中国が新エネルギー車普及に乗り出した。電動車を自動車産業発展の起爆剤にしようという意図だ。欧州ではCO2排出規制の強化が電動アシスト車の増加を後押ししている。ほとんどの原発が運転を停止したままの日本では、純電気自動車は旗色が悪い。米国では燃費規制緩和が行なわれるかもしれない。昨年、日本のメディアが騒いだ電動車の時代はいつ訪れるか……。
TEXT◎牧野茂雄(Shigeo MAKINO)
世界的な調査会社であるIHSオートモーティブに2018年自動車市場の見通しを聞いた。
全世界の自動車市場は「世界経済の底堅い成長を背景に前年比+1.7%程度」と予測している。
日本国内の自動車市場は昨年、2014年に次ぐ水準となり2年ぶりに500万台を超えた。世界市場のIHS推計は前年比2.5%増であり16年実績9386万台(OICA=国際自動車会議所発表)に対し9620万台程度になったものと思われる。伸び率は16年が前年比4.5%増だったから、昨年は伸び率が鈍化したことになる。
もっとも、ここ7〜8年は中国市場の伸び率が世界市場の伸びに大きく貢献してきた。期待されたインドはゆっくりした市場拡大にとどまりASEAN(東南アジア諸国連合)や南米も劇的には伸びなかった。自動車産業界にとって「中国が頼み」という状況が09年以来9年間も続いている。これは少々異常である。
その中国がNEV(New Energy Vehicle=新エネルギー車)規制に乗り出した。19年には罰則規定が施行される予定だ。中国政府がNEVと定めるのはBEV(Battery Electric Vehicle)、つまり純粋な電気自動車と、外部充電だけでも走るハイブリッド車のPHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle)である。「規制が始まった。毎年一定比率のNEVを販売しないと自動車メーカーは罰金を取られる。さあ、否応なしのEVの時代だ」と、日本のメディアは昨年騒ぎまくった。本当かい?
IHSが予測する2025年時点の中国BEV生産台数予測は約210万台。今年ではなく7年先の数字だ。おそらくそのころ中国の自動車販売台数は年間3500万台だろう。そのなかでの210万台は6%だ。中国のNEV規制ではBEVを売るほうがPHEVを売るよりも自動車メーカーの成績上では有利だ。BEVを1台売って得られるクレジットは「0.012×航続距離+0.8」であり、航続距離350kmならクレジットは最大の5になる。PHEVはどんなにEV走行距離が長くても一律2クレジットだ。
2025年時点でのBEV210万台というIHS予測は「なるほど」と思う。これにPHEV140万台が加われば自動車市場全体の10%がNEVとなり、中国の自動車産業界は政府の方針を忠実に実行することになる。しかし、果たして思いどおりにNEVは売れるか?
私が長年寄稿している中国メディアの記者諸氏や旧知の中国人ジャーナリストとアナリストは「一般大衆はNEVなど買わない」と言う。自動車メーカーの中国担当に訊くと「まず自動車メーカー自身が社用車として大量導入し、販売店や部品メーカーなど取引先にも買ってもらい、これで2〜3年しのぐ」「レンタカーやシェアカーの業者、企業の社有車などフリート販売は競争が激しいだろうが、台数をさばくためには開拓しなければならない」と。
普通のユーザーがBEVを買ってくれることには「期待していない」と言う。「実際に現在でも個人向けには売れていない」と言う。調べてみると、中国では昨年、約69万台のNEVが生産されたが、販売台数は約64万台だった。この中には16年生産分、つまり1年落ち新車のNEVも含まれる。昨年だけでNEV在庫は5万台も増えた。ある市場関係者は「NEVの在庫は15万台以上ある」と語る。
いくら政府が「NEVを買いなさい」と言っても、消費者はコストパフォーマンスを計算するし「いま払えるお金」の額のなかで選ぶ。テスラのようなステータスのあるBEVも、実際には個人ではなく会社名義で買われている例が多いと聞いた。
PHEVは「BMWのような欧州ブランド品が売れるだろう」と言われる。実際、多くの欧州メーカーが中国向けのPHEVを用意していると聞いている。EU委員会はダイムラーやベントレーなどの高級車メーカーを救済するためPHEVのCO2排出計算式を操作した。EV走行できる距離が25kmでCO2排出量はベース車の半分に軽減され、50kmだと3分の1、75kmでは4分の1まで軽減される。中国ではPHEVを1台売って2クレジットであり、BEVよりも少々分が悪いが、電欠の心配がない点は売りやすい。ただし、通常のガソリン車より割高だから購入層は限られるだろう。
IHSの中国見通しは「多くの消費者はガソリン車を選択しており、今後も短期間でBEVを選択するようになるとは期待できない」である。NEV規制が導入されたからといって、すぐにBEVが売れるようにはならないという見解は、ほかの市場調査会社でも欧州のエンジニアリング会社でも変わらない。
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