な目線を持った人の考えが上手く組み合わさって、昆虫研究の分野が盛り上がっていくのだと思ってます。

――とはいえ虫は苦手なわけですよね。どうやって克服したんですか?

森山:学生の時は実習で友達に虫を動かなくするところまでやってもらって、それを触ることから始めました。ただ、やってるうちに研究したいっていう気持ちがどんどん強くなってきて、自然と克服できました。

でもいまだに虫捕りは手袋したり、ピンセットに頼ったりすることもあります。毛虫とゴキブリは本当嫌ですね(笑)

――確かに昆虫って身近だけどよくわからないことが多い印象があるので、苦手でも興味が湧くというのはわかります。

例えば、昆虫は気門っていうお腹の穴から呼吸するっていいますけど、肺とかどうなっているんですか?

森山:そもそも昆虫に肺はないんです。気門から気管っていう空気を運ぶ細い管が体中にわあっと伸びていて、全身でガス交換をしています。昆虫は体中に体液が巡っていて、その液体の中に臓器が浮いているという感じで、全身に張り巡らされた気管がこの体液や臓器に直接酸素を届けているんです。

――ああ、血液が酸素を運ぶ事自体がないんですね。だからヘモグロビンもいらないから昆虫の血は赤くないんですね。この方法は肺呼吸より優れているんでしょうか?

森山:私は呼吸に関して専門ではありませんが、どちらが優れているというのは難しいですね。昆虫は小さいからこの仕組みがいいだけで、身体が大きいと肺呼吸の方が効率がいいとも言われているようです。

――そう聞くとホント色々他の生物と比べて違いますよね。「昆虫は地球産ではなく宇宙からやって来たエイリアン」なんて言ってる人もいるけどわかる気がします。

森山:私はその考えは逆なんじゃないかと思いますね。実は地球上で最も繁栄している生物って昆虫だとも言えるんですよ。昆虫は大体100万種ぐらいいることが知られていて、これってもう全ての生物の中で圧倒的に多いんです。

身の回りを見渡しても、なかなか哺乳類を10種以上見つけることはできないと思うんですけど、昆虫だったら10種どころか100種とかそういうレベルで簡単に見つけることができる。

だから、昆虫が地球上で異色の生物というのは人間からそう見えるだけであって、昆虫からしてみると哺乳類の方が「たまに見る四足歩行の変な動物」ぐらいの感覚だと思います。

――昆虫視点、面白いですね! なんでも自分中心に考えてはいけませんね。

トコジラミはシラミじゃなくてカメムシの仲間

――森山さんがメインで研究されているものって何なんですか?

森山:結構いろんなものをやってまして、どれがメインっていうことはあんまりないんですけど、カメムシが多いですね。

――カメムシっていうと独特の臭いを思い浮かべちゃうんですが、そもそもなぜカメムシは臭いんですか?

森山:カメムシの胸のところに特別な器官が付いていて、そこから臭い物質をプシューッと出すんです。いじめられた時に出すので、何もしてない時はあまり臭くないですね。

チャバネアオカメムシの臭い物質を出す器官(臭腺)/Credit:産業技術総合研究所

――お尻かと思ってました。あと、瓶にカメムシをいっぱい詰めたら自分達の臭さで死ぬ、というのは本当ですか?

森山:はい、本当に死んじゃいます。採集に行った時、調子に乗ってたくさん容器に詰めたら全滅しちゃってたことが結構ありますね。

――へえ! てっきり都市伝説かと。何で死んじゃうんですか?

森山:臭いの物質って思っている以上に攻撃力が高いんですよね。だから、狭いところにギュッと集めちゃうと、自分達もダメージを食らってしまう。それぐらい刺激の強い物質でないと敵を追い払えないんだと思います。

――なるほど。人間にとっては臭いだけに思えますが、体に害はありますか?

