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複数の量子もつれ属性を同時に持つ「超量子もつれ」状態を作成


カリフォルニア工科大学(Caltech)の研究チームは、原子ペアに複数の性質を持たせる「超量子もつれ(ハイパーエンタングルメント)」を実証しました。この現象では、原子の「運動状態」と「電子状態」が同時にもつれ、情報量が飛躍的に増加します。これは量子コンピュータの効率化や量子通信プロトコルに応用が期待されています。本研究では光学トラップを用いてストロンチウム原子を並べ、その内部状態と運動状態をもつれさせることに成功しました。なお、この成果は原子のような質量を持つ物質での初の実証であり、量子技術への応用が注目されています。

アメリカのカリフォルニア工科大学(Caltech)で行われた研究によって、1対の原子の間に2つの異なる種類の属性の「量子もつれ」を二重に繋げることに成功しました。

まるで双子の兄弟が、苗字に加えてファーストネームまで同じになってしまったかのように、2つの原子が複数の性質でペアを組んだのです。

この多重の量子もつれ「ハイパーエンタングルメント(超量子もつれ)」と呼ばれるこの現象を、物質系の原子としては初めて実証することに成功したのは初めてとなります。

研究者たちはいったい原子のどんな性質をもつれさせたのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年5月22日に『Science』にて発表されました。

目次

  • なぜ超量子もつれが次のゲームチェンジャーか
  • 量子もつれを“2段重ね”にする意味
  • 量子HDDへのロードマップ

なぜ超量子もつれが次のゲームチェンジャーか

なぜ超量子もつれが次のゲームチェンジャーか
なぜ超量子もつれが次のゲームチェンジャーか / Credit:clip studio . 川勝康弘

まず量子もつれとは何でしょうか?

量子もつれ(エンタングルメント)とは、離れた粒子同士があたかも見えない糸でつながっているかのように状態が連動する現象です。

たとえば一方の粒子の状態を測ると、もう一方の粒子の状態も瞬時に決まります。

その様子はまるで遠く離れた双子が同じタイミングで同じ行動をとるような不思議さで、アインシュタインが「遠隔幽霊作用」と呼んだほどです。

従来の量子もつれでは一種類の性質(自由度)についてのみ相関が生じます。

典型例はスピン(粒子の持つ微小な磁石の向き)のもつれで、一方が上向きなら他方は下向き、といった具合です。

ところがハイパーもつれ(超もつれ)では、複数の性質にまたがって同時にもつれが生じます。

これは言わば二重の絆です。

一組の粒子ペアが「二人とも名前が同じうえに車のタイプまで同じ」ような、二つの特徴がリンクした双子状態になるのです。

別の比喩をすれば、遠く離れた二人が不思議にも同じ色の青い靴下を履いているようなものだとも言えます。

たとえ片方の靴下は木綿でももう片方はウールだとしても、色という属性だけはピタリと揃っている──そんなイメージです。

実はこのように「情報の素材が違っても特定の性質を共有する」ことこそ、量子もつれの醍醐味であり、量子技術の鍵となります。

ではなぜ超量子もつれが重要視されるのでしょうか?

理由の一つは、一組の粒子から得られる情報量を飛躍的に増やせるからです。

エンタングルメントが一種類ではなく二種類あるということは、実質的に一対の粒子で二組分のもつれを持つようなもので、量子コンピュータで扱える量子ビット数が倍増する効果があります。

また超量子もつれ状態は、量子通信におけるスーパーデンスコーディング(1対の粒子で通常の2倍の古典情報を送る手法)や、離れた場所で複数の量子リンクを一度に確立する高度な通信プロトコルにも応用が期待されています。

