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量子世界では鏡の中心で本物と鏡像が溶け合う観測不能ゾーンが発生する


スウォンジー大学の研究により、量子ノイズを大幅に低減する新しい手法が見つかりました。この方法は、量子力学の不思議な性質を利用するもので、ナノ粒子を半球形鏡の中央に配置し、光学的にトラップするというものです。この配置により、粒子の“実像”と“鏡像”が区別できなくなり、粒子からの光情報が消えるため、量子バックアクション(光による粒子への撹乱)がほとんど起こらなくなります。この現象のおかげで、量子センサーの精度向上や、大きな質量を用いた量子実験が可能になると期待されています。この手法は、MAQRO計画のような量子-重力研究や超高感度センサー開発に応用される可能性があります。研究チームは現在、理論を実験的に検証する準備を進めています。

鏡に映った光が“偽物”なのか本物なのか区別がつかなくなる――そんな量子力学の不思議な現象を活かし、ナノ粒子の量子ノイズを大幅に低減する手法が明らかになりました。

イギリスのスウォンジー大学(SU)で行われた理論研究によって、粒子の“実像”と“鏡像”が重なり合い、光を当てても位置情報が得られない状態を作り出せる可能性が示されました

さらに興味深いことに、観測装置が粒子の細かな動きを捕捉できなくなると、それまで粒子を乱していた光のバックアクションがほとんど消えてしまうこともわかりました。

通常、ノイズがあるから観測が上手くいかないのですが、実像と鏡像の区別ができなくさせる観測の不可能性が出てくるとなぜかノイズも一緒に消えてしまうという、一見すると因果に逆らう結果が得られたのです。

本物と鏡像が溶け合ったこの測定不能ゾーンで何が起きているのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年4月11日に『Physical Review Research』にて発表されました。

目次

  • 量子計測の宿敵:バックアクションとの闘い
  • 鏡の中心で量子ノイズが蒸発した──“測れない”から“揺れない”へ
  • 情報と擾乱──量子取引の新レート

量子計測の宿敵:バックアクションとの闘い

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Credit:Canva

近年、レーザー光で極小の粒子を空中に閉じ込めて精密に操る「浮揚オプトメカニクス」と呼ばれる実験手法が注目されています。

粒子が物理的に接触するものがないため熱の影響が抑えられ、粒子運動を量子の基底状態(最低エネルギー状態)まで冷却することにも成功しています。

これにより、ナノ粒子は極めて高品質な振り子(メカニカル・オシレーター)として機能し、微小な力の検出(例えば重力波や暗黒物質の探索)や、大きな質量の量子現象の検証といった、これまで困難だった実験への応用が期待されています。

しかしこうした測定では、観測に用いるレーザー光そのものが粒子をランダムに押したり引いたりしてしまい、粒子の運動状態(位置や速度)に乱れを与えます。

これが量子バックアクションであり、測定の不確かさ(ノイズ)とトレードオフの関係にあります。

量子力学の不確定性原理によれば、この撹乱ノイズと測定精度の積はある極限値(Heisenberg測定限界)以下には下げられません。

実際、レーザー冷却で粒子の運動を基底状態まで静めても、観測によるわずかな光の反作用が粒子に再びエネルギーを与え、量子状態の保持時間を制限してしまうことが報告されています。

したがって量子バックアクションを抑制することは、量子計測やセンサー応用のさらなる高精度化において非常に重要な課題となっています。

こうした背景から、世界中の研究者たちは量子ノイズ低減の新たな方法を模索してきました。

例えば、観測に用いるレーザー光を特殊なスクイーズド光(量子ゆらぎの片側だけを小さく絞った光)にすることで粒子が散乱する情報を巧みに制御し、バックアクションを低減する提案がなされています。

スクイーズド光とは?

光は「明るさ」と「波のタイミング」という二つのゆらぎを必ず少しずつ抱えていますが、スクイーズド光はこのゆらぎを片方だけ細く「絞る」ことで、もう片方にしわ寄せを集めた特別な光です。たとえばタイミングの揺らぎをぐっと抑えれば、そのぶん明るさの揺らぎは増えますが、時間を測る精度は飛躍的に上がります。逆に明るさの揺らぎを絞れば、光子の数をきわめて正確に数えられるようになります。この“ゆらぎの配分替え”は量子力学が許すギリギリの線で行われ、重力波検出や量子通信の感度を押し上げる切り札として活躍しています。

また粒子そのものの形を工夫し、球ではなく平たい六角形の板を浮かせることで光の放射パターンを変え、バックアクションが作用する空間領域を限定する試みも報告されています。