森山:はい。目に入ったことがあるんですけど、1週間くらい目やにが出続けました。あと、プラスチックを溶かしちゃったりします。

――ええ! 恐るべしカメムシ。研究のためとはいえ大変ですね。

森山:他にはトコジラミの研究もしています。毎週自分の腕から血をあげて飼うこともありましたね。

――かなりショッキングですね。痒くならないんですか?

森山:刺されたときの反応は人によって違って、1回刺されると数週間から数カ月間、腫れとかかゆみが続く人もいますが、私は1時間で治っちゃうぐらい軽傷で済みます。だから同業者からはすげえ才能あるなって言われるんです(笑)。

――トコジラミって、最近の日本だと電車やホテルでよく見かけるようになったと話題になりましたが、研究者から見た対処法ってあるんですか?

森山:出先で自分の服に紛れて持ち込んでしまうのが心配な場合は、服などを帰ったらちゃんと洗濯乾燥機にかけることを心がけると良いと思います。しっかり熱で乾燥させることが重要なようです。

――洗濯乾燥で除去できるんですね。ホテルで心配な場合は、服やカバンをビニール袋に入れて縛ると良いって聞いたことあるんですが、これは効果ありますか?

森山:効果あると思います。基本的に彼らは人間が寝ているときに活動するので、心配なら寝る前に荷物をビニール袋に入れるといいかもしれません。あと、トコジラミは血を吸ってるんで、カサブタみたいな黒い糞を残すんですよ。だから、私はホテルでベッドの足元を見てこの黒い点々がついてないか一応チェックしたりします。

――なるほど。でも、カメムシの研究が多いと言っていましたが、シラミも研究しているんですね。

森山:いえ、トコジラミはシラミじゃなくてカメムシの仲間なんですよ。 

――え、そうなんですか!? でも、トコジラミとカメムシってあまり見た目は似てませんが、共通点はどこなんですか?

森山:カメムシ目に含まれるカメムシの仲間は、口がストローみたいになってて、植物もしくは動物の汁を吸って成長するんです。トコジラミは血を吸うカメムシというわけですね。ちなみに、アブラムシとかセミやアメンボもこの仲間に入ってきます。

――セミまでカメムシの仲間なんですか。カメムシの仲間が想像以上に多くて驚きました。

セミの幼虫が何年も土の中で過ごす理由

――セミって毎年夏になると「ああ、いるな」とは思いますが、生態はよく知らないです。どんな特徴があるんでしょうか?

森山:セミって身近な昆虫なんですが、意外とわかっていることが少ないんです。

例えば、セミはオスが大きな音で鳴いてメスを呼び寄せることが有名ですが、メスに近づいてからは鳴き声とは違った小さな音や微振動を出してコミュニケーションしてるといわれています。ただ、メスがどうやってたくさんのオスの中から交尾相手を選んでいるかなど具体的なやりとりについてはわかっていないことが多いです。

――わからないことだらけなんて、身近なだけに驚きです。寿命が1週間というのは良く知られていると思いますが?

森山:巷ではそういうけど、実は成虫って1カ月くらい生きるものもいます。幼虫期間も7年と決まっているわけじゃなくて2、3年のものから7、8年とかもっと長いものが混じっているんです。

――え、そうなんですか! あと、卵はどこに産むんですか? 幼虫が土の中で育つってことは土?

森山:いいえ、木の幹や枝の中です。メスのお尻の先に針があって、これで木に穴を開けて、その中に卵を産んでいるんです。それで、雨で土が軟らかくなる梅雨や秋雨の時期に孵化してにょろにょろっと外に出て、地面に潜って地中生活を始めるんです。

――最初から土の中で孵化しているんだと思っていました。なんでわざわざ木の中に産むんですか?

森山:土の中って雑菌や卵を食べちゃう天敵が多いんですよね。木の中だと、木が防御壁になって外敵から身を守れるので選んでるんじゃないかなと思ってます。

――前から疑問だったんですけど、そもそもなんで何年間も土の中で過ごすんですか?

