医師という職業は、患者の命を救う尊い仕事です。
では、他者の命を救う医師たちは、自らの命をも救うことができているのでしょうか。
アメリカ・カリフォルニア大学サンディエゴ校(University of California, San Diego)の精神医学部門の研究チームは、このテーマに正面から取り組みました。
そして、女性医師の自殺率が顕著に高いという事実を発見しました。
研究の詳細は、2025年2月26日付の『JAMA Psychiatry』誌にて発表されています。
目次
- 絶えずプレッシャーを受ける医師たちの自殺率を調査
- 女性医師の自殺率は一般女性よりも53%高い
絶えずプレッシャーを受ける医師たちの自殺率を調査

一般的に、医師は長時間労働や過酷な職場環境にさらされており、精神的ストレスを抱えやすいと言われています。
また、医療ミスや訴訟リスクなど、強いプレッシャーが日常的に存在しています。
これまでの研究でも、医師は一般の人々よりも高い割合でうつ病を経験することが指摘されていました。
今回の研究では、アメリカにおける殺人、自殺、虐待を扱う「National Violent Death Reporting System(NVDRS)」のデータを使用し、医師と一般人の自殺率を比較しました。
研究では、25歳以上の医師と一般人を対象とし、2017年から2021年の5年間にわたって自殺の発生率を調査しました。
対象者には、合計448人の医師、9万7000人以上の非医師が含まれています。
そして性別ごとの自殺率の比較を行い、職業ごとの特徴を統計的に分析しました。
この大規模なデータ分析により、医師の自殺率の実態が明らかになり、性別ごとのリスクの違いが浮き彫りになりました。
女性医師の自殺率は一般女性よりも53%高い
研究の結果、女性医師の自殺率は一般女性よりも53%も高いと判明しました。
特に2017年と2019年にはこの傾向が顕著に現れました。
2017年の女性医師の自殺率は、一般女性に比べて88%も高かったのです。
一方で、男性医師の自殺率は一般男性よりも16%低いという結果が示されました。
また、女性医師の自殺手段として最も多かったのは薬物中毒であり、精神疾患や仕事上のストレス、法的問題が深く関連していることがわかりました。
自殺した医師の遺体からは、一般人よりも多くの精神安定剤や睡眠薬が検出されており、精神的な苦しみが自殺の要因の一つであることがうかがえます。

では、なぜ女性医師の自殺率がここまで高いのでしょうか。
その背景には、労働環境のストレスが影響していると考えられます。
女性医師は男性医師と同じ仕事をしていても、昇進の機会が少なく、報酬の格差も存在しています。
また、家庭との両立の難しさも大きな要因かもしれません。
女性医師は家事や育児の負担を抱えながら働くことが多く、仕事と家庭のバランスを取ることが非常に難しい状況にあります。
さらに、職場でのハラスメントや偏見も問題の一因とされています。
加えて医師が「いつも治療する側である」ことも1つの要因だと考えられます。
医師という立場と職場環境ゆえ、医師たちは自らのメンタルヘルスについて誰かに相談することが難しいのです。
そして、これらの要因が複雑に絡み合い、女性医師の自殺率を押し上げているのかもしれません。
この研究は、医師のメンタルヘルス問題に対して強い警鐘を鳴らすものです。
今後、医療現場の労働環境を改善し、長時間労働を見直して適切な休息時間を確保することが重要です。
また、メンタルヘルス支援を強化し、匿名で相談できるカウンセリング制度を導入することも必要でしょう。
「医師だから大丈夫」ではなく、「医師こそ支援が必要」なのかもしれません。
彼ら、彼女らが健康であることは、医療を受ける私たち全員の安全にもつながるはずです。
参考文献
Female Physicians Are Dying by Suicide at Astonishingly High Rates
https://www.sciencealert.com/female-physicians-are-dying-by-suicide-at-astonishingly-high-rates
元論文
National Incidence of Physician Suicide and Associated Features
https://doi.org/10.1001/jamapsychiatry.2024.4816
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部