しかしレーザーによるトラップ光自体は維持したまま、この測定バックアクションプロセスを抑制・制御する道は、まだ十分に開拓されていないのが現状です。

スウォンジー大学の物理学研究チーム(著者ら)は、この問題に対し鏡を使うというユニークなアプローチで挑みました。

量子真空のゆらぎによる粒子への作用は、その粒子を取り囲む環境(素材や幾何形状)によって変化しうることが理論的に示唆されています。

例えばある研究では、球状の鏡の中心に原子を置くと自発的な光放出が完全に抑制されるとの予測も報告されていました。

著者らはこのヒントに着目し、球面鏡の中心に粒子を配置すればバックアクション雑音も抑制できるのではないかというアイデアを検証しました。

新たに発表された論文では、球面鏡による光学的な構造化環境が粒子の光散乱と情報の流れに与える影響を詳細に解析し、その結果として量子ノイズの劇的な低減が可能になる条件を突き止めたと報告しています。

鏡の中心で量子ノイズが蒸発した──“測れない”から“揺れない”へ

鏡の中心で量子ノイズが蒸発した──“測れない”から“揺れない”へ
鏡の中心で量子ノイズが蒸発した──“測れない”から“揺れない”へ / 中央に球状粒子を配置した曲面鏡から反射された定在光波を示す図。0と1で表される情報の流れがシステムから出力されます。/Credit:Credit: Dr James Bateman

調査にあたってはまず、半球状の球面鏡の内部中心にナノ粒子を置き、外部から鏡の中心へ向けてレーザー光を照射する過程を想定しました。

レーザー光は鏡面で反射して往復することで定在波を形成し、その強度が鏡の中心でちょうど最大となるように調整されています。

この強い光の「お椀」の中に粒子を閉じ込めることで、粒子はあたかも鏡の中心に宙に浮いたように安定化します(光学トラップされます)。

重要なのは、鏡が半球状すなわち空間全体の半分を覆うほど十分に粒子を囲んでいることです。

著者らの理論解析によれば、このような条件が満たされるとき粒子に働く量子バックアクションの強さ(粒子へのランダムな光の反作用力)が大幅に低減し、理論上ほぼゼロにまで抑えられることが分かりました。

なぜ鏡で囲むことで量子ノイズが消えてしまうのでしょうか。

鍵は「粒子と鏡に映った粒子像の区別がつかなくなる(粒子自身から光が運んでくる情報と、鏡に反射されてやってきた情報の区別ができなくなる)」点にあります。

半球鏡の中心に粒子を置くと、その粒子から出た光(散乱光)が鏡で反射し、再び粒子のもとに集まってきます。

鏡が条件通りに設計されていれば、反射光は粒子からの散乱光と同位相で重なり合い、両者が完全に一致します。

その結果、観測者(例えば鏡の外側で散乱光を検出するセンサー)にとって、粒子が放った光と鏡からの反射光を区別することができなくなります。

言い換えれば、粒子の “ありか” を示す光のゆらぎが丸ごと覆い隠されるため、位置情報を読み取れず、粒子が「見えない」状態になります。

そしてそのような状況になれば、情報を奪い合うことから生じる量子バックアクションも起きなくなるというわけです。

研究チームのラファウ・ガイエフスキ氏は、鏡の中心に粒子を置くことで「測定が不可能になれば、ゆらぎも消える」と表現しています。

観測装置が位置情報を引き出せないならば、測定によるランダムな“キック”も発生せず、量子の揺らぎは極限まで小さく抑えられます。

これは粒子の動きを光で見る方法が失われれば、粒子を乱す要因そのものが消えてしまうという逆説です。

線形な位置測定が不可能になると、測定に起因する粒子への反作用(撹乱)も同時に極限まで小さくなると考えられます。

これこそが鏡によって量子バックアクションが「音もなく」消える仕組みです。

仕組みをより具体的に解説

実像と鏡像が溶け合って位置の手がかりが得られなくなるとき、その領域ではそもそも観測に必要な情報が光から抜け落ちてしまいます。測定できない以上、測定によって粒子を“蹴る”ような作用も発生しません。言い換えれば、粒子を乱す原因が「測定という行為」だとすれば、測定不能な状態ではその乱れ自体が生じなくなるのです。「どこにあるかを知ろうとする過程があるからこそ、粒子が揺さぶられる」という量子力学の基本原理が、極端なかたちで現れているといえます。つまり観測の仕組みと撹乱は表裏一体であり、ひとたび観測そのものが成立しなければ、撹乱もともに消えてしまう――これが“本物と反射の区別がつかない”測定不能ゾーンの正体なのです。(※因果律は保たれていますが量子力学の新たな不思議が強調される結果になったわけです)

この現象について、論文の第一著者であるラファウ・ガイエフスキ氏(スウォンジー大学物理学科博士課程)「我々の研究から、測定が不可能な状況を作り出せれば撹乱も消えることが示されました。理論モデルでは、半球状の鏡の中心に粒子を置いて光学的に閉じ込めたとき、ある特定の条件下で粒子が鏡像と完全に同一となり、散乱光から位置情報を取り出せなくなります。このとき量子バックアクション(測定による微小なキック)は同時に消滅するのです」と述べています。