森山:そこがセミの興味深い点で、植物には栄養を運ぶ師管と水を吸い上げる道管があるんですが、セミは植物の道管液のほうを餌にする珍しい昆虫なんです。幼虫は植物の根っこの道管液を吸って成長しているんですが、これはほぼ水分で栄養分がごくわずかしかないから、大きくなるのに非常に時間がかかると考えられてます。

――そう考えるといくら時間が掛かるとはいえほぼ水分の餌だけで、あんなに大きな昆虫に成長できるのが不思議ですね。

森山:そこに我々の研究している共生微生物が関わっていると考えられています。

最近、人間でも腸内細菌の存在が注目されていますが、昆虫の体内にも共生している微生物がいて、どういう餌を利用できるかというところに深く関わっているんです。

セミの場合は腸内ではなく、お腹の中にブドウみたいなつぶつぶの特別な組織(共生器官)を持っていて、その中に微生物を飼っています。この微生物が、道管液の中に微量に含まれているアミノ酸などの栄養成分を別の足りない栄養素に変えてくれることでセミは成長できると考えられています。

アブラゼミの共生器官。内側(赤色)が共生細菌、外側(黄色)が共生真菌、白色の丸いものが宿主昆虫の細胞核/Credit:産業技術総合研究所

――わざわざ微生物を飼うための器官を身体の中に持っているんですか!? それはすごいですね。セミが持ってる微生物は1種類だけなんですか?

森山:セミの共生器官は二層構造になってて、そこに2種類の共生細菌がいることが知られていました。

ただ、アブラゼミなどいくつかのセミでは、内側にいるのは同じ細菌なんだけど、外側にいるのは真菌だったんです。何で元々は細菌がいたのに真菌に置き換わったのか。実は、遺伝子を調べたところ、この真菌は冬虫夏草の仲間であるとわかったんです。

――冬虫夏草っていうと土中の虫に寄生して成長するちょっとグロテスクなキノコですよね。虫を殺して養分にするんじゃなく、寄生した虫と一緒に生きる道を選んだ奴らがいたということですか?

森山:きっとそうです。元はセミに寄生してたのが、どこかでお互いに利益を得られる相利共生に変わったんだと思います。敵対するより相利共生を選んだ方が進化的に安定でしょうから。

真菌はセミを頑張って成長させて子供を増やせば、自分も増えることができるんで、Win-Winの関係が築ける。セミも菌を住まわせる器官を体内に持つことで道管液のような餌からでも効率的に栄養が得られる。お互いに得する進化がどんどん起こって、複雑なシステムが生まれるわけですね。

――とても興味深いですね。昆虫と共生微生物の研究についてもっと詳しく教えて下さい。

昆虫の体内に棲む共生細菌とは?

――昆虫と共生微生物の研究はいつ頃から始まったんですか?

森山:1900年代前半には当時の人がいろんなものを顕微鏡で観察して、昆虫の体内に微生物がいるって記録してたんです。ただ当時はそれ以上のことはわからなかったのですが、1900年代後半以降、遺伝子を調べる技術が進んだことで共生微生物の分類や働きを推測できるようになったことで、この分野の研究が大きく進んで、論文数も伸びています。

――非常に注目の分野なんですね。セミ以外にどんな昆虫が共生微生物を持っているんですか?

森山:クロカタゾウムシっていう硬いことで有名な昆虫なんですけど、これも細胞の中に共生細菌がいますね。

――テラフォーマーズっていう漫画にも登場した昆虫ですよね? 靴で踏まれても大丈夫とか、鳥に食われても耐えきって糞から出てくるとか。

森山:それです。このクロカタゾウムシは共生細菌がいないと、黒くも硬くもなれないんですよ。黒く硬くなるにはチロシンっていうアミノ酸が必要なんですけど、これを作っているのが共生細菌なんです。

正常なクロカタゾウムシ(左)と外骨格に形成異常が起こったクロカタゾウムシ(右)/Credit:産業技術総合研究所

――セミもそうでしたが、共生細菌が宿主に必要な栄養を作るというのは昆虫の世界ではよくあるんですか?

