言うまでもなくロールスロイスといえば、ショファードリブンを思い浮かべるはず。現在、ラインナップされる中でそれを担っているのが「ファントム」だ。しかし、最新の8代目ファントムはそれだけではない。ドライバーズカーとしての資質も備えている。日本上陸を果たした今こそ、その脅威の完成度をお伝えしたい。
REPORT◎大谷達也(Tatsuya OTANI)
意のままに操れるということは、パッセンジャーにとっても快適。
ロールスロイス ファントムのインプレッションをワインディングロードでのハンドリングから語り始めるのは、もしかしたら荒唐無稽なことかもしれない。でも、ロールスロイスが意のままに操れるハンドリングの持ち主であることは、新型ファントムに限った話ではなく、先代のファントムやゴースト、レイス、ドーンにも共通する特徴である。ちなみにゴーストはその7割がオーナードライバーだというが、ファントムはほぼ全数がショーファードリブンとして使われることを想定しているとか。であれば、意のままに操れるハンドリングなど追求するはまったくないはず。ところが、ロールスロイスは新型に生まれ変わったファントムにもドライバビリティの高いシャシーを与えたのである。
なぜ、ロールスロイスはショーファードリブン前提のファントムにこれほど優れたハンドリングを与えたのか? それは、彼らがすべての面で妥協を許さない“限りなく完璧に近いスーパーラグジュアリーサルーン”を目指しているからにほかならないが、私にはもうひとつ別な理由があるような気がした。ドライバーが意のままに操れるということは、パッセンジャーにとっても快適なスムーズな運転をしやすいということ。911とバトル(?)を演じているとき、私はルームミラーでリアシートに腰掛ける乗員の様子を観察していたが、S字コーナーで切り返すようなシーンでも彼らの頭が“カクン”と倒れることはなかった。つまり、かなりペースを上げてもスムーズなドライビングを維持できるのがロールスロイスなのである。これはショーファードリブンに用いられるクルマにとって極めて重要な特性といえるだろう。
同様のことは、パワートレーンの動きやブレーキングについてもいえる。停止状態からわずかに動き出す瞬間、たいていのクルマであれば“ガツン”もしくは“コツン”という金属的なショックがどこかから伝わってくるはず。ところが、ローロスロイスは、まるで分厚いゴムを介した動力源で後ろからそっと押されたかのような、不思議にソフトな感触を得ることができるのだ。
ブレーキングにしても、とっさにブレーキペダルを踏み込んでも減速Gのショックを感じることなく、マイルドに速度を下げ始める。もちろん、ペダルをしっかりと踏み込めば十分以上の減速Gが得られるのだが、興味深いのは停止時のマナーで、注意深くペダルを操作すれば停止直後の“揺り返し”をほぼ完璧に防ぐことができるのだ。それには、もちろん停止直前にペダルの踏み込み量をほんの少し戻してやる必要があるが、ブレーキサーボの特性が絶妙で、ブレーキペダルを操作する足の力をすっと抜くと、ブレーキ系の油圧も遅れることなくすっと下がっていくのである。ここで油圧の低下が遅れると、乗員は停止直後に前へつんのめるような姿勢になってしまうのだが、ロールスロイスではまったくそれがない。
つまり、ブレーキ系油圧の立ち上がりはゆっくり、減少は滑らかにという二方向で別々の設定にしているようなのだ。これほど凝ったブレーキ系統を作り上げたのも、ドライバーのコントロール性を高めて乗員の快適性を向上させようとする“おもてなし精神”の表れといえる。
世界でもっとも完璧に近いスーパーラグジュアリーサルーン!
