アメリカのロチェスター大学(UR)など複数機関の共同研究によって、光がわずか数百ナノメートル幅の三つのスリットを通過する際に、隣接するスリットの近くへまるでループを描くかのように回り込みながら、干渉パターンを形成する不思議な現象が初めて明確に示されました。
従来の二重スリット実験以上に複雑な経路の重ね合わせが観測されたことで、量子力学の根幹であるボルン則があらためて検証されると同時に、近接場(ナノスケールの電磁場)の寄与が思いのほか大きいことも判明し、量子光学の理解を大きく進める結果となりそうです。
いったいこの“三重スリット”の実験は、私たちの常識をどのように覆すのでしょうか?
研究内容の詳細は『Nature Communications』にて発表されました。
目次
- 二重スリットを超えて—量子の深淵を覗く三つ目のスリット
- 三重スリットでループする光たち
- 五重スリットはさらにヤバい?広がる量子干渉の可能性
二重スリットを超えて—量子の深淵を覗く三つ目のスリット

光がスリットを通過するときに見せる干渉パターンは、量子力学の核心的な性質を示す代表例として知られています。
19世紀にトマス・ヤングが行った二重スリット実験は、光が「粒子でありながら波として振る舞う」ことを直感的に示すものでしたが、その後、光子だけでなく電子や原子などでも同様の干渉パターンが観測されるようになりました。
これらは重ね合わせ原理と呼ばれる量子力学の基本法則に基づいて理解されており、検出される確率分布を支配するのがボルン則です。
一方、スリットが三つになると、単純に「3つの経路の重ね合わせ」を考えただけでは説明できない追加の干渉項が生じる可能性があると指摘されてきました。
たとえば光がとても細い三つのスリットを通るとき、「ただまっすぐ進むだけ」ではなく、スリット周辺の特殊な電磁場(近接場と呼ばれます)によって、いわば“寄り道”をするように回り込む経路が生まれることがあります。
Aというスリットから出た光が、その近くにあるBやCのスリット付近へ少し回り込み、また別のスリット方向へ戻ってから最終的に先へ進む、といったルートが考えられるのです。
こうした微小な回り道は理論上存在するとされてきましたが、その確率はごくわずかで、従来の方法では観測が困難だとされていました。
そこで今回研究者たちは、ナノスケールで光の近接場(表面プラズモン)を強められる三重スリット構造を用いて、微小なループ軌道を直接検出することにしました。
三重スリットでループする光たち

今回の実験では、まず金属の薄い膜に「三つの細いスリット」を空けた特別な構造を作り、そこにとても弱い光(あるいは一度に1つずつの光子)を照射しました。
スリット1本あたりの幅は数百ナノメートルほどしかなく、これは髪の毛の太さよりずっと細いサイズです。
こうした極めて小さいすきまを通る光は、ふだん私たちが見慣れている光のふるまいと異なる“量子の性質”を強く示すと考えられています。
このとき、単に「3本のスリットを全部使う」だけでなく、一部のスリットをふさいで「1本だけ開ける」「2本だけ開ける」など、合計7パターン(A、B、C、それぞれ1本ずつ、AB、BC、ACの2本ずつ、そしてABCすべて)の条件で光の通り方を調べました。
高校の物理などでも習うように、スリットから出た光は互いに干渉を起こして縞(しま)状のパターンを作ります。
研究チームは、これらのパターンを比べることで、どのように光がループ状の経路をたどっているかを検証しようとしたのです。
また、スリット周辺に強い電磁場(表面プラズモン)を発生させるため、入射する光の「偏光(へんこう)」という特性を切り替えました。
具体的には、スリットに対して電場が横方向になるような偏光を入れると、金属表面に強い近接場が生じやすくなります。
この近接場が“ループ軌道”を引き起こす手がかりになると期待されていたので、偏光を変えることで「ループ軌道が起こる場合」と「ほとんど起こらない場合」の両方を比較できるわけです。
実際に光がスリットを通り抜けたあとには、遠く離れた場所で“ファーフィールド”と呼ばれる干渉パターンを特殊なカメラ(ICCDカメラ)で撮影しました。

