爆発的に売れている気配はないけれど、カワサキが2019年10月から国内販売を開始した、KLX230/Rに対する業界内の評価はすこぶる良好である。もっとも、雑誌やWEBで展開されるKLX230/Rの記事を読んだ人の中には、多くのテスターが記した“セローではない”という言葉に、引っかかりを感じた人がいるのではないだろうか。やっぱりセローではないと言われると、街乗りやツーリングには向いていない気がするからなあ……。そのあたりの実情を確認したくなった筆者は、カワサキから広報車を10日間借用し、自分のフィールドでKLX230をじっくり乗り込んでみることにした。
REPORT●中村友彦(NAKAMURA Tomohiko)
PHOTO●富樫秀明(TOGASHI Hideaki)
カワサキKLX230……495,000円
まずは大前提の話から。2019年春にKLX230の概要が発表されたとき、僕を含めた多くのライダーがイメージしたのはヤマハのセロー路線、カワサキで言うなら1997~2007年に販売されたスーパーシェルパ路線だったと思う。何と言っても、エンジンは空冷SOHC2バルブで、車体は結構コンパクト(軸間距離は1380mm)。となれば、1993~2017年に販売された闘う4スト、KLX250シリーズ(エンジンは水冷DOHC4バルブで、最終型の軸間距離は1430mm)とは、方向性が違うはずだと。
ところがカワサキの狙いは、セローでもスーパーシェルパでもなく、KLX250寄り……だったのである。具体的なコンセプトは、アメリカのオフロード好きの需要を満たすファンバイクにして、東南アジアで大人気を獲得しているKLX150の上位機種。現在のカワサキの国内ラインアップをベースに考えるなら、モトクロッサーのKX250より敷居が低く、オフロード入門用のKX100やKLX110よりは本格派という位置づけ。実際の開発は、前後サスストロークがかなり長く、保安部品と振動緩和用のバランサーを装備しないRが先行し、STDはRを公道仕様にモディファイする形で生まれたそうだ。
僕自身は参加していないものの、2019年夏に開催された試乗会では、多くのテスターがKLX230/Rを絶賛。もっとも悪路走破性は、Rのほうが格段に好感触だったようだが、だからと言って、公道仕様のKLX230を悪く言う人はいなかった。ただしカワサキ開発陣とテスターのほとんどは、KLX230は“セローではない”と明言。僕はその言葉を、街乗りやツーリングにはあまり適していないのか……と受け取ったものの、だとしたら、Rが付かないKLX230の存在意義はどこにあるのだろう?
何だかモヤっとした気持ちを抱えながら、競合車のようでそうではない現行トレール車、ヤマハ・セロー250とホンダCRF250Lを念頭に置きつつ、僕はKLX230と10日間・約1000kmを共に過ごしてみることにした。
市街地を数分走った段階で、あ、これは確かに全然セローじゃないと思った。その最大の原因は足つき性の悪さだが、かなり俊敏でシャープな車体の動きも、セローの穏やかさや優しさとは相反する要素。スタイルや車体の軽さに惹かれたエントリーユーザーや小柄なライダーが、KLX230を試乗するためにディーラーを訪れたら、ハードルの高さに困惑することになるだろう。
でも僕自身は、足つき性が悪くなるのを承知で、座面が高くて硬くてフラットなシートを採用したこと、公道仕様ではあっても、オフロードでの操縦性を犠牲にしなかったことに、カワサキの漢気を感じた。特にシート形状に関しては、1990年代以降の日本で販売されたトレール車は、足つき性重視で前下がりの座面が定番化し、その結果として本来の運動性と快適性が味わいづらくなっていただけに、よくぞここまで、まっとうなシートを採用したものだと。なおシートを足つき性重視の形状にすると、重心が下がってハンドリングが親しみやすくなるという副次的な効果が期待できるのだが、カワサキはあえてそういうメリットに背を向けたのである。
さて、いきなり細かい話になってしまったけれど、それなりの経験があるライダーやオフロード好きにとって、KLX230は既存のトレール車と同様に、混雑した市街地をスイスイ走れるバイクだと思う。視界が高くて広く、操作に対する反応がクイックだから、セローやCRF250Lより、機動力は上かもしれない。ただし心身が疲れているときは、いまひとつくつろげない、ホッとしづらい乗り味だし、周囲のペースに合わせて淡々と走るのは、得意ではなさそう。そういう意味でKLX230は、オンロードで言うスーパースポーツ的なところがあるのだ。
高速道路での印象は、可もなく不可もなく。もっともRを基準に考えると、バランサーで振動を適度に解消し、2次減速比をロングにしたSTDは(Rの15/46に対して、STDは14/45)、100km/h巡航がごく普通にこなせるのだから、十分に可、と言うべきかもしれない。ただし個人的には、遅い4輪を追い越すときの加速力に、少々物足りなさを感じたし、ライダー込みの重心が高いせいか、横風に対する弱さも気になった。もっともこのあたりは、一般的なトレール車も似たりよったりなのだが、快適性や安定性では、軸間距離が1445mmのCRF250Lや、重心が低めのセロー250に軍配が上がりそうだ。
なお最高速は、どんなに条件がよくても120km/hチョイだった。回転リミッターが作動しなければ、もう少し伸びそうな気配はあるけれど、どうやらカワサキは、オフロードの楽しさを重視するこのバイクにとって、120km/h以上の速度は不要と判断したようである。
超が付くほどの快走路はさておき、見通しと路面状況があまり良好ではない峠道、3ケタ国道や県道や舗装林道では、車体が軽くてトラクションがわかりやすいトレール車は、水を得た魚になる。それどころか、走る場面と乗り手の技量によっては、ビッグバイクにヒケを取らない速さが堪能できる。KLX230もその例に漏れず、ワインディングロードはムチャクチャ楽しかった。
