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ステルビオ1200 4V以来、およそ10年ぶりにモトグッツィのラインナップにアドベンチャーモデルが復活した。1980年代にパリダカに参戦したV65TTをモチーフとするクラシカルなスタイリングが特徴で、伝統のクランク縦置きの空冷90度V型2気筒エンジンは完全新設計。TT(イタリア語でトゥット・テレーノ。英語ではオール・テレーン)の名に恥じない走りを見せてくれるのか、じっくり試乗してみた。
REPORT●大屋雄一(OYA Yuichi)
PHOTO●山田俊輔(YAMADA Shunsuke)
モトグッツィV85 TT(プレミアムグラフィック)……1,452,000円
モトグッツィV85 TT(スタンダードグラフィック)……1,424,500円
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アドベンチャーというジャンルの祖にして、およそ40年も頂点に君臨し続けている絶対的王者のBMW・R-GSシリーズ。世界中の二輪メーカーがあらゆる手を尽くしてこの牙城を崩さんと挑んできたが、販売台数において今なお2位以下との差が歴然としているのが現状だ。とはいえ、そうして各社が新たな価値、独自の走りを創造しようと切磋琢磨した結果、特に近年は魅力的なアドベンチャーモデルが次々とデビュー。もはやスーパースポーツやネイキッド以上にホットなジャンルとなっているのだ。
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そうした流れを汲んでか、イタリアの名門であるモトグッツィもおよそ10年ぶりにアドベンチャーモデルをラインナップに復帰させた。丸目2灯のユーモラスなフロントマスクに目を奪われがちなこのV85TTというニューモデル、全体の造型は同社のデュアルパーパス第1弾〝V65TT〟をベースに、パリダカ参戦用にカスタマイズしたレーサーをモチーフとしている。
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エンジンはV9ボバーと同じ853ccのクランク縦置きの空冷90度Vツインだが、完全な新設計だという。とはいえ、1967年に登場したV7 700以来続くモトグッツィの伝統的なエンジン形式であり、しかもシリンダーヘッドがOHVの2バルブのままとあれば、その特性が大きく変わることはないと高をくくっていた。ところが……。
驚いたことにスムーズなのだ。モトグッツィは排気量の小さなV7シリーズでも、スタート時にまるで身震いでもしているかのような、左右方向への揺らぎを伴いながら加速するのだが、新しいV85TTにそうした挙動はほとんどない。そして、そこからの回転上昇も非常に滑らかであり、不快な振動を伴わないからこそ躊躇なくスロットルを開けられる。その結果、実に速いのだ。ちなみに最高出力はV9ボバーの55hpに対して25hp増(!)の80hpを公称。このスペックは伊達ではない。
スロットル機構は最新のライド・バイ・ワイヤー方式だ。ライディングモードはロード、レイン、オフロードの3種類から選択でき、トラクションコントロールとABSの介入レベルもそれに連動して切り替わる仕組みだ。スロットルレスポンスはそれぞれで変化するが、どのモードにおいても右手の動きに対して忠実であり、レインモードだからといってダルすぎてむしろ扱いづらい、などといった不満がないのだ。
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ハンドリングもいい。この新型エンジンありきで設計された高張力鋼管フレームはアンダークレードルを省略しているが、それでも高速のコーナリング中にギャップを通過してもラインは乱されず、剛性不足は一切感じない。フロント19インチならではの落ち着いた舵角の入り方や接地感の高さ、前後170mmという長いホイールトラベル量から生まれる把握しやすいピッチングなど、アドベンチャーモデルとしての資質は非常に高い。付け加えると、かつて同社がスイングアームに積極的に採用していたCARC(平行リンクによってベベルギアに発生する反トルクを解消する機構)を使っていないにもかかわらず、シャフトドライブ特有のテールの上下動があまり感じられなかったことも、好印象を底上げしている要因だ。
ブレーキは、フロントにブレンボのラジアルマウントキャリパーをダブルで装備している。しかもディスク径はφ320mmと大きい。やや過剰な装備かと思われたが、むしろブレンボならではのコントロール性の高さが全面に出ており、印象は非常にいい。
良くも悪くもモトグッツィならではの荒削りなフィーリングは薄まったが、高速道路を坦々と巡航している際に感じる縦置きクランクならではのグライド感とでも言おうか、外乱に強い走りはまだまだ健在で、クルーズコントロールを操作しながらヘルメットの中で思わずニヤリとした。激戦区のアドベンチャーカテゴリーにクラシックという新たな価値を生み出し、その一方で新技術を惜しみなく導入。イタリア本国ですらモトグッツィはニッチなメーカーという位置付けらしいが、このV85TTはそれを払拭するだけの可能性を十分に秘めている。
