マクラーレンのエントリーモデルとなるスポーツシリーズに600LTが追加された。これまでの570S、570GT、540Cなどと違い、出力のあとにLTと名付けられたのは、スーパーシリーズの限定車675LT以来となるハイパフォーマンスモデルである。
LTとはサーキットでの楽しさを追求したモデル
600LTはその675LTをベンチマークとして開発された、スポーツシリーズの最速モデルである。LTというのは今や伝説的なモデルであるマクラーレンF1 GTRのレーシングモデル“ロングテール”に由来する。マクラーレンにとって特別な意味を持つ車名である。その名は、まず675LT/LTスパイダーに受け継がれたが、600LTはそれに続く第4のモデルとなった。
LTという称号は何を求めているのかといえば。もちろんサーキットでの速さにつながるすべてだ。たとえば軽量化、エアロダイナミクス、高出力、サーキットでのダイナミクス、ドライバーとの一体感などだ。これらは、まさに先日発売されたばかりの「セナ」にも通じるストイックな思想だ。
実際600LTは同じくスポーツシリーズの570Sと比べて100kg軽量化(DIN比)し、乾燥重量で1247kgという超軽量を誇る。空力にも注力した結果フロントスプリッターやリアディフューザーが延長され、全長は47mm延びた。720S譲りのフロントサスペンションはワイドトレッドのみならず、10.2kgの軽量化にも貢献しているという。このあたりの改良点はあらためて詳細を紹介していきたい。それでいて価格は570S(2810万円)と比較して約190万円高の2999万9000円に抑えられている。それがバーゲンプライスかどうか、実力を試してみよう。
試乗の場はハンガロリンク
関係者にF1ハンガリーGPの開催地を選んだ理由を訊くと、コース幅が広く、コーナーがバリエーションに富んでいるからだという。なるほど、たしかに大小様々な曲率で、ステアリングの正確性や、しかも最近のサーキットではないから(1986年)適度に路面が荒れていて、スリッパリーでバンピーなコーナーリングが試せる。
試乗はまず570Sから。マクラーレンはサーキット試乗の場合、必ず比較となる近似モデルを用意してくれるのがありがたい。専用のピレリPゼロコルサは適度なグリップを持つが、改めてサーキットで試すとドリフトコントロールも容易でフレンドリーな性格のクルマだと感心する。570Sによる5周の慣熟走行を終えて、いよいよ600LTだ。6周を2セッションする。
マクラーレンの美点は確実に生きている
600LTの見た目は、正直ロングテールと言うほど長くない。これは675LTに対しても同様の印象を持っているが、象徴としての“LT”ということなのだろう。570Sから乗り替えてすぐに感じたのはコントロールしやすいエンジンということ。もちろん最高出力はエンジンマネージメントをさらに高度化し、ボディ後端上部にエキゾーストパイプエンドをレイアウトしてことなどで、30ps上乗せされた600psである。
ところがアクセルペダルの感触がとてもリニアなため、一発で思った速度に調整できる。無理してピークパワーをたたき出したわけではない。マクラーレン全モデルに通じる美点は600LTにも確実に生きていた。
富士スピードウェイを彷彿させるタイトな1コーナーは200m手前で減速するように言われたが、例によって重たいブレーキを左足で思い切り蹴飛ばすと、まったく余ってしまった。255km/hからなら180m手前で減速開始がちょうどいい。もちろんタイヤも違うが、減速時のスタビリティは570Sよりも圧倒的に高い。570Sと同じPゼロだが、570Sはコルサで、600LTが履くのはサーキット志向のトロフェオRなのである。
すべてが高性能だが、楽しい
1コーナーの先、下りながら左に巻いていく2コーナーでは、高いスタビリティに驚かされた。570Sではドリフトさせる余裕もあったが、同じ速度で600LTはまったく動じることがない。トロフェオRのハイグリップも奏功しているだろう。そこで、車速を周回ごとに高めていくと、リアが流れながらも斜めに加速するタイヤのコントロール幅が感じられた。
たしかに限界は高いが、コントロールできないレベルではない。ステアリングから伝わる感触は非常に純粋で、ステアリングポストの剛性感も高く、心からスポーツ走行を楽しめた。
