3年後の自動車とその市場はどうなるか——3年は長いようで短い。いま開発が進められている新技術の市販車搭載は3年後では実現がむつかしい。試作も含めれば最短でも5年はかかる。一方で新しい制度・規制や法改正は、即決定即実施というケースもある。それと水面下で進められる企業のM&A(合併・買収)だ。過去の例が示すように、この案件は突然のように発表され実施される。『2020年はどうなる?』ではなく、もう少し長い3年後を予想してみる。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo) FIGURE:IHS MARKIT
その1■2023年、全世界での電気自動車販売台数は700万台
世界的な市場調査会社であるIHSマークイットが2018年の段階で予想したBEV(バッテリー充電式電気自動車、近年ASEA=欧州自動車工業会の公式発表ではECV=Electrically-Chargeable Vehiclesと呼ばれている)の世界販売台数は、2023年に約700万台だった。
「そんなに増えるの?」
「いや、もっと多いはずだ」
この700万台という数字の受け止め方はさまざまだが、700万台の過半数が中国で販売されるという点では、どの市場調査会社やシンクタンクでも一致している。中国が2018年に導入した新能源車(NEV=New Energy Vehicle)規制がその理由だ。BEV、PHEV(プラグインハイブリッド車)、FCEV(燃料電池電気自動車)の3タイプがNEVに指定され、自動車メーカーは一定比率のNEVを販売しなければならなくなった。
2018年、中国では125.6万台のNEVが売れた。中国政府は2013年末にNEV向け補助金交付などの支援を手厚くしたため中国メーカーを中心にBEVの開発が活発化し、2015年に33.1万台、2016年に50.7万台、2017年に77.7万台とNEV販売は着実に増えていった。2018年にNEV規制を導入した段階で、中国で現地生産を行う外資自動車メーカーも対応を加速させた。2019年以降は目標未達成メーカーへの罰金が課せられるため、中国メーカーとの新たな提携などNEVをめぐる動きは活発化した。
しかし、2019年6月末に中国政府は、NEV向け補助金の大幅カットを実施した。その結果NEV販売は激減した。1〜11月の実績は中国汽車工業協会(中汽工)発表で104.3万台。2018年通年実績は125.6万台だったが、これに届かない可能性が極めて高い。
この中国でのBEV減速を見て、調査会社やシンクタンクの予測値も変わってきた。日本国内の調査会社にはBEVの商品力を過信するところも多いが、中国で訊けば「補助金がなければだれも買わない」「いままでNEVを買い支えてきたのは自動車メーカー、部品メーカー、自動車販売店、自治体などであって一般消費者ではない」との厳しい回答ばかりだ。実際、BEVメーカーの工場が閉鎖された例もある。
中国にかぎらず、BEVを買ってもらうポイントは車両価格とランニングコストだ。BEVが「売れている」と言われるノルウェーでは、BEVを購入すると税率25%の付加価値税が免除され高速道路とフェリーが無料になり市街地ではバスレーンを走ることができる。フィンランドも優遇が手厚い。しかし優遇は税金投入であり、言い換えれば「BEVを買わない消費者のほうが多い」からこそ成り立つ制度でもある。
フィンランドとノルウェーは年間の乗用車販売台数は15万台以下、デンマークは25万台以下。いっぽうドイツは350万台以上、フランスは230万台。本来なら徴収できるはずの税金などを免除するには覚悟がいる。中国政府は年間120万台ぶんの補助金を重荷に感じたのか、それとも「競争が激しくなればNEVの車両価格はどんどん下がる」と高を括ったのか。あるいは諸外国の半分以下と言われる中国製リチウムイオン2次電池(LiB)がさらに値下がりしてNEV価格が2020年にはガソリン車並みになると考えたのか。
中国がNEV規制を導入した2018年初の段階、まだ期待の大きかった時点でコンサルティング会社のデロイトトーマツは「2030年でBEVは世界新車市場の10%」と予測した。中国のNEV規制導入後の自動車市場を、ある意味で懐疑的に見ていたことになる。
「もうエンジンなど古い。時代は電気だ」
日本で新聞やテレビがこぞってこう言い始めたのは、世界で初めてLiBを搭載する量産型BEVとして三菱i-MiEVが発表された2006年の前後だった。i-MiEVの法人向けの発売は2009年6月に始まり、同じ年に日産リーフが発表された。「他社もBEVを投入し競争が激しくなる」「BEVは部品点数が少なく構造も簡単だから異業種が参入してくる」と新聞もテレビもネットニュースも報じた。しかし、そうはならなかった。
1991年、バブル末期の日本で国立環境研究所、東京電力、東京R&Dなどが開発した4輪IWM(イン・ホイール・モーター)方式のBEV「IZA」が話題になった。電力業界は当時、短時間での出力調整ができないため「発電して送り出しても戻ってきてしまう電力」だった原子力発電由来の電力を使ってもらおうと「夜間にBEVに充電する」ことを提案していた。その御神体がIZAだった。2004年には慶應義塾大学などが8輪IWMのエリーカを完成させ、最高時速370kmをうたった。しかし、IZAもエリーカも「たった1台」であり、メディアの関心が醒めるのも早かった。
中汽工が2019年の年頭に発表した自動車販売見通しは2,820万台だったが、1〜11月実績は輸入車を含めても2,400万台強。見通しは大きく外れた。しかし依然として中国政府はNEV普及に強気だ。「将来的には新車販売台数の30%をNEVにする」と言っている。
今後2〜3年は世界的な景気の停滞も予想される。自動車販売は景気に大きく左右される。ガソリン/ディーゼル車に比べて割高なBEVは、景気低迷の中では苦しい。中国は米中貿易戦争の影響で消費が鈍っている真っ只中にNEVの補助金を大幅カットした。2020年末には補助金がゼロになる。NEV販売は厳しいだろう。
EUでは、ドイツもフランスもイギリスも、かつて設定したBEV普及目標にはまったく届いていない。新車市場の5%をBEVにすることさえむつかしい。アメリカではZEV(Zero Emission Vehicle)の販売目標を定めている10州(中国はこのカリフォルニア州ZEV規制を真似した)が全米販売台数の4分の1を占めるものの、BEV普及はガソリン価格とのバランスに大きく依存する。ガソリン高騰の材料がない現在、BEVはそうは売れない。
2023年時点でのBEV世界販売台数は、冒頭に紹介したIHSマークイットの予測である700万台にも届かないような気がする。世界じゅうがまずまずの好景気になれば700万台、いまやLiBの大量供給元になった中国で、さらにLiB価格が下がって現在の半値になれば800万台。こう予想する。