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量子の「超挙動」は一見何もないところからエネルギーを生み出せる


アメリカのチャップマン大学の研究で、量子力学の世界における「スーパーエネルギー」現象が理論的に証明されました。これは、低エネルギーの量子波を大量に重ね合わせることで、特定の領域で高エネルギーが発生する現象を示しています。面白いことに、これらの高エネルギーは量子干渉によるものであり、エネルギー保存則に反しません。研究は『Physical Review A』に発表され、将来的に量子系の超解像や新しい技術の可能性を示唆しています。しかし、この理論を実験で確認するには課題が残ります。研究は量子力学の理解を深め、エネルギーの集中や再配分の新たな可能性を開拓するものです。

量子力学の世界では「1+1が10になる」ような抜け道が潜んでいました。

アメリカのチャップマン大学(Chapman U.)で行われた研究によって、ほとんどエネルギーを持たない穏やかな量子の波を山ほど重ねるだけで、その一角が上限をあっさり飛び越えて高エネルギーを噴き出す――まるで“無”からエネルギーが湧き出すような「量子の超挙動」が理論的に証明されました。

いわば静かなオーケストラの合奏が、舞台の片隅だけでいきなり大音量のソロを響かせるようなものです。

全体はほぼゼロなのに、なぜ一部だけがこんな「はみ出しエネルギー」を生み出せるのでしょうか?

研究内容の詳細は『Physical Review A』にて発表されました。

目次

  • 超振動から超挙動へ
  • 量子の超挙動が無からエネルギーを作り出す
  • 理論は完成したが実験が課題

超振動から超挙動へ

超振動から超挙動へ
超振動から超挙動へ / Credit:clip studio . 川勝康弘

私たちが日常で目にする物質も、量子の視点では波として振る舞います。

量子力学によれば、状況次第であらゆる物体が波のような性質を示し、その波の性質(重ね合わせや干渉)が常識では考えられない奇妙な現象を生み出します。

その一つが「スーパーオシレーション(超振動)」と呼ばれる現象です。

通常、ある波に含まれる振動の速さ(周波数)には上限があります。

ところがスーパーオシレーションでは、全体としては高速な振動成分を持たない波が、局所的にはその上限を超えて振動することが可能です。

まるでマジックのようですが、これは1990年ごろイスラエルの物理学者ヤキール・アハロノフ博士らによって提唱され、量子論や弱測定の研究の中で注目され始めました。

最近では、この効果を光学系に応用することで回折限界を超える「超解像」が実現できる可能性が示されるなど、様々な分野で研究が進んでいます。

今回の研究を主導したアンドリュー・ジョーダン博士(カリフォルニア州チャップマン大学)らのチームは、このスーパーオシレーションの概念を発展させ、量子力学における任意の観測量について「通常の上限を超える超現象(superphenomena)」が起こり得るかを調べました。

言い換えれば、エネルギーや角運動量といった物理量においても、“ありえない”値が現れる「量子の超挙動」が起きるのではないかという問いです。

研究チームはまず理論的枠組みを整えた上で、運動量とエネルギーの二つを例に、その「超挙動」によって通常の最大値を上回る結果が得られることを示しました。

特にエネルギーに関する発見は衝撃的です。

エネルギーは物質の状態を決定づける重要な量で、本来なら低エネルギー状態の組み合わせから高エネルギーが生まれることはないと考えられます。

しかしジョーダン博士らは、量子の重ね合わせによってその「ありえないはずのエネルギー」を生み出す方法を見出そうとしたのです。

量子の超挙動が無からエネルギーを作り出す

量子の超挙動が無からエネルギーを作り出す
量子の超挙動が無からエネルギーを作り出す / Credit:clip studio . 川勝康弘

研究チームは量子論でよく用いられる調和振動子(バネに繋がれた物体の量子的モデル)に着目し、理論計算を行いました。

調和振動子にはエネルギー固有状態が無数に存在しますが、その中からエネルギーがほぼゼロに近い状態だけをいくつも選び出し、それらを重ね合わせた特殊な量子状態を構成しました。

その結果、驚いたことに重ね合わせる状態の数を限界まで増やしていくと、最終的に“ちゃんとした”エネルギーを持つ波へ落ち着くことが計算でわかったのです。

研究論文の中で、著者たちはこの現象を「無からエネルギーを作り出す」状態と表現しています。

では、エネルギーが「無から湧く」とはどういうことでしょうか?

この量子状態を例えるならば、特殊な量子の波はまるで舞台の照明と言えます。

たとえばスポットライトが当たったところでは光が集まってまぶしいほど明るく(=エネルギーが高く)なるのに、ライトが当たらない客席は暗がりのまま(=エネルギーがほとんどゼロ)……という感じです。

粒子の波動関数(粒子の状態を記述する波のようなもの)が重ね合わせを増やすほど、高エネルギーが現れるエリアを少しずつ広げられる余地がある一方で、それ以外の領域では波同士が打ち消し合いほとんどエネルギーを持たないように作られています。

そして高エネルギー部分ではその広がった余地を利用することで、瞬間的に場違いな超高エネルギー粒子を生成できるわけです。

言い換えれば、穏やかな量子の波を巧みに足し合わせて、ある場所だけにエネルギーが「無から生まれる」ように見せているのです。

量子の超挙動は古典物理の外れ値とどう違うのか?

