マツダが発電用RE(ロータリーエンジン)を積んだレンジエクステンダーEVを開発中であることを公表したのは2018年9月。クルマを直接駆動するREではなく発電専用REである。直に車輪を駆動させないという点は残念だが、RENESIS以来の新設計REであり、REの利用方法としてはまったく新しいものだ。小型高回転高出力=スポーティという路線をひたすら歩み続けた長い長い「第1章」が終わり、省エネルギー・低CO2(二酸化炭素)へとシフトした「第2章」がもうじき始まる。
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
MX-30はまずBEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)仕様である「MX-30 EV MODEL」【写真1】が開発された。車両企画の段階で通常のICE(内燃エンジン)、ICEと電動モーターを併用するHEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル、BEV、それとレンジエクステンダーBEVというバリエーションが存在した。マツダ初の、電動を中心としたマルチPT(パワートレーン)構想だ。
いや、世界初だろう。VW(フォルクスワーゲン)はMQBプラットフォームでガソリン、軽油、CNG(圧縮天然ガス)という多種燃料展開を行ないBEVも仕立てた。しかしHEVは持っていなかったしレンジエクステンダーBEVも作らなかった。
ICE搭載車と電動モーター搭載車とでは、左右FSM上のマウント位置はほぼ変わらない。ただしマウントの高さや仕様が異なる。考えてみれば、ICEと電動モーターとでは回転慣性力が違う。1次・2次……の振動の出方も違う。
レシプロICEはピストンの上下運動をクランクシャフトによって回転運動に変える。クランクシャフトの回転角速度は一定でも、ピストンの上下運動はTDC(上死点)とBDC(下死点)でほんの一瞬だが速度ゼロになり、TDCとBDCの中間域でもっとも速度が速くなる。いっぽう電動一定の加減速を繰り返す。そのパターンは極数による。
ICEと電動モーター、あるいはその両方を使うHEV。それぞれのPTの特性に合わせてエンジンマウントは設計される。いや、この場合はエンジンマウントではなくパワートレーンマウント=PTMと呼ぶべきだ。MX-30は、搭載するPTによってそのマウンティング方法が違う。
エンジンマウントの役割はおもに2点に集約される。ひとつはエンジンの重量を支えて車体の定められた位置に固定すること。もうひとつは起振源(振動発生源)であるエンジンの振動が車体(さらに乗員)に伝わることを極力抑える「防振」である。ICEと変速機を一直線に並べて車軸に対して平行に「横置き」するPTは、慣性主軸(この軸を中心に揺動するという軸)で左右のFSM付近に固定し、下面にPTの回転方向(横置き搭載なので車両に対しては前後方向)の動きを規制するストッパーを配置する3点支持が一般的である。
MX-30のようなマルチPTの場合はマウントをどう設計するのか?
「新しい商品を作るときは、早い段階で関連する部署が集まって構想作りを行なうが、車両レイアウトの中ではPTをどこに置くかを最初に決める。商品のコンセプトや機能要件など、全体を見渡してエンジンをどこに置くかを検討する」
「MX-30の場合は、実現可能な範囲で各PT間の要件に合うマウント位置を検討した。マウントはPT重心位置で決まる。PTの重心位置が決まればマウントの位置は必然的に決まる。基本的にはICE優先でマウント位置を決めたが、ボディにも衝突性能などの制約があるため、調整は必要になる」
「ICEのマウントはペンデュラム(振り子)式であり、PT揺動軸の平面視上の両端で吊る。前後方向の揺動は底面のトルクロッドで止める。電動モーターも基本的には同じ方法だ」
マツダでPTマウントとその周辺を開発・設計するのは、シャシー/マウント担当、NVH担当、車両レイアウト設計担当であり、さまざまな要件との整合性を取りながら設計される。じつは、日本の自動車メーカーではエンジンマウントの位置付けがかなり曖昧だった。1980〜90年代には「今回はエンジン部隊がおもに開発した」「ウチはモデルごとに開発主体が変わる」など、交通整理すら行なわれていなかった事実がある。21世紀に入って、やっとその状態が各社で改善されたという印象を筆者は抱いている。
【写真4】【写真5】がMX-30 EVのPTマウントである。【写真5】がモーター側(運転席側)、【写真4】はICE搭載車で変速機が位置する側(助手席側)だ。長いブリッジ=橋はモーターを助手席側のPTマウントとつなぐブラケットであることがわかる。じつは、このブラケットの位置にRE(ロータリーエンジン)発電機が載る。マツダはこう言う。
「慣性軸とトルクロール軸のズレの関係によって、電動モーターが回転してトルクが発生したときにPTがどう動くか。上下にズレると前後方向に揺れ、前後にズレたときは上下方向に揺れる。こういう動きを出さないように設計した。慣性軸とトルクロール軸を一致させる点が設計上のポイント」
当然のことだが、MX-30はRE発電機が載ったときの慣性主軸に合わせてPTマウントのばねのチューニングを行なっている。エンジンマウントの設計は「マウント長さ×ばね定数」であるため、マウント位置はBEV仕様に対してREレンジエクステンダー仕様ではわずかに変わるが、変更部品が少なくなるように設計したという。
では、発電用REを駆動に参加させるようにはマウント設計されていないのだろうか。