はっきりとピュアな性格
試乗の後半ではフラットなS字でドリフトを楽しむ余裕も出てきた。そんなことをしていたら、メーターに備わる4輪のタイヤ温度は108℃に達していた。以前参加したセナの試乗では36℃のエストリルで90℃程度だったから、外気温33℃のハンガロリンクでどれだけコーナーリングを楽しめたかよくわかる。
試乗中、唯一気になったのがシートだ。セナにも採用されるオプションのレーシングシートはシェルの内側に薄いクッションパッドが貼り付けられた簡素なものだが、セナ試乗の際には快適にスポーツ走行できた印象だったが、今回用意されたシートは背もたれが立ち気味で、ハンガロリンクのようなアップダウンのあるサーキットでは上を見る際、ヘルメット後頭部がヘッドレストに当たってしまった。エンジン全開時のヘッドレストの振動は相当激しく、エンジンマウントを強化したという説明があったのを思い出した。
ベンチマークとした675LTをラップタイムで上回ると主張するパフォーマンスを備えた今、スーパーシリーズとスポーツシリーズのヒエラルキーや720Sの行く末(GT3モデルは出ているが)など考えさせられることは多かった。試乗を終えたピットで、そんなことをメモしていると「570Sからの進化を感じていただけましたか?」と話かけられた。5年前ビークル・ライン・ディレクターに就任したダレン・ゴッダード氏だ。スポーツシリーズに関わったのは17年2月からだから、600LTはほぼ最初から関わっているという。
氏に筆者の懸念を問うと「たしかに600LTの登場でスーパーシリーズとスポーツシリーズの差は縮まりましたが、もともとそういう計画でした。でも、スポーツシリーズはドライバーの経験が浅くても楽しめるように仕上げられています。パフォーマンスは近づいても、クルマの性格は異なります」とゴッダード氏。なるほどそれに関してはまったく異論はない。実際これまでのどのマクラーレン製スポーツモデルよりも走りを楽しめた。
発売は10月から1年間。台数は未定だ。
今年のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードで発表されたマクラーレンの中期経営計画「トラック25」には、2025年までに18のニューモデルを導入すると書かれている。
他にもP1後継モデル(P2ではないという)の投入、コネクテッド技術の向上、これまで進出していなかったロシア、インド、中欧などへの新市場への参入、スーパーシリーズとスポーツシリーズの生産台数を現在の3000台余りから年間6000台とする他、25年までにスポーツシリーズ、スーパーシリーズの全モデルをハイブリッド化するというセンセーショナルなものであった。ただし、ハイブリッドといっても30分のサーキット走行をバッテリーのみでこなせる、軽量で急速充電可能なハイパワー・バッテリー・システムも視野に入れているというから、悲観しなくてもいいかもしれない。
とはいえピュアな内燃機関モデルをあとどれだけ楽しめるか。カウントダウンは確実に始まっている。そして、その18台のニューモデルに含まれない最後の1台という600LTの発売は今年10月から1年間。台数は未定だが、500台限定の675LTがわずか2ヶ月で完売したことを考えれば、このピュアなスポーツカーの購入に即断が求められているのは言うまでもない。
SPECIFICATIONS
マクラーレン600LT
■ボディサイズ:全長4604×全幅1930×全高1194mm ホイールベース:2670mm ■車両重量:1356kg(DIN) ■エンジン:V型8気筒DOHCツインターボ 総排気量:3799cc 最高出力:441kW(600ps)/7500rpm 最大トルク:620Nm(63.2kgm)/5500-6500rpm ■トランスミッション:7速DCT ■駆動方式:RWD ■サスペンション形式:F&Rダブルウイッシュボーン ■ブレーキ:F&Rベンチレーテッドディスク ■タイヤサイズ(リム幅):F225/35R19(8J) R285/35ZR20(11J) ■パフォーマンス 最高速度:328km/h 0→100km/h:2.9秒 CO2排出量:266g/km 燃料消費量:11.7ℓ/100km ■車両本体価格:2999万9000円