夏休みも半ばをむかえています。お盆には田舎へ帰ろう、と考えていらっしゃる方も多いことでしょう。「ふるさと」といって思い浮かべる風景といえば、広がる田んぼの中に点在する森や林、流れる小川、遠くには山々の連なりも見えているかもしれません。日本人の心に浮かぶ原風景ともいえる「里山」は長く人々が暮らしを営んできた場所。人々が自然と共に生きてきたここには、疲れた身体と心を癒すやさしさがあるようです。今回は「里山」の魅力を探りましょう。
日本列島の自然が生んだ「里山」という生き方
日本列島のほとんどは地球の気候でいえば温帯地域になります。年間雨量が1000mmを超える場所も多くあり、特に気温の高い夏に降るという特徴になっています。このために樹木の成長が大変よく、人が手を入れず自然にまかせていると森になっていくというのが日本の植生ということです。
こうしてできた森が縄文時代から日本人の生活を支え、農耕を行う以前から定住生活を始めるという、世界の多くの地域とは違う暮らし方を生み出したということです。それは住居のまわりの森がもたらす様々な資源を活用する生活。食料となる動植物や木の実、家を作ったり薪となる木材、衣服を作るための材料となる植物繊維など、あらゆる生活必需品が森から得られるようになると、移動することなく定住を始められたのです。
人々は森を、四季を通じて生活の糧を得る場所とするために、枝をはらって陽ざしを通し、下草を刈って植物の生育を妨げないように、手入れをするようになりました。農耕が始まると田んぼでの稲作、畑の作物で人々は食料を確保するすべを手にいれますが、森はより豊かな文化をはぐくむための恵みを得る場所となったのです。
住民が快適な生活をおくるために整備した場所は、さらに多くの生き物たちにも心地よい環境を提供することになりました。人々と生き物がともに生きる土地、それが「里山」です。地域ごとの環境を活かしてそれぞれに作られていった「里山」は、その土地に生きる人々にとっての「ふるさと」となっていったのです。長い時間をかけて大切に守り育てた森ゆえに、人々を癒す豊かな力があるのはうなずけます。
夏は「里山」の水辺で楽しもう!
里山には様々な水辺があります。自然が作りだしたもの、用途に合わせて人間が手を加えたもの、どちらも生き物にはパラダイス。山に降った雪や雨は森の土壌が水を蓄え、やがて湧き水となり染み出して流れを作ります。上流から下流へ小さな川が集まり大きな川となってやがて海へ。川沿いの里を通る水は人々の生活を支えます。水路を作り田んぼや畑に水を取り入れ、雨の少ない地域ではため池を作って農業用水を確保しました。
川と田んぼをつなぐ水路にはメダカやザリガニといった水辺の生き物がやってきます。また川を棲み家とする魚のほかにも、海や湖と行き来をする鮎やウナギなども集まります。住民にとっては釣ったり捕獲したりして食料に、子供たちにとっても川は生き物とのふれあいの場となる格好の遊び場です。
夏の水辺では春に生まれた命が成長しています。水際には緑豊かな植物が、水中には水草が茂ります。葦の原にはカイツブリが巣を作り、得意の潜りで小魚や水中の虫たちを食べていることでしょう。夜になれば身体から光を放つ蛍が飛び交うのも夏のお楽しみ。こんな景色が見られたら疲れも飛んでしまう幸せな夏になりますね。
人々が作り上げた「雑木林」には宝がいっぱい!
森、林など木々が集まって生えている場所をそう呼びますが「雑木林」ともいいます。それは木々が自然に育ってできるものではなく、人々が木を切ったり植えたり草を刈ったりと手入れをしながら育てている森のことをいいます。クヌギ、コナラ、トチ、ブナなど秋には葉を落とす木を多く植えた「雑木林」が里の人々にもたらす恵みはたくさんあります。地下には多くの水が蓄えられて田畑への水源となっています。木々から落ちる実ドングリは動物たちの食料となります。秋の終わりに落ちた葉は腐葉土となり土地を肥します。増えすぎた木は切り倒され材木として家具や家の材料となり、切り落とした太い枝は焼いて炭に、またシイタケの栽培に、と日本列島の気候が「雑木林」を里の生活に豊かな恵みを作りだす原動力となっているのです。
暑い夏、田んぼや畑に強い日差しがあたっていても、「雑木林」の中は涼しく遊び場にもってこいです。さんさんと咲く花には昆虫たちが蜜を狙ってやってきます。夏の雑木林は昆虫たちのパラダイス。木から染み出す樹液にはお腹をすかせたカブトムシ、クワガタ、カナブンが集まってきます。樹液に群がる小さな虫をもとめてアマガエルもやってくるとか。昆虫採集や観察にぴったりの場所ですね。
「里山」にある「雑木林」は暮らしを営みながら、季節ごとの恵みを得られるようにと人々が育ててきた森です。現代は持続可能な開発を目指す社会が叫ばれています。考えてみれば日本人は古代からすでに、自然の循環の中で生きるすべをこの列島の気候を生かして営々と作り上げてきていることに気づきます。地球を守ることを第一に考えていかなければならない今、手間も時間もかかりますが、誰もが郷愁を感じる「里山」の生き方に何かヒントがあるような気がしてきませんか。
参考:
藤本強 著『市民の考古学4 考古学でつづる日本史』同成社
今森光彦 写真・文『雑木林のおくりもの-里山からのメッセージ』世界文化社