ディテール解説
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ホイールはフロント19インチ、リア17インチのワイヤースポークで、標準装着タイヤはプレミアムグラフィックだとミシュランのアナキーアドベンチャー、スタンダードグラフィックはメッツラーのツアランスとなる。フロントフォークはφ41mm倒立式、リアサスはリンクレスのモノショックで、前後ともプリロードおよび伸び側減衰力の調整が可能だ。ホイールトラベルは前後とも170mmを確保。ブレーキはフロントがφ320mmのダブルディスクで、ブレンボ製の対向式4ピストンラジアルマウントキャリパーを組み合わせる。リアはφ260mmディスクと片押し式2ピストンキャリパーのセット。ABSユニットはコンチネンタル製の2チャンネル式だ。このクラスのアドベンチャーとしては唯一のシャフトドライブ車だが、特有のトルクリアクションを軽減する機構は採用されていない。
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4.5インチのTFTディスプレイによる多機能メーターは、周囲の明るさに応じてバックライトが反転する。新しいマルチメディアプラットフォームのMIAにも対応しており、専用アプリを介して計器機能を拡張したり、インターコムを使用して電話の発着信や音楽の再生も可能に。USBポートはメーターの左側だけでなくシート下にも。
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スロットルはライド・バイ・ワイヤーだ。スイッチは右側にハザードなどをレイアウトし、ライディングモードの切り替えはセルボタンで行う。左側は中央にあるスイッチで各種設定の切り替えやオートクルーズコントロールの操作などを行う。
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前後一体式のダブルシートを採用。中央のストッパーにはモトグッツィの刺繍ロゴが入る。シートはキーロックにて取り外すことができるが、収納できるのはせいぜいウエス程度だろう。バッテリーの上に2本の六角レンチが置かれている。
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高強度ナイロンとアルミを組み合わせた純正アクセサリーのアーバンケース。サイレンサーのある左側は容量27.5L、右側は37Lだ。このほかに1.5mm厚のアルミで作られたトップボックスおよびサイドバッグも用意する。
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直接のライバルとなりそうなBMWのF750GSと比べるとシート高は15mm高いが、それでもアドベンチャーモデルとしては標準的であり、身長175cmの私で両足の拇指球がしっかりと接地する。膝の曲がりが窮屈ではなく、また上半身にも余裕があるので、ロングツーリングでも疲れにくい。
【V85TT 主要諸元】
エンジン形式:空冷4ストローク縦置き90°V型2気筒OHV2バルブ
総排気量:853cc
ボア×ストローク;84㎜×77㎜
圧縮比:10.5:1
最高出力:80HP(59kW)/7,750rpm
最大トルク:80Nm/5,000rpm
燃料供給システム:φ52 mmシングルスロットルボディ(ライド・バイ・ワイヤ)
燃料タンク容量:21L(リザーブ:5L)
認証:ユーロ4
燃料消費(WMTCサイクル):4.9L/100km
CO2排出量(WMTCサイクル):118g/km
クラッチ:乾式単板
トランスミッション:6速リターン
ギアレシオ:1速 16/39=1:2.437
2速 18/32=1:1.778
3速 21/28=1:1.333
4速 24/26=1:1.083
5速 25/24=1:0.960
6速 27/24=1:0.889
フレーム:高張力鋼管製フレーム
フロントサスペンション:φ41mm油圧テレスコピック倒立フォーク、スプリングプリロードおよびリバウンドダンピング調整
フロントホイールトラベル:170mm
リアサスペンション:アルミボックスタイプ両持ちスイングアーム、右サイドシングルショック、スプリングプリロードおよびリバウンドダンピング調整
リアホイールトラベル:170mm
フロントブレーキ:φ320mmステンレススチール製フローティングダブルディスク、ブレンボ製対向4ピストンラジアルマウントキャリパー
リアブレーキ:φ260mmステンレススチール製ディスク、2ピストンフローティングキャリパー
ホイール:ワイヤースポーク
フロントホイールリム:2.50×19インチ
リアホイールリム:4.25×17インチ
フロントタイヤ:110/80-19
リアタイヤ:150/70-17
ACジェネレーター:430W
システム電圧:12V
バッテリー:12V–12Ah
シート高:830㎜
乾燥重量:208kg
車両重量:229kg(※走行可能状態(燃料90%搭載時))