どこか遠くへ往きたい。時間の許す限り走り続けたい。A4オールロードクワトロには、そう思わせる魔力がある。行き先は、琵琶湖の東側の湖畔、城下町として栄華を誇った近江八幡。東京から往復1100㎞の旅が始まった。
TEXT●小泉 建治(KOIZUMI Kenji)
PHOTO●平野 陽(HIRANO Akio)
※本稿は2016年11月発売の「アウディA4/S4のすべて」に掲載されたものを転載したものです。車両の仕様や道路の状況など、現在とは異なっている場合がありますのでご了承ください。
妄想をかき立てられる
眺めているだけで旅に出てみたくなるクルマである。たぶんに感覚的な話ではあるが、実はこれ、クルマという商品にとってとても大切な要素だと思うのだ。
暴論かもしれないが、その気になれば旅になんてどんなクルマでだって行ける。スーパーカブで真冬に宗谷岬まで行ってしまう猛者だっているくらいなんだから、タイヤが四つもあって、おまけにエアコンなんてついていたら、もうそれだけで十分すぎるくらい快適なツアラー……のはずである。
だとすれば、「旅に出たいと思えるクルマ」かどうかが顧客の心を掴むための最初の勝負になってくる。
クルマを買う動機、それは妄想にある。このクルマを買って、あんな所やこんな所に行きたい、誰々を乗せて走りたい、みんなに見せびらかしたい……方向性はいろいろあるが、そんな妄想をかき立てられるからこそ、人は大枚をはたいてクルマを買うのだろう。
A4オールロードクワトロ、その点では100点満点である。長旅の荷物と、訪れる先で買うであろう土産の数々を余裕で飲み込むステーションワゴンというボディ形式に、高い走破性を予感させる僅かに引き上げられた車高。それでいてSUVほど視点が高くないことが、長距離ドライブにおける疲労の少なさや、ワインディングでの軽快な身のこなしを期待させる。
まぁしかし、妄想に浸ってばかりでは始まらない。我々の使命は、実際に走ってみて得られた情報をみなさんに提供し、妄想の手助けをすること。そんなわけで、A4オールロードクワトロで旅に出たのである。
圧倒的な積載性の高さ
朝、都内でカメラマンと合流し、まずは機材と荷物の積み込み作業が始まる。ラゲッジスペースが広いほど旅に向いているなどと無粋なことは言いたくない。冒頭の「カブで宗谷岬」の人たちに鼻で笑われてしまう。ただ、こうしてA4オールロードクワトロの広大な、そしてスクエアで荷物の載せやすいラゲッジスペースを目の当たりにすると、そんな強がりも言っていられなくなる。カメラマンの機材は常識的に想像するよりもはるかに嵩張る。スーツケースのようなカメラケースに、三脚、一脚、レフ板、バッテリー、脚立……、今回のようなツーリング取材の場合、その重さは約40㎏となる。そこへノートコンピュータや洗車道具、そして大人2名の着替えなどの荷物が加わる。ラゲッジスペースは広いに越したことはない。
セダンやハッチバックの場合、ラゲッジスペースはカメラ機材で埋まり、リヤシートの足元などにも分散して積む羽目になることが少なくない。ところがA4オールロードクワトロは、それらすべてをラゲッジスペースに飲み込んだ。リヤゲートを閉めれば連動してトノカバーも閉まり、防犯上も好ましいことこの上ない。おまけにラゲッジネットを使って壊れやすいレンズ類を固定し、後ろでドッタンバッタン動くのを防ぐこともできる。さらにさらに、両側のホイールハウスの壁面にもベルトがついていて、小物を固定することもできるのだ。この細かい気遣いを見るに、間違いなく毎日タフにステーションワゴンを使い倒している人が設計したはずだ。このラゲッジスペースに文句がある人、います?
荷物がスッキリと収まり、気分良くスタートだ。東京ICから東名高速に乗り、ひたすら西を目指すことになる。A4オールロードクワトロが搭載する直列4気筒2.0ℓ直噴ターボは、252㎰を発生するハイパフォーマンス仕様で、370Nmという強烈なトルクを僅か1600rpmで発生する。1.4TFSIや2.0TFSIと同じ7速DCTを搭載するが、ファイナルはそれぞれ異なっている。A4オールロードクワトロの場合、100㎞/h巡航時のエンジン回転数は7速で1500rpmとなる。 ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)は完全停止と自動再発進にも対応し、レーンキープアシストも備える。ACCはプレミアムモデルにとってそれほど珍しいものではなくなってきたが、レーンキープアシストも普及が期待される装備だ。とくに大型トラックと併走しながらコーナーに入っていくときなどの安心感は計り知れなく、その安心感の積み重ねが、結果的には疲労の抑制にもつながる。こうした長距離ドライブにおいてかなり有用なシステムと言えるのだ。
長旅を長旅と感じさせない
御殿場JCTから豊田東JCTまでは新東名である。120㎞/hとも140㎞/hとも言われている設計速度に対し、現状の制限速度100㎞/hではいかにも退屈でしかたなく、「まだ静岡県かよ」などとあくびしながらボヤくのが常であるが、なんだか今回は端から端まであっという間だった。とくに飛ばしたわけでもなく、理由はよくわからないのだが、長く感じなかったということはストレスがなかったと考えていいだろう。
そして豊田東JCTからほんの少しだけ伊勢湾岸道を通り、豊田JCTから東名、そして名神を走る。
養老SAで味噌カツ丼ときしめんのセットという名古屋文化全開の昼食を堪能した後、竜王ICで一般道に降りる。国道477号を北上し、20分ほど走れば近江八幡の中心地に辿り着く。
