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“ICE(内燃エンジン)の砦”マツダの言い分 エンジンをなくしてしまって、ホントにいいのですか? その3


エンジンなんてもう古い。時代はカーボンニュートラル。これからの自動車は電気だーーメディアだけでなく世の中の大勢はいまやこの方向だ。「電気は環境に優しい」と。しかし、現実問題として文明社会とICE(内燃エンジン)の関係は本当に切れるのか。断ち切っていいものなのか……。2010年代のエンジン開発で世界にインパクトを与えてきたマツダもいよいよBEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)を市場投入してきた。ICEの砦、ICEの番人のようなマツダは、BEVをどう考えているのか。3回目はマツダに焦点を当てる。


TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

マツダは2030年に「すべてのクルマをxEVにする」と宣言している。xEVとは「なんらかの電動機構を持つ」という意味でありBEV、HEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)、PHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)、あるいはFCEV(フューエル・セル・エレクトリック・ビークル)まで、エレクトリックという文字が含まれればなんでもいい。




マツダは2030年時点で「全体の5%がBEV」と言っている。残り95%はPHEVとHEVだ。HEVのなかにはBSG(ベルト式スターター・ジェネレター)を備えたマイクロHEVと、48ボルト電源を使うマイルドHEVが含まれる。純粋にICEだけを積むモデルは消滅するということだ。

マツダMX-30 EVは、欧州でのCO2規制に対応するために重要なモデルだ。

すでにこの、全数xEVという動きは始まっている。さきごろマツダは、欧州に続き国内にもMX-30のBEVを投入した。MX-30は先にマイルドHEV仕様が発売されているが、マツダによれば「最初に完成したのはBEV」だという。EU域内ではとにかくBEVを先行発売してCO2クレジットを獲得しなければならないという事情だったと推測する。MHEV仕様はそのあとに完成した。




おそらく、読者諸賢にとってもマツダは「ICEの会社」というイメージではないだろうか。2010年にマツダは、一連のスカイアクティブ技術を発表した。なかでもガソリンとディーゼルの圧縮比をともに14としたICE技術は世界を驚かせた。停滞していたかに見えたICEの基礎技術が再び前に進んだ。

とくに色めき立ったのはVW(フォルクスワーゲン)など欧州勢と中国勢だった。その後マツダのICEは、プラグ点火をトリガーにして予混合圧縮着火の希薄燃焼を安定させるスカイアクティブXへと進み、これも世界を驚かせた。




「驚かせた」という表現は、筆者にコンタクトしてきた欧州企業、米国企業、中国企業の方々から伺ったことが背景にある。「本当なのか!?」とクライアントが驚き、「なんでもいいから資料を集めてこいと言われた」方々だった。世界的に下火になりかけていたICE開発は、2010年のマツダと2015年の産官学プロジェクトSIPの「革新的燃焼技術」開発が刺激した。

日産グローバル本社の充電スタンドに(偶然)並んだマツダMX-30 EVとポルシェ・タイカン。

これはまったくの憶測だが、欧州がECVに舵を切った理由のひとつは、日本が次世代エンジン開発でリードしたことにあると思っている。かつてトヨタが1997年12月に初代プリウスを発売したときと、マツダのスカイアクティブ技術が発表されたときの事情はよく似ていた。欧州は2000年ごろまでにHEV開発をやめ、一斉に過給クリーンディーゼルと過給ダウンサイジングガソリンへと舵を切った。マツダはλ=2付近(つまり燃料に対する空気の比率は、通常の理論空燃比であるλ=1の2倍)の超希薄燃焼、SIPはさらに上を行くλ=2.2〜2.4を実用化視野内にとらえた。

1997年12月、筆者は「ニューモデルマガジンX」という自動車雑誌の編集長だった。個人で予約していた初代プリウスを会社(このMotor-Fan.jpの運営会社です)が買い取ってくれたため、徹底的にテストすることができた。編集部に納車されたことを誌面で報じたところ、海外自動車メーカーや調査会社から電話がかかってきた。「譲ってほしい」と。提示価格は500万円以上だった。「800万円でもいい。すぐに船で運びたい」とのオファーもあった。その数は10社以上だった。もちろんすべて断った。




