生体材料を扱う3Dバイオプリンティングによって、血管や皮膚を作って移植することも夢ではなくなってきました。
現在急速に発展しているこの分野では、新たな治療法が生み出されています。
最近、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学(UNSW)メディカル・ロボティクス・ラボに所属するタン・ニョ・ド氏ら研究チームは、生きた細胞を損傷した臓器に直接3Dプリントする技術を発表しました。
将来的には、肛門や切開したわずかな開口部からソフトロボットアームを挿入して臓器を治療できるかもしれません。
研究の詳細は、2023年2月19日付の科学誌『Advanced Science』に掲載されました。
目次
- 肛門から入れて臓器に直接3Dプリントする新技術
- オール・インワンで腫瘍の切除と生体材料のプリントを同時にこなす
肛門から入れて臓器に直接3Dプリントする新技術
3Dバイオプリンティングの最終目標である「移植可能な臓器のプリント」に向けて、様々な研究が行われています。
これまでには、血管や皮膚、軟骨などが実際にプリントされてきました。
またプリントした組織を使って傷の治癒を早めることも可能でしょう。
しかし既存の技術では、生体材料を実験室の大型3Dバイオプリンターを使って作成しなければいけません。
体外で作成した組織を、患者の体を切開して移植するという大規模な手術が必要になるのです。
身体へのダメージが大きく、感染症のリスクも高くなるでしょう。
そこでタン・ニョ・ド氏らチームは、新しく「体内の臓器に生体材料を直接3Dプリントする」方法を研究することにしました。
彼らが開発したのは、小型ロボットアームの3Dプリントデバイス「F3DB」です。
このアームは柔らかい人工筋肉で構成されており、先端にはプリントヘッドが備わっています。
市販の治療用内視鏡(11~13mm)と同様の直径で、人間の消化管に挿入できるほどコンパクトです。
アームを自由自在に動かせるため、肛門や切開した小さな開口部から挿入して体内の奥深くに到達させることが可能。
直接臓器の組織をプリントし、必要な治療を施せるというのです。
もちろん、直接プリントできたとしても、その細胞が生存しなければ意味がありません。
研究チームは、この点を実験で確かめることにしました。
オール・インワンで腫瘍の切除と生体材料のプリントを同時にこなす
研究チームは、F3DBを用いて豚の肝臓の表面に様々な形状と材料で3Dプリントすることに成功しました。
そして印刷後の細胞生存率をテストしたところ、その大部分は印刷直後でも生存できると判明。
それら細胞は増殖を続け、印刷後1週間で4倍の細胞が観察されました。
現段階では複雑な組織を構築できるわけではありませんが、臓器の治癒を助けることは可能でしょう。
次にチームはF3DBが「オールインワンの内視鏡手術ツール」として利用できるか確かめました。
彼らは豚の腸を使って、「大腸がんの除去」を想定したテストに成功しました。
大腸がんはがんの中でも3番目に死亡する人が多い病気ですが、早期切除によって5年間の生存率が90%以上も向上すると言われています。
F3DBを使うなら、手術における患者の負担を大きく低減させられます。
まず、F3DBのノズルを電気メスとして使用し、がん病変に印をつけた後切除できます。
またノズルから水を流して、血液や余分な組織を洗浄することも可能。
さらに生体材料を直接プリントすることで、治癒を促進できるのです。
研究チームは、今回のテストにより、F3DBが様々な用途に利用できることを実証しました。
彼らは次の段階として、実際に生きている動物の体内にF3DBを挿入してその有効性をテストする予定です。
この技術は順調に開発が進めば、5~7年以内に実用化できると考えられています。
参考文献
3D bioprinting inside the human body could be possible thanks to new soft robothttps://newsroom.unsw.edu.au/news/science-tech/3d-bioprinting-inside-human-body-could-be-possible-thanks-new-soft-robot
元論文
Advanced Soft Robotic System for In Situ 3D Bioprinting and Endoscopic Surgeryhttps://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/advs.202205656