具体的にどんな部分が楽しかったかと言うと、段取りをアレコレ考えなくてもヒラッとコーナーを曲がれることや、砂や落ち葉や水たまりなどを気にしなくていいうえに、走行ラインを自由自在に選択できること、ほとんどの場面でアクセルをワイドオープンできることなど。
とはいえ、調子に乗ってペースを上げて行くと、コーナー進入時のフロントまわりに頼りなさを感じることが何度かあった。おそらく、その原因は悪路走破性を重視したブロックパターンタイヤで、舗装路重視のダンロップD604やミシュラン・シラック、IRC GP201などを履けば、僕が感じた頼りなさは干渉できるはずだ。
ここまでに紹介した場面では、いいところがある一方で、気になるところもあったKLX230。でもオフロードを20分ほど走った段階で、なるほど!……と、僕は合点がいった。このバイクはオフロードを楽しむためのバイク、もっと正しく言うなら、オフロード経験が豊富ではない僕のような普通のライダーが、アクセルをガンガン開けてオフロードを楽しむためのバイクなのだ。カワサキの開発陣や試乗会に参加したテスターからは、最初からそう言っているじゃないか、と叱られそうだが。
ちょっと妙な表現になるけれど、セローとCRF250L、さらにはKX250を準備して、封鎖した林道での区間タイム、あるいは、モトクロスコースのラップタイムを計測したら、僕が最も速く走れるのはKLX230だろう。どうしてそう感じるかと言うと、マシンを信頼して、自信を持って飛ばせるからだ。このあたりのフィーリングは、乗り手の技量で異なるものの、僕の場合はムキになって飛ばし始めると、セローは足まわりに微妙な物足りなさを感じるし、CRF250Lは車体の長さとトラクション不足が気になるし、KX250はマシンが欲している荷重をかけられない自分が情けなくなって来る、と思う。
でもKLX230は、僕を含めた普通のライダーにとって、エンジンも車体も絶妙と言いたくなる設定だから、ジャンプしたりリアを流したりといった行為が、臆することなく、楽しく行えるのだ。この特性から察するに、保安部品を装備しないRは、一般的なライダーよりオフロード経験が豊富でも、KX250は敷居が高いと感じるライダーにとって、絶妙な設定になっているに違いない。
ちなみに、セローが得意とする林道でのトコトコ走りは、KLX230でも出来なくはない。とはいえ、このバイクは加速&減速時のフィーリングを重視して開発されているうえに、アイドリングが高めに設定されているので、周囲の風景を眺めながらトコトコ走っても、セローのような穏やかな気分にはなれなかった。
Rとは似て非なる特性で、セローではないKLX230の存在意義に、当初の僕は疑問を持っていた。でも今現在は、とりあえず自分なりの答えは出ている。このバイクは、トランポを所有していない、あるいは、1台でいろいろな用途をこなしたい、オフロードが大好きなライダーのために作られたのだ。もちろんバイクとの付き合い方は人それぞれだから、舗装路をメインで使ってもいいし、カワサキの意図とは異なる特性になるけれど、フレンドリーな資質を身に着けるために、ローダウンリンクやローシートを装着するのもアリだと思う。
とはいえ、KLX230はオフロードを積極的に走ってナンボのバイクである。どんな使い方をするにしても、オーナーになったら1度は、このバイクが真価を発揮する、オフロードに足を踏み入れてみるべきだろう。
主要諸元
車名(通称名):KLX230
型式:2BK-LX230A
全長×全幅×全高:2,105mm×835mm×1,165mm
軸間距離:1,380mm
最低地上高:265mm
シート高:885mm
キャスター/トレール:27.5°/ 116mm
エンジン種類/弁方式:空冷4ストローク単気筒/SOHC 2バルブ
総排気量:232cm³
内径×行程/圧縮比:67.0mm×66.0mm/ 9.4:1
最高出力:14kW(19PS)/7,600rpm
最大トルク:19N・m(1.9kgf・m)/6,100rpm
始動方式:セルフスターター
点火方式:バッテリ&コイル(トランジスタ点火)
潤滑方式:ウェットサンプ
エンジンオイル容量:1.3 L
燃料供給方式:フューエルインジェクション
トランスミッション形式:常噛6段リターン
クラッチ形式:湿式多板
ギヤ・レシオ:
1速 3.000 (39/13)
2速 2.066 (31/15)
3速 1.555 (28/18)
4速 1.260 (29/23)
5速 1.040 (26/25)
6速 0.851 (23/27)
一次減速比/二次減速比:2.870(89/31) / 3.214(45/14)
フレーム形式:セミダブルクレードル
懸架方式:前 テレスコピック(インナーチューブ径 37mm)/後 スイングアーム(ニューユニトラック)
ホイールトラベル:前 220mm/後 223mm
タイヤサイズ:前 2.75-21 45P/後 4.10-18 59P
ホイールサイズ:前 21×1.60/後 18×1.85
ブレーキ形式:前 シングルディスク 265mm (外径)/後 シングルディスク 220mm (外径)
ステアリングアングル(左/右):45°/ 45°
車両重量:134kg
使用燃料:無鉛レギュラーガソリン
燃料タンク容量:7.4 L
乗車定員:2名
燃料消費率(km/L)※1:
38.0km/L(国土交通省届出値:60km/h・定地燃費値、2名乗車時)※2
33.4㎞/L(WMTCモード値 クラス2-1、1名乗車時)※3
最小回転半径:2.2m
生産国:インドネシア共和国