やせ気味なのか、太り気味なのかで、自殺による死亡リスクが正反対になっていたようです。
韓国・カトリック大学校(CUK)の研究チームはこのほど、BMI(体格指数)と自殺による死亡リスクとの間に関連性があるのかどうかを調査。
その結果、やせ気味の人ほど自殺の死亡リスクが高く、反対に太り気味の人ほど自殺の死亡リスクが低くなっていたのです。
一体なぜでしょうか?
研究の詳細は2025年1月8日付で学術誌『BMC Psychiatry』に掲載されています。
目次
- 体格と自殺死亡リスクに関連性を発見
- やせている人の死亡リスクが高いのはなぜ?
体格と自殺死亡リスクに関連性を発見
自殺(自ら命を絶つ行為)は、世界的に見ても深刻な公衆衛生上の問題です。
自殺は通常、うつ病や不安障害などの精神的な問題と、社会的・感情的・経済的なストレス要因とが複雑に絡み合って生じるものです。
自殺はすべての年齢層で起こり得ますが、特に10代、高齢者、そして社会的に疎外された集団で高い傾向があります。
自殺は一つの命を絶つだけでなく、家族や友人、周囲の地域社会にも深い影響を与えます。
これまでの研究でも、自殺リスクに関わるさまざまな遺伝的、社会的、身体的要因が指摘されてきました。
たとえば、セロトニンという神経伝達物質を利用する脳のシステムに影響する特定の遺伝子変異、独り暮らし、内向的な性格、トラウマ体験、経済的困難などの社会的要因が含まれます。
また、うつ病、片頭痛、睡眠時無呼吸症候群、不眠症などの慢性的な身体・精神的疾患も、自殺リスクの上昇と関係しています。

研究チームは今回、韓国人を対象に、BMI(肥満度を表す体格指数)と自殺による死亡リスクとの関連性を調べました。
本調査では、韓国の国家健康情報データベース(NHID)のデータを使用。これは健康診断の結果や保険請求などを含む包括的な医療データベースです。
調査対象は、2009年に国家健康診断を受けた19歳以上の成人404万5081人です。
彼らは2009年から2021年末まで追跡され、自殺による死亡があった場合にはその時点までのデータが用いられました。
研究では、BMI、腹囲(内臓脂肪の指標)、うつ病、統合失調症、不安障害、摂食障害などの診断歴のほか、その他多くの医療状態を考慮しました。
さらにアルコール摂取量、世帯収入、血糖値やセロトニンの数値も分析に含められました。
その結果、低体重の人は標準体重の人に比べて、自殺で死亡するリスクが44%も高いことが判明したのです。
一方で興味深いことに、太り気味の人では21%、肥満の人では29%も自殺の死亡リスクが低下していました。
これらの関連は、参加者にうつ病の診断があったかどうかや、独り暮らしかどうかにかかわらず、有意なままでした。
この研究は、自殺と体格指数との関連に関する科学的知見を深めるものです。
では、なぜやせ気味の人は自殺の死亡リスクが高く、太り気味の人は死亡リスクが低くなっていたのでしょうか?
やせている人の死亡リスクが高いのはなぜ?
「やせている人ほど自殺による死亡リスクが高くなり、反対に太っている人ほどそのリスクが低くなる」
この逆相関について、研究者たちはいくつかの生理学的・心理学的メカニズムを仮説として挙げています。
まず注目されているのが「セロトニン仮説」です。
セロトニンは脳内で感情の安定や衝動の抑制に関与する神経伝達物質であり、その分泌量の低下は衝動的な行動や自殺と関係があるとされています。
肥満の人ではインスリン抵抗性が生じやすく、これによりトリプトファン(セロトニンの前駆物質)が血中で増加しやすくなる可能性があります。
結果として、脳内のセロトニン合成が促され、衝動性が抑えられることで自殺リスクが低下するのではないかと考えられています。
次に指摘されているのが「レプチン抵抗性による衝動性の抑制」です。
レプチンは脂肪組織から分泌され、満腹感や報酬系の制御に関わるホルモンです。
肥満者ではこのレプチンに対する感受性が低下し(=レプチン抵抗性)、脳の報酬系への刺激が変化することで、行動の衝動性が低下する可能性があるとされています。
これは結果的に自殺の実行性を下げる要因となりうるという仮説です。

さらに、身体的要因として「自殺の手段における制限」も考慮されています。
調査データによると、肥満の人は体格的に首を括る、高所からの飛び降り、入水などの自殺手段を選びにくく、服薬による自殺を選ぶ傾向がありました。
ところが、肥満者は体格の大きさから薬物への耐性が比較的高いため、服薬による自殺の致死性が低くなる可能性があり、それが死亡率の低下に寄与しているのではないかという見方もあります。
一方で、やせすぎの人が自殺のリスクを高める要因としては、うつ病や摂食障害、睡眠障害、社会的孤立感、いじめや被害体験など、多くの精神的・社会的ストレスが重なりやすいことが挙げられます。
加えて、やせている人は筋肉量が少なく、身体的な脆弱さや慢性的な疲労感を抱えやすいため、生理的にもストレスに対する耐性が低下している可能性があります。
こうした要素が複雑に絡み合い、BMIと自殺死亡リスクの逆相関を形成していると研究者たちは推測しています。
今後は、これらの仮説を裏付ける神経生理学的データの蓄積や、筋肉量やホルモン指標を含めた多角的研究が求められるでしょう。
参考文献
Underweight individuals are at an increased risk of suicide, study finds
https://www.psypost.org/underweight-individuals-are-at-an-increased-risk-of-suicide-study-finds/
元論文
Inverse association between obesity and suicidal death risk
https://doi.org/10.1186/s12888-024-06381-z
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部