しかし、これまで超量子もつれの実証は主に光子(光の粒)でしか成功しておらず、質量を持つ原子やイオンといった物質系では達成されていませんでした。

原子同士で複数の自由度にもつれを実現するには、極めて精密な制御技術が必要だからです。

今回カルテックの研究グループは、そうした技術的ハードルを乗り越え、「原子の内部状態」と「原子の運動状態」を同時にもつれさせる初の実験に成功しました。

量子もつれを“2段重ね”にする意味

量子もつれを“2段重ね”にする意味
量子もつれを“2段重ね”にする意味 / Credit:clip studio . 川勝康弘

では具体的に、研究チームはどのように原子を超量子もつれさせたのでしょうか。

実験に使われたのはストロンチウム原子(アルカリ土類元素の一種)です。

これらの原子を39本のレーザー光で構成された「光学トラップ(光のピンセット)」に閉じ込め、一直線に並べました。

光の力で原子を一つずつ捕まえて配列するこの技術は光学トゥイーザー(光ピンセット)と呼ばれ、近年の量子コンピューティングや精密計測で活躍しています。

しかし、どんなにレーザーで冷却しても原子はわずかにプルプルと振動する(熱による“じたばた”運動)ため、完全には静止させられません。

この微妙な振動は量子状態の制御を乱すノイズとなり、長年研究者を悩ませてきました。

研究チームはこの「厄介者の振動」を逆手に取るという発想の転換を行いました。

まず、原子を従来法より一段優れた方法で極限まで冷却し、ほとんど動かない状態にします。

鍵となるのは「エラージャ冷却(erasure cooling)」と呼ばれる新手法です。

これは一種の「いちいち測って訂正」する手法で、装置内の原子の運動エネルギーを一つひとつ測定し、それに応じて個別に操作を加えて振動を取り除くことにより、全体を冷却するというものです。

非常に手間がかかりますが、確実に全体を冷却するのにあたり非常に有効な手法です。

研究チームによれば、この方法は従来のレーザー冷却だけを用いた場合を大きく上回る精度で原子を静止状態に近づけられるといいます。

こうしてほぼ完全に静止した状態まで冷やすことに成功し、温度にして絶対零度(-273.15℃)にごく近い極低温に到達しました。

次に研究者たちは、静止した原子に対してあえてわずかな“揺らぎ”を与える操作を行いました。

それは、原子をあたかも振り子のように小さく揺り動かすことで、量子力学に基づく重ね合わせ(スーパーポジション)の振動状態を実現するためです。

振幅は数十ナノメートル程度と推測され、ごく小さいものですが、原子にとっては確かに揺れとして認識されます。

この状態を解説するなら、ちょうどブランコを両側から同時に押すようなイメージに近いでしょう。

こうした振動の重ね合わせを与えられた複数の原子たちは、ペアになるよう隣同士で量子もつれ状態を作り出されました。

具体的には、ある原子Aの振動状態と、少し離れた位置にある原子Bの振動状態とがもつれ合い、お互いの運動がミクロの振り子同士で同期するような相関関係が生まれたのです。

距離にして数マイクロメートル離れていても、量子もつれによって振動のパターンが結び付きます。

そして最後の決め手として、各原子の内部の電子状態(エネルギー準位)についてもペアで量子もつれさせました。

これにより、原子Aと原子Bは「運動状態」と「電子状態」の二つの自由度で同時にもつれたことになります。

振動のパターンでもペア、内部状態でもペア──二重にもつれた超量子もつれペアというわけです。

運動状態でも電子状態でも「もつれる」とは?

イメージとしては、二つの小さな鈴が同じテンポでチリンチリンと振れているようなもので、もし A が「右➔左➔右」と動けば、B も必ず同じタイミングで「左➔右➔左」と動きます。(※この場合は逆の動きにもつれるように調節した場合です。Aと同じようにBも「右➔左➔右」という関係にもつれさせることも可能です)

一方、電子状態は原子内部の電子が持つエネルギーの段やスピンの向きを指し、極小の磁石が上向きか下向きかで情報を運んでいるようなものです。ここでも A の電子が上を向けば B の電子は同時に下を向く、あるいはその逆(Aが下でBが上)や同期(AもBも同じ向き)に必ず呼応します。つまり二つの原子は、外側の揺れ方でも内側の電子の向きでも常に相手とリンクしており、振動でもペア、電子でもペアという「二重にもつれ」が完成したわけです。

研究チームはこのハイパーBell状態(Bell状態とは2量子ビット間の完全なもつれ状態を指す言葉で、その二重版といえるもの)を高い精度で実現したと報告しています。