16世紀に豊臣秀次によって開かれたとされる近江八幡は商業都市として栄え、いわゆる近江商人でも知られている。日牟禮八幡宮を中心に古くからの町並みや運河などが残され、往時の風情を存分に味わえる旧市街である。国の伝統的建造物群保存地区に選定されていて、時代劇などの撮影場所として使われることも多いそうだ。
平日だというのに日牟禮八幡宮の駐車場はほぼ満車で、参拝客でごった返していた。果たして週末はどうなることやら? 旅の無事を祈ってお参りし、しばし市内を散策する。日牟禮八幡宮と並んで必見なのは、八幡堀と呼ばれる運河である。かつては水上交通の要衝であり、現在は遊覧用の小舟が行き交う。
細長い国土に険しい山々が連なり、天候によって河川の流水量が刻々と変化する我が国では、こうした運河のすぐ両側のそれほど高くない位置に建造物が並ぶ風景は珍しい。至近に琵琶湖という巨大な水瓶があってこその、この情緒溢れる景観なのだろう。
まるで地中海沿岸? 岸にへばりつくようにひっそりと佇む村
翌日は街を抜け出し、琵琶湖の北側にある奥琵琶湖パークウェイを走ってみることにした。彦根ICから名神高速、北陸自動車道を北上し、木之本ICから琵琶湖の北岸沿いに西へ走る。
立派な名称とは裏腹に、奥琵琶湖パークウェイは交通量も少なく、かなり物寂しい道である。とくに東側の山岳セクションはなかなかタイトかつツイスティで、酷道険道の空気も漂う。東側からアプローチすると、途中で突然、逆向きの一方通行となって進めなくなってしまい、しかたなく引き返して西側からアプローチし直す。
このあたりも実に酷道険道っぽい。そこまでしてこの道にこだわったのは、なによりクルマで琵琶湖に最接近できるから。右の写真の通り、柵もガードレールもなく、琵琶湖の雄大な景色を存分に堪能できるのだ。そしてそこからさらに南下すると、菅浦という、まるで外界から隔絶されたかのようにひっそりと佇む隠れ里に行き着く。
イタリアやギリシャなどには、急峻な海岸にへばりつくように位置し、陸路よりも水路で行くほうが簡単だったりする集落があるが、この菅浦もまさにそんな雰囲気である。あまりにも物静かで、昼間だというのに思わず声をひそめてしまったほどである。
ストロボの「バシッ」という音にもびくびくしつつ撮影をこなし、しばし散策した後、再び奥琵琶湖パークウェイで北上する。A4オールロードクワトロはセダンやアバントよりも3㎝ほど車高が高められているせいか、ハンドリングには僅かに鷹揚さがある。セダンやアバントは、一度きっかけを与えるとそこからグイグイとまるでクルマが意志を持って曲がっていくような感覚だが、A4オールロードクワトロは常にドライバーの半歩、いや、0.2歩くらい後ろをついてくるような従順さを持つ。この「間」が絶妙で、ハイペースでコーナーを駆け抜けるような場合にはセダンやアバントにアドバンテージがあるが、長い距離、長い時間を走り続けたり、ゆったりと景色を長めながら走りたい場合は俄然A4オールロードクワトロのキャラクターが光ってくる。
とはいえけっして旋回性能がマイルドだというわけではなく、依然として身のこなしは軽快だ。参考までに、ドライブセレクトは常にコンフォートを選択していた。もしもワインディングでのパフォーマンスに物足りなさを感じていたら、ダイナミックもしくはノーマルを選んでいただろう。
底知れぬ実力を秘めたシート
奥琵琶湖パークウェイを走り抜け、国道303号に出れば、あとは東京を目指して帰るのみだ。木之本ICから北陸自動車道に乗り、名神高速、東名高速、新東名高速、そして再び東名と、往路と同じルートを逆向きになぞる。
ここで長距離ツアラーとしての資質を大きく決定づけるシートについて触れておこう。
今回の旅の伴侶であるA4オールロードクワトロは、オーソドックスな標準シートにブラックレザーの組み合わせだったが、これが座ってみると、おそろしく存在感がない。良くできたシートというと、座った瞬間にタイトなホールド性が感じられるレカロなどのスポーツシート、アタリが柔らかくていかにも疲れなさそうなフランス車などのシート、見るからにゆったり大振りでゴージャス感に溢れる1000万円以上するようなハイエンドサルーンのシートなどが思い浮かぶが、A4の標準シートは、そのどれにも当てはまらない。座った瞬間にシートのことなど忘れ、運転や車内の会話などに気が行ってしまう。
ところが、こうして1000㎞以上もの距離を走ってようやく、うっすら気づき始める。「なんか、身体ぜんぜん疲れてなくね?」と。
椎間板ヘルニアを患って手術した経験のあるHカメラマンと、高校大学時代のアメフトの後遺症で頸椎ヘルニアを抱えている筆者。ふたりのヘルニアン(?)がまったく疲れや痛みを感じないどころか、シートがどうのこうのという議論にすらならない。前述の「座った瞬間に良さがわかる」シートと違い、A4のシートの底力はディーラーでのチョイ試乗では絶対にわからないだろう。だからこそここで強調しておく。このシートのためにA4を買うのもアリだ、と。
二日間、総走行距離1070㎞に及ぶ旅を終え、東京に帰着する。トータルの燃費は14.7㎞/ℓだった。大人二名乗車で荷物を満載し、撮影のためにちょっと動かしては停め、を繰り返したり、走行シーンの撮影のために低めのギヤで速度を一定に保ったり、初日の夕方に大渋滞に巻き込まれたり、といったことを考えれば不満のない数字である。
「旅に出たくなるクルマ」は、「実際に旅に出るべきクルマ」だった。A4オールロードクワトロに妄想を抱いたみなさん、今度はその妄想を実行に移すときですよ。