森山:はい、相利共生では一番よく見られるタイプです。

さっき話したトコジラミも血液という普通の昆虫なら餌にしにくいものを利用しています。

これも彼らの中に棲むボルバキア(Wolbachia)という共生細菌が関係しています。餌が血液だけだと、ビタミンB類が不足してしまうんです。でも、トコジラミの中ではボルバキアがアミノ酸などの栄養素をもらう代わりに、宿主にビタミンB類を作ってあげるという働きをしています。

――ボルバキアって宿主をオスからメスに性転換させたりオスを殺したりするやつですよね? 共生というより寄生のイメージが強いですが。

森山:トコジラミの場合、寄生性だったボルバキアのうち、たまたま近くにいたビタミンBを合成できる別の微生物の遺伝子を取り込めた者が共生細菌になったと考えられています。これは進化の観点から見るとあり得なくはないが、かなり確率は低くて非常に珍しいケースだったと思います。

しかしこの共生が、カメムシの仲間でありながら、吸血性という特殊なトコジラミの食性を支えていると考えられます。

――先程のセミの体にも共生細菌のための専用器官があると話されていましたが、共生細菌は生物の進化の仕方にまで関わっているんですね。しかし細菌自体は遺伝子で引き継ぐわけにいかないし、どうやって後世に引き継いでいるんでしょうか?

昆虫と共生細菌はお互いになくてはならない相棒

――細菌は遺伝子で伝えるわけにはいかないですよね。どうやって昆虫たちは共生細菌を次世代に引き継ぐんですか?

森山:例えばマルカメムシは、卵と一緒に共生細菌を詰め込んだ黒いカプセルを産むんです。それを孵化した幼虫がチューッと吸って、必要な共生細菌を取り込む仕組みを持ってます。

黒いカプセルから共生細菌を吸うマルカメムシの幼虫/Credit:産業技術総合研究所

――では昆虫は、共生細菌も次世代に引き継げる仕組みまで進化で獲得していったんですね。

森山:はい。そうやって進化の過程で代々引き継がれることで、カメムシと一緒に共生細菌も進化し続けています。だから、もしカメムシが2種に種分化したら共生細菌もそれぞれに引き継がれて種分化していく、ということが起こるんですね。

――カメムシは細菌を住まわせるための共生器官を体内に持っているってことでしたが、この器官は孵化した時点で出来上がっているんですか?

森山:いいえ。チャバネアオカメムシの場合は、腸の一部が共生器官になっているのですが、成長の過程でその構造が複雑に変化します。面白いのは、幼虫のうちは腸の前半と後半の共生器官の接続部が閉じていて別々の構造になってるんだけど、成虫になると接続部が開くんです。

この接続部が閉じていると、食物が通れず全部そこで止まっちゃう。だから、幼虫の時は便秘なんだけど、成虫になってここが開通して初めてウンチができるようなるわけです。

共生器官の構造変化/Credit:産業技術総合研究所

――激変するんですね。その他にも成虫になると羽が生えたり、なぜこれ程劇的な構造変化が必要なんですか?

森山:成虫でもっとも大事なことは子孫をたくさん残すこと。だから、羽を使って飛んでいって、栄養価の高い餌をどんどん食べて、たくさんの卵を産むことができる個体が有利になるんです。

幼虫の時は、まだ共生器官のつくりも単純なので、食べ物とは混ぜずに、共生細菌を安定的に増やしたいので、腸と共生器官の接続部を閉じておいた方が良いのではないかと思っています。

――ではどの種のカメムシも同じようにこの接続部の構造を変化させるんですか?

森山:いいえ、マルカメムシなど接続部が閉じたままの種もいます。なので、成虫になっても接続部を閉じたままというのがもともとの形で、チャバネアオカメムシのように構造を変えられるように進化したカメムシでは、よりたくさんの卵を作れるようになり、繁栄したと考える方が自然だと思ってます。

――生き残り戦略の違いですね。もはやカメムシと共生細菌はどちらかが欠けても生きていけないんですか?