古典系で「外れ値」と呼ばれるものは、サイコロを振って 100 回中 90 回も6が出るような“めったに起きない統計的偏り”です。確率分布の端っこにたまたま引っかかっただけなので、どんなに驚く結果でも――あらかじめ決まっている範囲を超えることはありません。一方、量子の超挙動は「めったに起きない」点では似ていますが、本質は統計の振れ幅ではなく波どうしの干渉が生む“設計された錯覚”にあります。低エネルギーの波を綿密に重ね合わせると、全体のエネルギー帳尻は合わせたまま、ある場所だけが理論上の上限をすり抜けて“高エネルギースポットライト”のように輝きます。ここでは確率分布の外へ飛び出すのではなく、波の位相と強さをミリ単位でそろえた結果として、平均値の檻を局所的に“抜け穴”に変えてしまうのです。つまり古典的な外れ値は偶然の産物で必ず元のレンジにとどまりますが、量子の超挙動は干渉という道具でレンジそのものの隙間を作り出し、一瞬だけ“ありえない”値を実体化させる――そこが決定的な違いです。

別のたとえでは、水面のさざ波同士が重なって一瞬だけ大きな波しぶきを作る様子とも言えます。

たとえば海でも大きな波しぶきは一見すると突然エネルギーが生じたように見えますが、実際には周囲とのエネルギーのやり取りで成り立っています。

同様に、この量子状態では全体としてほとんどエネルギーを持たないはずの系に、局所的にエネルギーが集中しているのです。

(※全体ではエネルギー保存則をきちんと守っていますが、局所的な再配分を行うことでほとんどエネルギーを持たない系でも高エネルギー粒子出現が実現します。実際、その量子状態では調和振動子全体としてのエネルギーは有限で、きちんと収束することが確認されました。)

研究チームはこの状況を定量的にも確認しました。

エネルギーの計算方法を工夫し、粒子が特定の空間領域に存在すると仮定した場合の期待エネルギーを求めると、その値は確かにゼロではなく有限の大きさになります。

一方、量子状態を構成している個々の低エネルギー成分を足し合わせると、全体のエネルギーはほとんどゼロに打ち消しあってしまうことも計算で示されました。

つまり全体のエネルギーは僅かになり、理論上ほとんどゼロに近づいていくのに、空間の一部に限ればエネルギーが取り出せるという、一種のトリックが働いているわけです。

この現象を別の角度から見ると、エネルギーの高い領域では時間的な振る舞いにも特徴が現れていました。

量子の世界ではエネルギーが高いほど波動関数の時間変化(振動)が速くなりますが、まさにその領域の波動関数は非常に高い周波数で時間振動(超高速のゆらぎ)していたのです。

研究チームは、この「スーパーエネルギー」状態では時間方向においても時間についても同じ現象が起きるが、とても短い時間に限られており、エネルギー値と振動速度の関係がプランク定数を通じて一致することを確認しました。

これは理論の一貫性を示す興味深い結果で、エネルギーの超挙動を持つ状態は時間的にも異常な振る舞いを示すという、新たな知見と言えます。

理論は完成したが実験が課題

理論は完成したが実験が課題
理論は完成したが実験が課題 / Credit:clip studio . 川勝康弘

今回の成果は、量子力学におけるエネルギーの概念について新たな視点を提供するものです。

低エネルギー状態ばかりを集めても、その重ね合わせ次第で高エネルギーが現れ得るという事実は、量子の重ね合わせ原理の奥深さを物語っています。

しかし重要なのは、この現象が決してエネルギー保存則に反する「魔法」ではないという点です。

エネルギーは全体として見れば帳尻が合っており、特定の場所に一時的に集中して現れるだけで、どこか別の場所ではその分エネルギーが相殺されています。

ジョーダン博士は「量子力学の奇妙さがまた一つ明らかになりました。全体としては微小なエネルギーしか持たないはずの系に、局所的とはいえ大きなエネルギーが潜みうるのです。まるで無からエネルギーが湧いて出たように見えますが、もちろん実際には量子の干渉によるトリックであり、自然の法則を破るものではありません」と強調しています。

また狙った粒子を後から拾い出せる確率が極端に低いため、実験では膨大な回数をやり直す必要もあるでしょう。

それでも、量子力学の可能性としてエネルギーの再配分や集中現象を巧みに利用できる道が開けたことは大きな意義があります。

研究チームは、今回の成果が将来的に量子系の超解像などに役立つ可能性を示唆しています。

例えば今後、この量子の超挙動を利用して、通常は高エネルギーでないと検出できないような微細な物理現象を、低エネルギーのまま観測する技術につながるかもしれません。

さらに研究が進めば、量子の波を自在に制御してエネルギーを必要な場所に集中させるといった新奇なテクノロジーが生まれる可能性もあるでしょう。

量子力学の奇妙さを体現するこの「スーパーオシレーション」や「スーパーエネルギー」の研究は、今後も私たちの直感を覆すような発見をもたらしてくれそうです。

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元論文

Superphenomena for arbitrary quantum observables
https://doi.org/10.1103/PhysRevA.110.012206

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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