ところで、新型ファントムの乗り心地には、従来のロールスロイスには見られない、小さいけれども重要な意味を持つ変化があった。これまでのロールスといえば、ハーシュネスを徹底的に排除するいっぽう、不快なピッチングが起きないギリギリのレベルまで上下動を許すソフトめのサスペンション・セッティングが施されていた。この基本的原則は新型ファントムでも変わらないのだが、これまでほとんどその存在を意識させられることのなかったダンパーの減衰機能が、低速域に限って感じられるようになったのだ。別の言い方をすれば、タウンスピードのみ上下動の収束が素早くなった、となるだろう。
だからといってハーシュネスが増えたわけではなく、さらにスピードを上げた時との間で減衰力の不自然な段差を感じるわけでもないのだが、かすかに引き締まったこの低速域の乗り心地はロールスロイスの新境地といえる。これについてエンジニアに訊ねたところ、「いつまでも上下動が続くと乗員がクルマ酔いを起こすから」との回答が返ってきた。これまでのロールスがクルマ酔いしやすかったというつもりは毛頭ないが、乗り心地の方向性が新型ファントムでわずかに変わったことは間違いない。
新型ファントムにはまったく新しいアルミボディ構造、サスペンション、エンジンなどが採用されている。これらは次世代のゴーストなどにも用いられるもので、つまりロールスロイスの新時代を切り拓くハードウェアなのである。なお、1925年に初代が登場したファントムは、今回デビューしたモデルで8世代目。つまり、92年間でたった7回しかフルモデルチェンジを行っていないわけで、その意味では歴史的転換期といえる。ちなみに、現行型の通称“ファントムⅡ”は7世代目のマイナーチェンジ版で、クルマとしての基本は1990年にデビューしたものと変わりないらしい。
ホイールベースは伝統に従って標準仕様とロングホイールベース版のエクステンデッドホイールベースの2種類が用意される。念のために付け加えると、ポルシェ911と争ったときのファントムは標準仕様。フロントシートに手が届かないほど後席が広々としたエクステンデッドホイールベースでは、さすがにあそこまでの走りはできなかっただろう。
エンジンも新型に切り替わり、6.75リッターの排気量を持つV12エンジンにはファントムとして初めてターボチャージャーが装着された。といっても、その出力特性は極めて洗練されており、ターボエンジンであることを意識させる部分は皆無。571ps/900Nmのパフォーマンスは、伝統に従って“十分以上”であることはいうまでもない。静粛性やスムーズさについても同様である。
内外装のデザインについても詳しく触れるべきだろう。「人は姿形だけでなく、立ち振る舞いからもその人となりが伝わってくる。新型ファントムでは、クルマのデザインで同じことを表現しようとした」とディレクター・オブ・デザインのジャイルズ・テイラーが語ったスタイリングは、パンテオンと呼ばれる巨大なフロントグリルとその両脇に控えた2本の垂直ラインが強力なインパクトを与えたあと、無理なところがまったくない自然で流れるようなラインがテールエンドまで続き、フロントセクションの余韻を伝えているように見える。その美しさは、歴代ファントムのなかでもトップクラスに位置するものだ。
インテリアが豪華で洗練されていることはいまさらいうまでもないが、グローブボックスの位置に設けられたギャラリーは新型ファントムのハイライトというべき存在である。これは透明なガラスケースのなかにオーナーの好みにあわせた“アート”を展示するもので、ロールスロイスが用意した「お勧めデザイン」のなかから選ぶことができるほか、オーナー自身がデザインしたものをロールスロイスが作り上げてギャラリーに収めることもできる。前出のテイラーは「ファントム・オーナーの多くはご自宅のリビングにアートを飾っていらっしゃいます。これと似た喜びを味わっていただきたいと思い、ギャラリーを考案しました」と語っている。
新しいハードウェアと美しいデザインで新境地を切り拓いた7代目ファントム。「世界でもっとも完璧に近いスーパーラグジュアリーサルーン」の座は、次の10数年間も安泰だろう。
【SPECIFICATIONS】【clicccar】新型ロールス・ロイス ファントムが日本デビュー、価格は5460万円〜
ロールスロイス ファントム〈エクステンド ホイールベース〉
■ボディサイズ:全長5762〈5982〉×全幅2018×全高1646〈1656〉㎜ ホイールベース:3552〈3772〉㎜ ■車両重量:2560〈2610〉㎏ ■エンジン:V型12気筒DOHCツインターボ 総排気量:6750cc 最高出力:420kW(571ps)/5000rpm 最大トルク:900Nm(91.8㎏m)/1700rpm ■トランスミッション:8速AT ■駆動方式:RWD ■サスペンション形式:前ダブルウイッシュボーン 後5リンク ■ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク ■パフォーマンス 最高速度:250km/h(リミッター介入) 0→100km/h加速:5.3〈5.4〉秒 ■環境性能(EU複合) CO2排出量:318〈319〉g/km 燃料消費率:13.9ℓ/100km ■車両本体価格:5460〈6540〉万円