ポルシェは、2015年のル・マン24時間レースの約一ヶ月前、ウィーンで世界のエンジン技術者が集まるシンポジウムにおいてスピーチ。919ハイブリッドはなぜV4という不思議なフォーマットを選択したのか。
FIGURE:PORSCHE
オーストリアの首都、ウィーンで開催される「ウィーン・モーター・シンポジウムは、世界中の自動車メーカー、サプライヤーのエンジン技術者が集う大きなイベントだ。2015年5月の第36回大会では、ポルシェとアウディが、ル・マン24時間に向けた開発について、発表を行なった。ポルシェは、ウォルフガング・ハッツ博士(ポルシェAGリサーチ&デベロップメント担当役員)が世界のエンジン技術者に向けてスピーチした。
「1970年のル・マンは本当にバケツをひっくり返したような豪雨に見舞われました。そして多くのマシンがレースの戦列を去りました」とポルシェがル・マンを初制覇した70年を振り返るところから話を始めた。
ポルシェ917Kこそがポルシェのル・マン初勝利を刻んだ記念すべきマシンだ。600psの6.0ℓ水平対向12気筒を搭載したマシンで、以来、ポルシェは936/956/962C/TWRポルシェWSC95、そして98年に優勝した911 GT-1で70年から98年の間に16勝を挙げている。
「モータースポーツは、ポルシェにとって切っても切れない存在です。モータースポーツなしにプロダクションカーの開発はできませんでしたし、我々が16年間の時を経てル・マンに復帰した理由もそこにあります。レースに復帰した最大の要因は、レギュレーションの変更にあります。私の記憶している限りでは、現在のWECほどエンジニアにとって開発の自由度があるレギュレーションはありません。LMP1は、ハイブリッド・カーで争われますし、エンジンは、ディーゼル/ガソリン、ターボ/自然吸気、気筒数も自由に選択できます」とハッツ博士は言う。新しいレギュレーションはイノベーションとチャレンジを必要とし、それは将来のプロダクションカー(とくにポルシェにとってはスポーツカー)開発に役立つという確信があったからこそのル・マン復帰だったわけだ。
「とはいえ、復帰が決まりプロジェクトがスタートしたのは2011年6月で、ヴァイザッハで919 Hybridがロールアウトするまでわずか2年しか開発期間はありませんでした。パワーだけではレースは勝てません。ドライブシステム、空力、軽量デザインなどのトータルのパッケージングが重要で、そのハーモニーを、我々は“ポルシェ・インテリジェント・パフォーマンス”と呼んでいます」
ポルシェは、2010〜2011年の911 GT3 R Hybridの経験があり、効率的な電気エネルギーマネージメントのデータを持っていた。このマシンはフライホイール式エネルギーストレージを持っていたが、919 Hybridでは、リチウムイオン・バッテリーを採用している。
「ポルシェは919 Hybrid開発のために、300名のエンジニアを擁する新しい開発センターをヴァイザッハに作りました。919 Hybridの基本となるコンポーネントは、コンベンショナルです。しかし、そのエンジンは“コンベンショナル(型にはまった)”ではありません。まったくの新設計のコンパクトな2.0ℓV型4気筒直噴エンジンです。1気筒あたり4バルブで、その中心に直噴インジェクターを配しています。ギャレット製シングルスクロールターボとボッシュ製ECUを採用しています。アルミ製クランクケースは、鋳造ではなく削り出しです」
エンジンには、F1由来、あるいは航空宇宙のテクノロジーも使われているという。
「結局のところ、ル・マンのマシンは、F1マシンが1シーズンで走る距離を1レースで走りきらなければなりません」
「我々は排出ガス・エネルギーを回生するためのふたつのシステムを持っています。この排気エネルギー回生システムは、まったくの新開発で同様のタイプを使っているマニュファクチャラーは他にありません。F1で使われている“eターボ”と違って、ターボチャージャーとは独立したシステムです。このシステムは、インテリジェント・ウェイストゲートとしても機能し、ガス圧が低い時でもエネルギー回生が可能です。運動エネルギー回生と違って、ドライバーがアクセルを踏んでいるときもエネルギーを回生できます。これでシステム全体の効率が大幅
に高まりました」
ハッツ博士はポルシェ919 Hybridの完成度に自信を見せる。
「現在、我々のマシンほどエネルギー変換に優れたマシンは、F1にもル・マンにもありません。919 Hybridは8MJの放出エネルギー枠ですが、それは我々ポルシェだけです」
ハッツ博士のスピーチはパワーユニットからバッテリーに移る。
「エネルギー・ストレージは、非常に重要です。前に述べたように我々はフライホイールではなくリチウムイオンバッテリーを選びました。我々の液冷バッテリーは、短時間で大きなエネルギーを吸収し非常に短い時間で放出しなくてはなりません。言い換えると、ウルトラキャパシタ並の高いパワー密度と同時に高いエネルギー密度も持っています。私が指摘したいのは、そのバッテリーシステムをポルシェは自社で開発した、ということです」
バッテリーセルの製造はA123が担当したが、リン酸塩を用いたバッテリーセルの設計はポルシェ自身が行なったという。
ハッツ博士が何度も強調するのが、“レースカー開発と市販車開発の連動”についてだ。
「919 Hybridの開発は、将来のプロダクションカー開発と強く結びついています。たとえば、排出ガスエネルギー回収システムはターボとダウンサイジングの組み合わせの効率をさらに上げてくれるでしょう」
ハッツ博士は、最後をこう結んだ。
「雨でも晴れでも、いずれ、我々は、16回勝利した大好きなサーキットで17回目の優勝を果たします。おそらくこの919 Hybridで」