レンジエクステンダーBEVあるいはシリーズHEVは、車両駆動はすべて電動モーターが行なう。ICEは駆動には参加せず発電に専念する。発電用ICEの出力軸を電動モーターと直結すればパラレルHEVになるが、この方式だと電動モーターだけで走行しているときも停止したICEのクランクシャフトを連れ回すことになる。ICEと電動モーターの間にクラッチ機構を入れればこの問題は解決するが、ICE+クラッチ機構+電動モーターでは全長がやや長くなる。
電動モーターを中心にICE側および出力(減速ギヤ)側の両方にクラッチ機構を置くと、ICEだけ/ICE+電動モーター/電動モーターだけという3つのパターンを作ることができる。この方式は今後、欧州でHEVの主流になるだろう。ただしICEだけでの駆動を行なう場合には変速機(トランスミッション)が必須である。
マツダが発電用REの寸法・排気量をどのように設定したかは不明であり、おそらく1.7トン程度になると思われる車両重量を牽引できる状況がどの程度確保できるか。全体の効率を考えれば、小型のシングルローターREなら発電専用にとどめておくほうが得策だろう。
とは言え、電動モーターの回転軸と発電用REの回転軸が生む振動と、これを固定するPTマウントが受け止めるトルク反力は、REが車輪の駆動に直接使われたとしても、そう大きく変わることはないはずだ。MX-30のPTマウントは「どのパワートレーンにも適合できるように」という発想で左右FSMへの固定位置が決められ、PTごとに異なる特性に対しては「マウント長さ×ばね定数」のチューニングで対応している。
実際に運転してみれば、MX-30のHEVは良くできていた。駆動・制動に対するPTの「揺れ」の止め方は、アップダウンのある道で0.4G(個人所有のGメーター読みで)くらいの旋回を行なったり定常円旋回中にストットルの開け/閉めをすれば「ん? いま揺れたかな」と感じるときがあったが、PTマウントをないがしろにしてきた日本車の過去を思い起こせば、革命的と言えるほどによくできている。
BEVはさらに印象が良かった。旋回や加減速のリズムに雑味がほとんど入らない。低重心もさることながら、操安性開発担当氏が言うように「ラジエーター内の冷却水や燃料タンク内の燃料のように『揺れる』液体がないことが圧倒的に効く」のだろう。HEV仕様ほどは激しい運動をさせなかったが、電動モーターの揺れを感じることはなかった。
それとMX-30 EVのモーター制御の巧さだ。モータートルクが「0」をまたぐところ、駆動からアクセルペダルを緩めて制動=回生へ、そこからふたたび駆動へという行き来のところでモーター電流制御を緻密に行なっている。駆動から「0」に向かう回生手前のところではトルクの減少角度を緩やかにし、「0」に向かって時間軸とともに変化率を変えている。「0」点では減速ギヤのバックラッシュが発生するので、これを目立たせない電流制御を行なっているのだ。
筆者は騙された。ギヤの精度が極めて高いのだろうと思った。が、あとで制御だと聞いて驚いた。EPAS(電動パワー・アシスト・ステアリング)の制御で再現する路面反力や「あそび感」も完全な騙しだが、言われてみればBEVの駆動力制御でも同じにできる。
ここまでうまく騙されると、発電REの搭載で問題になる「エンジン始動時の振動」もかなりうまく抑えているのではないだろうかと期待が湧く。
【図1】はマツダが2018年9月に公表したREレンジエクステンダーでの電動モーターと発電REの搭載方法だ。すでに発売されているBEV仕様に準じたマウンティングになるだろう。向かって左が運転席側でありBEV仕様では【写真5】のPTマウントを介して運転席側のFSM(A)にマウントされている。反対側は助手席側のFSM(B)にRE発電機に剛結したブラケットを介してマウントされる。その場所に現在のBEV仕様は【写真3】の大きなブラケットが取り付けられている。
少々わかりづらいが、BEV仕様では【写真6】のように縦方向に長く下側が二股に別れたタワー状のマウント部品が電動モーターのハウジングに剛結されていて、FSM上のボディ側マウントに液封(液体封入)ゴムを介して取り付けられる。REレンジエクステンダー仕様も、この電動モーター側マウント部分はほとんど変わらないだろう。
いっぽう、BEV仕様の助手席側は【写真4】のように大きなブラケットの端にもうひとつ部品を取り付け、その先端をSFMの上に載ったマウントに差し込んでいる。当然、防振ゴムを介している。勝手に予想すれば、ブラケットの端に上からボルト締めした「もうひとつの部品」は、REレンジエクステンダーと共用に思う。
「BEVはICEと違って静か」と言われる。たしかに低速域ではそう思うが、エンジン騒音に隠れていた音が目立つという例もある。テスラ「モデルX」はESC(姿勢制御安定装置)内のほんの小さな油圧貯めの中の油量を確保するためのオイルポンプの音が聞こえた。日産「リーフ」は極低速でEPAS内のギヤが噛み合う「ヒュ〜ン」という音が目立った。
発電用ICEを積むPHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)またはシリーズHEVで使われる手は、一定以上の速度域でロードノイズとボディの風切り音が大きくなったときに発電ICEを起動することだ。この状態ではICE音が目立たない。一般的に乗用車は、80km/hを超えると走行抵抗よりも空力抵抗のほうが大きくなる、といわれる。ある車種の100km/hでの室内騒音は、もっとも大きいのはロードノイズ、次が風切り音、その次がエンジン音だというデータもある。
REは回転起因の振動がレシプロICEより少ない。この点は発電REとして使う場合もメリットになるだろう。とはいえ、できればREを駆動に使うHEVか、あるいは水素燃料を使う純粋なICEとしてのRE搭載モデル見てみたい。これが筆者の本音である。