プリウスはいろいろな方に乗ってもらい、同時に学術的な計測も行なった。東海大学の林義正教授には機械系を見ていただいた。電気系は現在の東海大学教授で同学のソーラーカーチームを国際大会で優勝させた木村英樹教授に見ていただいた。24時間連続で走らせたこともあった。

その初代プリウスから13年後の2010年、筆者のところに、こんどは電話ではなくメールが何通も届いた。「SKYACTIVエンジンの資料がほしい」「論文がないか」などだった。




プリウス・ショックは1998年1月のNAIAS(北米国際自動車ショー=デトロイトショー)も同じだった。GMとフォードはすぐに対抗策を立て、GMはBMW、ダイムラーの3社がHEV開発で提携した。フォードはアイシン精機からユニットの購入を決めた。新しい技術に対しては必ず対抗措置を取る。トヨタ流のTHS(トヨタ・ハイブリッド・システム)に対してアメリカ勢はこのように動き、欧州はその後、HEV開発をあきらめた。

図1:市場調査会社JATOが発表した2018年の欧州23カ国平均CO2

SKYACTIVのインパクトは大きかった。2017年秋のSKYACTIV-Xもエンジン開発に携わる人びとの関心は極めて高かった。そして2018年夏、SIPの「革新的燃焼技術」開発でガソリンエンジンの熱効率50%に目途がたったという報告が行なわれる前から、日本のエンジン研究は注目され、2018年の国際燃焼シンポジウムでは希薄燃焼関連の研究が欧州および中国からいくつも発表された。




しかし、2018年は同時に、VWのディーゼル排ガス不正問題の影響から欧州でディーゼル車販売台数が激減した年でもあった。欧州でのディーゼル車販売台数は前年比18%も減った。これがもたらしたのは乗用車1台当たり平均のCO2排出量増加だった。市場調査会社JATOが発表した2018年の欧州23カ国平均CO2が図1である。2015年までの下降傾向から一転、増加に転じていることがわかる。ディーゼル車への不振から購買意欲がガソリン車へと向かい、結果的にCO2排出が増えてしまったのだ。

2019年に入ると、EU政府とEU議会はICEを「捨てさせる」決断を下した。


ある意味、ディーゼル車販売不振は産業構造改革を画策するEU政府にとっては好都合だった。欧州で政府系ファンドが「グリーン投資」への資金誘導役として活発に資金を遣い始めたのは2018年秋以降である。




そして昨年、COVID-19(新型コロナウィルス感染症)蔓延で打撃を受けた経済活動の復興を狙った予算措置のなかでドイツとフランスを中心にBEVとPHEVへの補助金が積み増しされた。需要は一気に拡大する。EUが掲げたキャンペーンは「電源コンセントからクルマへ充電」だった。

新聞もネットメディアも、なぜか日本ではハイブリッド車をHVと呼ぶ。E=エレクトリックを省略する。トヨタがウィーン・シンポジウムで発表する資料にはHVなどとは書いていない。HEVだ。この日本の「E抜き」が、ときに誤った解釈を誘発する。どこかの国が「electrification」と言うと、「すべて電気自動車でなければならない」などの誤報になる。




EUは一昨年からBEVとPHEVをECV(エレクトリカリー・チャージャブル・ビークル)という呼称に統一した。外部から電力をチャージできるクルマという意味であり、「電源プラグを差し込めるクルマ」だけを優遇している。おそらく日産の「e-POWER」のようなシリーズHEVは欧州では流行らないだろう。筆者は、シリーズHEVは技術の方向性として正しいと思っているが、電源プラグをクルマに「差し込ませる」ことがEU政府とEU委員会の狙いであり、大量にバッテリー(そのほぼすべてがリチウムイオン2次電池=LiBである)を搭載するクルマがEUでは正義なのだ。

図2:英国の調査会社・IHS Markit とオーストリアのエンジニアリング会社・AVLによる2030年までの乗用車市場予測

図2は英国の調査会社・IHS Markit とオーストリアのエンジニアリング会社・AVLによる2030年までの乗用車市場予測だ。ともに昨年秋時点での予測である。2030年に現在のEUのCO2排出規制値であるメーカー平均95グラム/kmからさらに37.5%の削減という目標が採択された場合は、BEVを増やさなければメーカーごとの対応はできないというのがAVLの見方だ。IHS Markitは2030年のCO2規制値を「現状レベル+アルファ」とした場合の予測のため、BEV比率の見通しはAVLより低めだ。