今回の成果は質量を持つ粒子系での超量子もつれとしては初めての実証となり、従来は光子でしか成し得なかった領域に踏み込んだ点が画期的です。

共同第一著者のアダム・ショー博士によれば、「どこまで原子を精密に制御できるか、その限界に挑戦する中で、運動と電子状態を同時にもつれさせることが可能だと示せたのが大きい」ということです。

電子(内部状態)だけでなく、原子全体の外部運動を自在に扱えるようになったことで、まさに量子の世界で“原子を手玉に取る”離れ業を見せた形だといえます。

量子HDDへのロードマップ

量子HDDへのロードマップ
量子HDDへのロードマップ / Credit:clip studio . 川勝康弘

本研究がもたらすインパクトは計り知れません。

まず、量子コンピューティング分野への応用が挙げられます。

超量子もつれによって1個の原子に複数ビットの量子情報をエンコードできるため、より少ない物理資源でより多くのもつれを実現できます。

これは量子計算機の大規模化や効率化に直結する利点です。

実際、研究チームは今回の技術を「原子レベルのツールボックス」と位置づけており、将来的には新しい量子計算アーキテクチャや量子シミュレーション手法への発展が期待できると述べています。

また、原子の運動状態という新たな自由度は量子メモリとしても有望です。

電子状態に比べて外界の電磁場からの影響を受けにくく環境ノイズに強いので、情報を長時間保持するのに適している可能性があります。

さらに、このモーション量子ビットと従来の内部量子ビット(電子スピンなど)を同時に使うことで、エラー耐性の高い量子誤り訂正法(GKP符号など)や、量子センサーの高精度化といった応用分野にも道が開けます。

量子通信の面でも、多重にもつれ状態は魅力的なリソースとなりえます。

例えば、光子が担う通信チャンネルで複数のもつれを一度にやり取りすれば、一組の光量子ペアで従来以上の情報を伝送したり、もつれの品質を遠隔地で浄化(改善)したりすることが可能になるかもしれません。

将来、異なるタイプの量子システム同士をつなぐハイブリッドな量子ネットワークにおいても、超量子もつれは重要な役割を果たすでしょう。

たとえば今回実証されたように原子の運動と内部状態が同時にもつれ合うなら、一方を光子経由の遠距離通信に使い、もう一方を手元のメモリに記録するといった量子中継の高度なプロトコルが実現できる可能性があります。

異なる“素材”からなる量子ノード間(例えば固体の量子メモリと光子)でも、青い靴下の色を共有するかのように特定の量子状態を共有できれば、世界中を駆け巡る量子情報ネットワークが構築できるはずです。

今回の成果について、共同第一著者のアダム・ショー博士は「原子の熱運動はこれまで量子系では邪魔者扱いされてきましたが、それをむしろ強みに変えられることを示しました」と強調します。

量子の揺らぎを巧みに利用することで、誰も見たことのない新しい量子状態を引き出したのです。

その達成された超量子もつれ状態は、「より少ない資源でより多くの量子もつれを得られる」ことを示す象徴的な例ともなりました。

これは量子技術の開発において大きな福音です。

研究チームは「運動状態は量子技術にとって強力なリソースになり得る」と述べ、量子計算からシミュレーション、精密計測に至るまで幅広い応用可能性を語っています。

見方を変えれば、本研究は量子世界の操作盤に新たなレバーを増やしたとも言えるでしょう。

一つの原子から引き出せる量子パワーが飛躍的に増大すれば、量子コンピュータの性能向上やこれまで不可能だった実験の実現につながります。

わずか39本のレーザー光による巧みな原子操縦から、“双子の原子”の二重もつれという驚異的な状態が生まれました。

その光景は、量子の世界がまだまだ多くの秘密を隠し持っていることを物語っています。

日常の直感を超えた量子現象ですが、研究者たちはそれを道具として手懐け始めたのです。

青い靴下の不思議なペアが示すように、たとえ離れ離れでも深い絆で結ばれる量子の粒たち。

私たちは今、その絆を自在に操る術を手にしつつあります。

量子もつれの可能性はさらに広がり、未来の量子計算機や通信網、そして新しい物理現象の解明へと、私たちを導いてくれるに違いありません。

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元論文

Erasure cooling, control, and hyperentanglement of motion in optical tweezers
https://doi.org/10.1126/science.adn2618

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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