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澄明な秋の風満ちて実り豊かに。七十二候「水始涸(みずはじめてかる)」


10月3日より、秋分の末候「水始涸(みずはじめてかる)」となります。本朝(略本)七十二侯のもととなった中国の宣明暦も同じです。台風シーズン、秋雨シーズンも終わり、湿潤高温な夏の大気は後退、乾いて冷涼な秋の大気が列島を覆い、湿度が下がり、川や泉などの水源の水の量も下がってくる頃を意味します。秋の乾いた空気が、実った作物から余分な水気を取り去り、収穫・実りの秋を迎えます。


「七十二候」に農事無用の「原則」あり!

「水始涸」の由来は、前漢時代の「准南子」(えなんじ・劉安編纂)にあります。

是月也、雷乃始收、蟄蟲倍戶、殺氣浸盛、陽氣日衰、水始涸。

「この頃になると、雷雲が発生するような強い熱気は収まり、寒気(殺氣とは草や木を枯らす寒気のことです)の訪れを敏感に感じた小さな生き物たちは冬篭りに入るようになり、春・夏の陽気は衰えて水も涸れ始めます」と、秋分の時期の様相を描写した一節から取られています。

このように、中国では多くの文献で、たとえば「三候水始涸 意思是秋冬之际 自然水源 始干涸。」と、秋冬の気に入れ替わることで自然の水源が涸れはじめる頃であるところがはっきりと説明されていますが、なぜか日本では、この「水始涸」について、多くの(ほとんどの)歳時記や辞書などで、「田んぼの水を抜いて稲刈りに備えて乾かす頃」という意味であると説明しています。ですがこれは誤りです。

二十四節気・七十二候は、大きな自然のめぐりの背後にあり、気象天象を司るとされる陰陽・五行が、どのようにエレメント(水や大気、土や熱など)に作用し、動植物の行いや成長として現れるかを記したもの。人間の営為や行事について触れている候は一つとしてありません。これは、本家の宣明暦だけではなく、日本の貞享暦・宝暦暦・寛政暦・略本暦でも徹底して貫かれている大原則です。ですから、「田んぼの水を抜く」というような農事について、七十二候が触れることはありえないのです。

日本の場合、中国から伝わった二十四節気七十二候と、日本独自の雑節(節分や社日、八十八夜や土用など)とを組み合わせて季節の移り変わりを把握していて、雑節は行事暦・農事暦の性質が強いため、七十二候の解釈にも、いつの頃からか、行事/農事暦的な意味合いで受け取られ、こうした俗説が生まれたのかもしれません。

とはいっても、農事暦としてみた場合でも、十月の頭ごろに「稲刈りのためにはじめて水を抜く」という表現には誤解や誤認があります。

繊細な日本の米作りでは、田植えの後何度かの水抜き作業がおこなわれ、水抜きは稲刈りの前だけではないからです。


繊細かつ精妙!美味しい米作りのための田んぼの水管理がすごい

水田稲作は、数々の注意や手間をかけ、丹精こめたものですが、特に水管理は入念で繊細な調整を必要とします。

寒冷地と温暖な地域では、水管理の仕方も異なります。

まず、田植えに備えて、春、田んぼは代かき、耕起・耕転を行い、ていねいに圃内を均平になるように均します(圃場内の高低差は、±2.5センチ以内とされます)。こうして、水位が場所によってばらつかないようにした後、水が張られて苗の田植えがおこなわれます。暖地では、田植えの後に植え傷みが起こりやすいため、活着(根がしっかりと土に定着して成長し始めること)するまでは水位を高く(移植後1~5日間は水深5~7センチ)した深水管理にし、しばらくしてから水位を下げます。

一方寒冷地では、春にはまだ冷え込みが厳しい日もあるため、低温・強風の場合には水を深く、晴天・高温の場合には逆に水を浅くして、稲が冷気冷水で冷やされないようにこまめに調整されます。また、活着期には日中は3~4センチ、夕方に入水して夜間は5~6センチの水深を保つという方法もおこなわれます。

苗の田植えではなく、種を直播する栽培法・湛水直播水稲では、播種後落水を行い、発芽を促します。目安として播種後7~10日間ほど水を抜き、その後入水します。

稲が分げつ期(根に近い茎の関節から側枝が発生すること)に入ると、浅水管理によって水温を高く保ち、葉や根の精力的な成長分げつを促しますが、一方で暖地では高温多照によって分げつが過剰となり、穂数および籾数過剰によって品質低下にいたる場合があります。これを避けるために、その後に行われる「中干し」の時期を早めることもあります。

「中干し」とは、6月中・下旬ころに、根の発根力をうながすために、10日から2週間ほど水を完全に落とし、田んぼを乾かすことです。この時期、充分に分げつを見る頃から、稲はあまり水を必要としない時期に入ります。同時に根はぐんぐんと伸び増えて、結実のエネルギーを蓄えようとしはじめます、そして梅雨から夏を迎えるこの頃は気温も高くなって土の中の有機物・肥料分の分解も盛んになることから、田の水をぬいて土を乾かし、土中に発生したガスを蒸散させるとともに、土の中に空気を入れて根の伸びと数を増やすわけです。圃場に浅いひびが生じるくらいがよいとされますが、逆に乾かしすぎて大きな亀裂が入ると、せっかくの根が切断されてしまうためにここでも細心の注意が必要。米どころの一つ北陸は土壌が重粘土層のために、土干しによる亀裂が大きくなる危険性があります。そこで溝切りと言って稲列の間に溝を作り、間断潅漑をおこなうなどの工夫で亀裂の拡大を防ぎつつ中干しをおこないます。

梅雨が明けて夏を迎えると、強い日差しと熱気で田んぼの水温が上がりすぎ、稲の根の呼吸が阻害されます。そこでこの頃からは2日水を抜いて次の3日水を張る、という間断落水を繰り返しおこないます。


「花水」から「落水」へ。一年の苦労が報われる刈り取り期

こうして暑い夏ごろ、稲は花穂をつけ、開花します。この出穂から開花期は特に多くの水を必要とし、圃場の水を絶やしてはいけません。これを「花水」といいます。寒冷地では、花穂が現れる一週間ほど前の「穂ばらみ期」は、時にやってくる冷害に備えて、幼穂が水中に浸水するように水を深くしておきます。

そして、出穂以降はふたたび間断灌漑に戻し、根や生体全体の活力を維持し、大粒の実が実るように適切な水と空気を与えるようにします。温暖地では、熱による害や乾燥を防ぐために、水を掛け流しにして地温を下げたりもします。

こうして出穂後、一ヶ月弱を目安に、いわゆる落水をします。この落水を、俗説では「水始涸」であるとしているようです。

水田と言うと、田植えからずっと変わらずただ水がためてあるように思われがちですが、実はこのようなこまめな管理をおこなって、ようやくたわわな稲穂が実っていたわけです。

稲作にはこの他に防除虫や、雑草取り、病害対策、台風、洪水、竜巻などのアクシデントへの対応を乗り越えながら、ようやく刈り取り作業へとたどり着きます。

お米だけではなく、蕎麦やサツマイモ、落花生などが旬を迎え、レンコンやサトイモも収穫されはじめる10月。それぞれに収穫までには数々の苦労があることでしょう。感謝して実りの秋を楽しみたいものですね。



淮南子

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