しかし、両社の予測からもわかるように、欧州といえども全量がBEVになるとはだれも予測していない。環境保護団体などは「充電しないでPHEVに乗るのは悪」と酷評しPHEV優遇を見直すべきだと主張しているが、EUはECVとして一括に扱う方針を崩さないだろう。PHEVはICEを搭載している。同様に、ICE搭載車の主流になると各社が予測する48V M(マイルド)HEVも含めたHEVは、乗用車需要の約半数を占めるとの予測がほとんどだ。HEVこそはICE主体である。




これはつまり、ICEは存続しなければならないということだ。EU+EFTAの年間需要を2030年まで年間1650万台平均とすれば、2021年も含めて1億6500万台の新車需要になる。このうち30%がBEVとごく少量のFCEVだとすると、残り70%にはICEが必須。10年間で1億1550万基のICEが依然として生産されなければならない。

では、マツダはどうする? MX-30ではBEVを作った。2020年末にはPHEVとおぼしき縦置きパワートレーンの写真(低解像度だった)も公表された。そもそも全量xEVなのだから、今後マツダの新車にはかならず電動機構が搭載されるということになる。




「MX-30にはRE(ロータリーエンジン)と電動モーターを組み合わせたレンジエクステンダー(高速距離延伸型)が設定される。HEV、BEV、レンジエクステンダーBEVを同時に成立させるマルチパワートレーン・プラットフォームのモデルとしてMX-30は開発された」

こちらは、2.0ℓ直4ガソリンエンジンであるSKYACTIV-G2.0に24Vのマイルドハイブリッドを組み合わせたパワートレーン
MX-30 EVのパワートレーン。モーターは日立Astemo(旧・日立オートモティブ)、バッテリーはパナソニック製だ。

マツダはこう言う。拡大解釈すれば、ICE主体のモデルとECVをひとつのモデルのなかで成立させ、この手法を全モデルに水平展開するということになる。なかにはBEV専用モデルもあるのだろう。ICE専用仕様(HEVだけ)があるかもしれない。




MX-30のMHEV仕様は、締めすぎない乗り味が良かった。この点は以前、走安性能開発部主観エンジニアの梅津大輔氏から伺っていた。梅津氏はGVC(Gベクタリング・コントロール)の開発を主導した人だ。




「ハードウェアを追加せず、重量を増やさないで走安性を上げる手段がGVCです。電動モーターという、制御が命の正負駆動力機構の時代だからこそサスペンションはどうあるべきかを考え、リヤサスペンションをTBA(トーションビーム・アクスル)にした。左右独立懸架ではないリジッドサスペンションです。最大の理由はセッティングのパラメーターをシンプルにするということなのです」

エネルギー源はガソリンか
プラグインで充電される電気か

MX-30はMHEV仕様とBEV仕様とでは、乗り味がかなり違う。しかし方向性は同じに思った。MHEVは肩肘張らない「はんなり感」で、動き始めの部分にほんの少しの不感帯というか位相遅れを作ってある。だれが運転してもクルマのリズム感をつかみやすいが、体育会系ではない。BEV仕様はその不感帯の幅、位相遅れの時間をごく短いものにした。ただしリズムは変わらない。快活に、しかし速くなりすぎず節度を持って……という印象だった。




「最初のGVCを開発する段階で、いろいろと計測してみたのですが、ハンドリングにエンジントルクの微妙な増減を加えると、エンジンマウントも含めてプリロードがかかっている部分の位相遅れがなくなっていたのです。タイヤ接地面上の荷重で言うと、ほんの数十Nmくらいの違いなのですが、ゼロ点が違うんです。プリロードがちゃんとかかっているのです。横力などで逃げる部分をなくすことができていた」

BEVではさらにGVCを進化させると語っていた梅津氏がMX-30のBEVで何をやりたかったのか、よくわかった。電動の良さを、怖さを感じさせることなくあらゆる技量のドライバーに味わってもらう、ということだろうと筆者は解釈した。せっかくBEVにするのだから、単にCO2の話だけでなく、ICE車ではできないことをやる。それを商品の価値として提供する。そういうことではないかと感じた。