つまり「測れなければ、押されることもない」というわけです。

著者らの解析によれば、完全なバックアクション抑制が成立するにはいくつかの重要な条件があります。

第一に、上述のように鏡は粒子を半球状に覆う十分な大きさ(空間全体の二分の一の立体角をカバー)を持ち、かつ理想的な高い反射率を有する必要があります。

鏡の反射率が不十分だと、一部の光が鏡を透過・吸収して逃げてしまい、効果が減少するためです。

第二に、粒子が配置される位置はレーザー定在波の強度が極大となる“波の腹”に合わせる必要があります。

著者らは鏡のサイズやレーザーの焦点位置を適切に選べばこの条件を満たせることも示しています。

興味深いことに、これらの条件が整った系では散乱光の強度が最大になるにも関わらず、肝心の位置情報だけが完全に欠落します。

一見すると「光をたくさん当てて測定しているのに、何も分からない」という逆説的な状況ですが、量子論はこの情報と撹乱のトレードオフを厳格に律しています。

実際、本手法で実現する状態は、測定の精度と撹乱の関係が不確定性原理の限界値(ヘイゼンバーグ極限)にちょうど一致することも確認されました。

レーザー光の強度(測定の「明るさ」)を下げたりすることなく、環境側の工夫だけでこの量子限界に到達できた点は特筆に値するといえます。

情報と擾乱──量子取引の新レート

情報と擾乱──量子取引の新レート
情報と擾乱──量子取引の新レート / Credit:clip studio . 川勝康弘

今回の研究は、「どれだけ物体に関する情報を引き出せるか」という測定の情報量と、「それによってどれだけ物体を撹乱してしまうか」という擾乱の大きさが密接に結び付いていることを改めて示しました。

この関係自体は不確定性原理の基本にほかなりませんが、特に注目すべきは「光の散乱を最大化したときにバックアクションが消える」という直感に反する振る舞いが具体的に示された点です。

研究指導者であるジェームズ・ベイトマン博士は「本研究は、量子力学における情報と擾乱の関係について根本的な事実を明らかにしました。特に驚くべきことに、散乱光が最大になるまさにそのときに量子バックアクションが消失したのです。これは直感に反する現象です」とコメントしました。

さらに博士は「量子オブジェクト(粒子)の周囲環境を工夫することで、その物体に関する利用可能な情報を制御でき、したがってそれが受ける量子ノイズも制御できることを示しました。この発見によって、新たな量子実験の可能性が開け、より高感度な測定にもつながるでしょう」と述べ、環境エンジニアリングによる量子計測の新展開に期待を寄せています。

今回提案された鏡によるバックアクション低減手法は、量子計測や量子制御のさまざまな分野で応用が見込まれています。

例えばこの手法により、原子よりはるかに大きな物体でも量子状態(重ね合わせ状態など)を生成・維持できると考えられています。

前例のない大きな質量スケールで量子力学の基本原理を検証できると期待されています。

量子論と重力の境界領域(量子重力の予兆となる現象)を探る実験が可能になると考えられています。

極めて微小な力を検出する超高感度センサーを開発できる可能性があります。

特に、大型の物体を量子的な振る舞いのまま宇宙空間で観測しようという野心的な計画に、本研究の成果が役立つ可能性があります。

例えば欧州で提案されているMAQRO(マクロ量子振動子)計画は、これまでで最大規模の物体を用いて量子物理の原理を検証しようとする人工衛星ミッションであり、バックアクションの抑制技術がその成否を左右すると期待されています。

現在、研究チームはこの理論的な手法を実験的に実証すべく準備を進めており、将来的な実用化に向けて新世代の量子センサー開発を視野に入れています。

本研究は、前述の「浮揚オプトメカニクス」という新興分野の流れの中に位置付けられます。

レーザーで真空中に粒子を浮かせて巧みに制御するこの技術により、科学者たちは粒子の運動を極限までコントロールし、量子状態の保持や室温での量子現象観測などに次々と成功しています。

バックアクションによる量子ノイズの“沈黙”という今回の発見は、そうした精密制御技術に新たな地平をもたらすものです。

大きな物体の量子現象を探究し、未知の物理や超高感度計測に挑む科学の最前線に向けて、鏡に浮かぶナノ粒子が静かに道を照らし始めています。

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参考文献

Quantum Noise? Vanished – Inside the Mirror Experiment Rewriting Physics
https://scitechdaily.com/quantum-noise-vanished-inside-the-mirror-experiment-rewriting-physics/

元論文

Backaction suppression in levitated optomechanics using reflective boundaries
https://doi.org/10.1103/PhysRevResearch.7.023041

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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