このカメラはとても高感度なので、1個ずつの光子がつくる微弱なパターンでもとらえることができます。
結果として、偏光が“ループ軌道を起こしやすい”状態だと、干渉パターンがこれまでの常識とは少し違う形になり、光が三本のスリットの近くを回り込むように進む経路が存在することをはっきり示すデータが得られました。
こうした観測結果は、一見すると「光が三つのスリットを同時に通っているうえに、さらにループを描いている」という不思議なイメージを与えます。
スリットAから出た光がスリットBへ回り込み、さらにまたスリットAへと“戻ってくる”ように見えるのは、量子力学や波動理論における「すべての経路が重ね合わさる」という性質と、スリット近傍の強い近接場が組み合わさることで起こると考えられます。
とはいえ、これは量子力学の基本法則であるボルン則を揺るがすわけではありません。
むしろ、スリットの周囲に存在する“近接場”の影響が従来よりもはっきり可視化されたことで、量子の世界を説明する枠組みが一層精密に確認されたといえるでしょう。
たとえば、ループ軌道の存在を数式上では取り入れていたとしても、その確率がごく小さかったために長らく見過ごされてきました。
しかし、表面プラズモンをうまく活用するというアプローチによって、その微小な寄与を増幅し、明確に観測できるようになったことが大きな前進です。
こうしたループ軌道の観測は、「単純な重ね合わせ」では理解しきれない光の振る舞いが、確かに量子力学のなかで説明できるという点を強調します。
言い換えれば、私たちが教科書などで学ぶ“波の重ね合わせ”だけではなく、もっと複雑な回り道が実際に存在し、それを検出する手段が整いつつあるということです。
五重スリットはさらにヤバい?広がる量子干渉の可能性

近年では、三重スリットをさらに発展させ、五重スリット(あるいはそれ以上)に挑戦している研究もあります。
スリットが増えれば増えるほど、「三本の経路」にとどまらない多重干渉が複雑に絡み合うため、未知の高次干渉を見つけるチャンスが広がるからです。
また、光子(光の粒)だけでなく、イオンビームやその他の粒子を三重スリットに通して干渉を調べる実験も報告されています。
電子や原子など質量を持つ粒子の場合は、光と違った技術的課題がありますが、きちんと干渉パターンが現れれば、より幅広い「量子のふるまい」を確かめることができます。
特に最近注目されているのが、光が持つ「軌道角運動量(ツイステッドフォトン)」や偏光を駆使した実験です。
ツイステッドフォトンは、いわば光が渦巻きのようにひねられた状態を持つもので、スリットを通過したときの干渉パターンが通常の直進光とは違った特徴を示します。
また、偏光を巧みに制御して三重スリットに入射すると、金属膜表面などで強い近接場を起こしたり、逆にあまり起こらない条件を作ったりでき、どのように干渉パターンが変化するのかを比較しやすくなります。
こうした「光の特性」と「多重スリット構造」の組み合わせは、量子力学のさらなる検証と同時に、新奇な干渉現象の発見につながると期待されています。
三重スリットに限らず、さらに多くのスリットを使うことで量子力学におけるあらゆる高次干渉の可能性を追求したり、もっと大型の粒子(大きな分子やクラスター)に対しても同様の現象が起こるのか調べる研究が計画されています。
また、光学システムを超えて、量子コンピューターの開発や量子暗号の実用化などで参考になるような「量子の重ね合わせを最大限に活かす」応用研究へのつながりも期待されます。
干渉の精密観測が進むほど、量子力学の理解は深化し、新しい技術の扉が開かれるかもしれません。
このように、三重スリットの研究は、二重スリットでは見えなかった“高次干渉”の有無を精密にテストする重要な場であり続けています。
最新の実験では、より多彩な切り口(五重スリット、ツイステッドフォトン、粒子種の拡大など)や高度なナノ加工技術・イメージング技術を用いて、量子力学の正確さを再確認すると同時に、新奇な現象を捉える可能性が拡大しています。
今後も三重スリットをはじめとする多重スリット干渉は、私たちが量子世界をどこまで深く理解できるかを試す有力な手段として、大きな注目を集めていくことでしょう。
元論文
Exotic looped trajectories of photons in three-slit interference
https://doi.org/10.1038/ncomms13987
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部