以下、筆者がMX-30試乗後に梅津氏と交わしたやりとり(リモート会議ですが)を少し紹介しておく。すべて筆者の質問に対する梅津氏の回答である。

「バッテリーをフロアに並べた低重心よりも、車体の中に揺動物があるかないかが大きい。ICEはP/T(パワートレーン=エンジン+変速機)として車体にマウントされて、吊られていて、車体に対して位相が遅れてロール/ピッチする。これを制御するのは難しい。ダンパーのセッティングなどもP/Tの揺れに影響されますし、乗り心地面で言うとP/Tのシェイクに対してダンパーでも対応しなければならない。それと、見逃せないのはガソリンタンク内のガソリンの揺動。これは大きい。ラジエーター水の揺動もある。そういった液体の揺れは、ICE車では「ある」という前提で乗っているが、別な個体が揺れているから位相遅れを感じる。BEVにはこれがない。LiBは剛体だしモーターはがっちり留められる。こういうところのほうが低重心よりも質感に効いていて理想に近付ける効果は高かった」

「モータートルクの制御が走行フィールを大きく左右する。とくにGVCがあるかないかでクルマの動きはまったくちがう。電動GVCはステアリング操作に対し100%、確実に駆動モーターのトルクをコントロールする。そのときにドライバーが出している駆動力️・制動力に対し、切り込んだらモータートルクを減らして前荷重にする、ハンドルを戻すときにはほんの少しトルクアップした後ろ荷重にする。ピッチを後傾させて安定性を高める。これが下り坂でも上り坂でも常時できるので、バネ上のコントロールというか、車両としての一体感は圧倒的にいい」

「前後重量配分はMHEVの60:40(FF仕様)に対しBEVは55:45。ほとんどFRだ。総重量は200kgアップした。ただし低重心で揺動物がないのでかなり微低速域、動き出しの初期はあまり減衰ボリュームを盛らずにすんなり動かせる。高G域では、重たいぶんだけしっかりと姿勢を止めないといけないのでピストンスピードが速い領域では減衰をかなり上げている。ピストンスピードを横軸にとったダンパーのグラフを描くと、普通のICE車に比べてリニアなグラフになる。初期もへんなふうに盛っていない」

「ステアリングスポークについている「+」「−」のパドルは、右側は「登り」「高速巡航」アクセルオフで電流ゼロになるのでコースティングで使う。登りでアクセルオフの回生が強いと車速が落ちすぎてギクシャクする。車速の変動はいちばん電費を悪くするので、そういうときには右のパドルを使う。左パドルはエンジンブレーキ。これも最大0.15Gで、止まるところまではやらない。下り坂用だ。いろいろな勾配走って、勾配対応は2段階欲しいと思った。キツイところで2番目を使う。走行抵抗を変えてゆく概念で作った。これはギヤ段による減速とは違う」

「アクセルオフでの減速は0.15Gが限界だと思っている。理由は、ドライバーが右足を持ち上げたまま待つのはつらいからだ。0.2G以上の制動のときはブレーキペダルを踏んでもらい、ドライバー自身が姿勢を安定させるべきだと思う。もうひとつの理由はクリープ。クリープはパーカビリティと登坂の発進時には安心感を得られるから有益。クリープを付けたら、最後の停止はブレーキペダルで止まることになる。クリープはサウンドも有効で、完全停止のときはトルクを出していないから無音。クリープ時にはクリープトルクに合わせて微小に音を出している。音での認知性を上げている。無音でのクリープは怖い。何となく聞こえる程度の音だが、これがドライバーへのサインになっている」

ICEの砦、ICEの番人のように思われているマツダだが、BEVをしっかりと仕込んできた。その意味では、エンジンをなくしてしまってもいいのですか、という問いに対する答えは「Yes」になる。BEVならではの商品性をマツダは演出してきた。しかし、現実問題としてICEはなくせない。MX-30のマルチパワートレーン展開の中にもICE+電動モーターというMHEVがある。




厳密な計算はしていないが、たとえばドイツへ行ったとしても、発電方法別の発電時CO2を平均化してしまったら、MHEVがBEVに対し圧倒的に負けるということはない。勝てはしないが、いいところまで行く。車両廃棄段階での資源リサイクルまで含めたLCA(ライフ・サイクル・アセスメント)的視点で語れば、ひょっとしたらトントンかもしれない。しかしEUは、ECV優遇であり、BEVは無条件でCO2排出ゼロだ。(つづく)

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