排ガス浄化技術の進歩は目覚ましい。化学的な研究が進み、ナノレベルでの現象が解明されてきたことと、発見した新理論を製品に落とし込むための製造技術、素材技術が進化しているためだ。いずれシングルナノのレベルを超え、さらに微細なオングストロームの世界、つまり原子のレベルにまで研究テーマはおよんで行くだろう。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
*本記事は2007年11月に執筆したものです
2007年から文部科学省が進めている「元素戦略プロジェクト」や経済産業省の「希少金属代替材料開発プロジェクト」では、貴金属の代替品を探す研究が広範囲に行なわれている。自動車分野では、三元触媒だけでなくFC(燃料電池)の触媒もプラチナに頼っており、将来、FCが技術的にこなれてきたとしても、固体高分子形FCを利用するかぎりプラチナが必要になり、プラチナ相場が上昇を続けている昨今を思うと、FC自動車そのものが非現実的ではないかとも思えてくる。その点で、貴金属使用を減らす試みにはおおいに注目したい。
ダイハツのインテリジェント触媒、マツダのシングルナノテクノロジー触媒、また、世間ではあまり話題にならなかったが、日産が2003年の段階で市販車に採用していたHC吸蔵触媒など、いずれも排ガス浄化能力に優れ、しかも貴金属の使用を減らせるというものだ。エンジンでは省燃費が進み、排ガス後処理では省貴金属が進む。着実に自動車が進歩している証拠がここにあると言えよう。
いずれはプラズマのようなものを利用した触媒も登場するだろう。排気管の中で抵抗にならず、しかし排ガス浄化能力に優れた「夢の触媒」だ。いまのところは夢であっても、かつて夢だった自己再生型結晶構造が実現したことを考えると、けして不可能とは言えない。
同時に、製造技術の進歩にも注目しなければならない。たとえば、カルソニックカンセイ(現マレリ)の次世代メタル担体は、極薄の金属箔を連続打ち抜きの工程にかけている。これは同社のラジエーター製造技術が活かされたものだ。また、どのような乱流が発生されるかという点では、ラジエーターでの流体解析のノウハウも活かされたに違いない。それを思うと、触媒担体および触媒の製造技術は、まさに自動車関連技術の集大成であり、触媒開発そのものは化学技術の総力戦である。
ただし、疑問に思うこともある。日本では触媒の耐久性が8万キロで切られている点だ。米国のカリフォルニア州では、三元触媒の耐久性試験は24万キロであり、欧州で16万キロが一般的だ。日本は欧米に比べて乗用車ユーザーの年間平均走行距離が極端に短く、昨今では7000キロを切っているともいわれているが、果たして8万キロで十分なのだろうか。日本での8万キロ耐久義務と欧州での16万キロ耐久は、使用実態からすれば同等かもしれないが、モード耐久での8万キロでは高負荷での使用実態とはほど遠いのではないかという危惧がある。
もうひとつ、三元触媒が浄化する以外にも有害あるいは有害の疑いが強い排出物が存在することが、最近の測定技術の進歩で明らかになった。有害排出物がたった3種類ということはあり得ないのだ。
カルソニックカンセイ:メタル担体
左が従来型のメタル担体、右が次世代メタル担体である。違いは、担体の直径方向に入った「縞模様」である。
従来品は、トタン板のように波打たせた金属箔に裏打ちを行なったものを巻いて製品にしていた。新型は、トタン板状に金属箔を成型するところまでは同じだが、金属箔そのものに円周方向の「切れ目」を入れている点が特徴。千鳥格子状に切れ目を入れ、それを巻くことで複雑なガス通路をつくる。排ガスが担体内を通過する際には乱流が発生し、より多くの金属箔面積と接し、高い浄化能力を得られるという構造だ。箔自体の表面積は減少するものの、従来と同等の浄化性能を得る場合には担体を小型化できることが確認されたという。金属箔のバリエーションは50/30/20ミクロンの3種類で搭載車種に応じてつかいわける。近く市販車に採用される。
エミテック:メタル担体 &電気加熱システム
ディーゼル排ガス中のPM(パーティキュレート・マター=微粒子状物質)を除去するDPF(ディーゼル・パーティキュレート・フィルター)で多くの実績を持つエミテックは、極薄の金属皮膜を加工したものに微細繊維などのシートを組み合わせたメタル担体を商品化している。ガソリンエンジン用の場合は1000°C以上の耐熱性を持つ、という。
また、通常のメタル担体の前面に電熱線式ヒーターを組み合わせたタイプ(写真下)が商品化された。エンジン始動直後の触媒不活性環境下での浄化能力を高めるためのシステムであり、日本よりも厳しいコールドスタート(冷間始動)時の排ガス性能を求められる欧州では、すでに市販車への導入が始まっている。日本に遅れて排ガス規制を導入した欧州だが、考え方ではすでに先を行っている。
マツダ:シングルナノテクノロジー触媒
マツダは触媒となる貴金属を5ナノメートル以下の微細な粒子にしたうえで、セラミックスの表面に均一に固定する技術を開発した。考え方はダイハツのインテリジェント触媒と同様で、酸化・還元を繰り返すうちに排気の熱で貴金属同士がくっついてしまって表面積が減少し、浄化機能が落ちる現象を防ぐための技術だ。
マツダの高見明秀氏によると「ナノサイズに微粒化し、物理的・化学的に貴金属の位置を固定することに成功した。これにより貴金属使用量を70~90%削減することが出来る」という。マツダは詳細を公表しないが、おそらく電子の共有のような方法で分子同士が結合するものと思われる。同じ浄化性能を得るに当たっては従来より触媒担体を小型化できるし、触媒容積を変えなければより大きな浄化能力を長期間にわたって維持できるだろう。