森山:そうなんです。例えばマルカメムシの場合は、共生細菌が餌に不足する必須アミノ酸を作ってくれるので、共生細菌がいないとちっちゃい幼虫のまま成長できなくなります。

カメムシは共生細菌がいれば足りない栄養を補ってくれるから、他の虫が食べないような変わった餌だけを食べるようになる。

細菌の方も、共生し始めの時はカメムシの体外でも生きていけたと思うんですけど、ずっとカメムシの体内でぬくぬく暮らすうちに、外の厳しい環境で暮らすための遺伝子が失われて、自分だけでは生きていけなくなってしまいます。

こうやってお互いがどんどん依存するようになって、最終的にはもうどっちかがいないと生きていけない強い共生関係が築かれます。そこまで強固な関係は、必須相利共生と呼ばれます。

――まさに運命共同体なんですね。進化って環境に合わせて変化していくものって印象だったので、細菌の影響でこんなに生物が変化してしまったというのは驚きですね。まだまだ謎がありそうです。

森山:そうですね。最初に共生が成り立つところがどうなっていたかは今後研究していかなきゃいけないところだと思ってます。

多分もともとは、近くにいる雑多な細菌を毎世代自分で探して吸っていたんじゃないかと思います。それがいつの間にかお母さんが大事な細菌だけを子供に受け渡すようになったり、カプセルの中に詰めて渡してくれるようになったから、今のような強固な共生関係になったんではないかと考えています。

――進化の過程にはどんな秘密が隠されているのか、興味が尽きませんね。

本日は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。虫はあまり好きじゃないという人にも、この記事をきっかけに虫に興味を持ってもらえたら嬉しいですね。

森山:自分もそうだったんですけど、何も知らずに虫を毛嫌いしてる人、何も知らない故に恐怖感を持っちゃっている人って多いと思うんです。でも実はそこを一歩乗り越えると、綺麗な虫とか、面白い行動をする虫とか、変わった生き様の虫とか、本当にいろんな昆虫がいて、結構楽しい世界が広がっているんじゃないかなと感じています。

――本当にその通りだと思います。最後に、昆虫共生研究の面白さはどんなところですか?

森山:生き物と生き物のインタラクションって知れば知るほど複雑だし、人間関係にもどこか通じるところがあると思うんですよね。

生き物と生き物がうまく手を携えて生きていく。見た目だけ仲良くするっていうのじゃなくて、本質的にどういうふうにあればお互いが仲良くWin-Winの関係を築けるのか?そういうものを学ぶ機会にもなると思うんです。そういう意味でも共生研究は楽しい分野だと思っています。

 

昆虫は身近な存在だけにわかったつもりになってしまいがちですが、実はいまだに解明されていないことが多く、昆虫の世界は謎だらけです。

もしかしたらちょっと疑問に思って調べたことが、大発見につながるかもしれません。

虫が苦手な人や大人になって興味が薄れてしまった人も、一歩踏み出してみると今までの誤解が解けたり、面白い知識に出会ったりすることができるかもしれませんね。

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ライター

門屋 希実: 大学では遺伝学、鯨類学を専攻。得意なジャンルは生物学ですが、脳科学、心理学などにも興味を持っています。科学のおもしろさをわかりやすくお伝えし、もっと日常に科学を落とし込むことを目指しています。趣味は釣り。クロカジキの横に寝転んで写真を撮ることが夢。

編集者

産総研マガジン編集部: 日本最大級の国立研究機関、産業技術総合研究所。通称:産総研。ぶらぶら歩いてその土地の地質を紹介する番組に出演したり、腰の筋トレに役立つ「あえて歩きにくい靴」を運動靴メーカーと共同開発したり。「さんそうけん」の名前を知らないあなたの身近にも、すでに研究成果が生かされている…そんな研究所です。

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